46,はじめての共同作業 3



「やった‼」

「本当に、倒しちまっタ……」


 ステラの強烈な叩きを喰らっても割れなかったのは、ゲパルの作った氷がそれほど強靱だったと言うことだ。


 クラーケンは悍ましい悲鳴を上げた後、やがて力を失っていく。

 力の緩んだことにより、触手の締め付けも無くなったようだ。

 ニーナが触手の間から擦り抜けて、地面に転がった。


「ニーナさん‼ 大丈夫ですか⁉」

「ゴホッ……‼」


 一気に肺へ空気が入った反動で、咳き込む。

 ステラはニーナの背中を摩り、心配そうに顔を覗き込む。


「今治療班もこっちに向かっていル、あまり動くナ!」

「私ハ……大丈夫ダ……。骨も折れていなイ」


 しかめっ面をしているが、ステラの手を借りずにヨロヨロと立ち上がった。

 どうやら骨が折れていないというのは本当らしい。


「全ク、お前も本当に無茶をすル……。お前は俺によく無茶をするとい言うガ。お前も大概だゾ」

「民間人を守るのが力のある人間の努めダ」

「だからと言っテ、お前が死んだら故郷の親父さんが悲しム」

「死ぬつもりは毛ほども無イ」


 ニーナは服に付いた砂を払った。

 所々掠り傷はあるものの、目立った外傷は無さそうだ。


「それにしてモ、驚いたゼ。まさか俺が作った氷の槍デ、じい様の魔法を再現するなんてナ」

「経験を生かせてよかったです」

「それにこいつは港荒らしていた厄介者ダ。これはお手柄だゾ、地面を叩き割ったことくらい帳消しにできるんじゃないかカ?」

「本当ですか⁉」


 少しは堂々と変えれるのだろうか

 宮殿の地面を叩き割るとんでも行為と、近海荒しを仕留めてセレスタンに貢献したという事実。カルバンの複雑な顔が目に浮かぶようだ。


 ……へし折った外灯は器物破損罪に問われないことを祈ろう。


「ステラさン」

「はい? やっぱりどこが痛みますか⁉」

「違いまス、聞いてくださイ」


 続々と駆けつけてきた応援部隊が、困惑の色を浮かべなからもクラーケンの処理を始める。

 ステラも手伝おうと息を捲いていると、ニーナに呼び止められた。


「すいませン、私は思い違いをしていたようでス」

「誤解が解けて良かったです」


 ステラはニッコリと笑って、ニーナの髪に付いた海藻をとってやった。クラーケンの触手にでも付いていたのだろう。


 ステラの安堵した表情に気付くことなく、ニーナ淡々と続ける。


「お詫び申し上げまス……。てっきりエドガー様のご寵愛を狙っているとばかり思イ、ステラさんに意地悪をしてしまいましタ。

 知識や振る舞いなド、後からどうにでもなるもノ。

 それよリ、あんな酷いこと言った私を助けると言う心の広さヤ、気の機転。それにゲパルとの合わせ技にはひどく感銘いたしましタ」

「そんな! 顔を上げて下さい!」


 勘違いと分かって和解できたのなら、ステラはこれにて一件落着と終わらせたら良いという考えだ。


 深く頭を上げるニーナの肩を持って、なんとか姿勢を元に戻す。


「さっきも言いましたけど、師範に対する感情は敬愛です!


 その、好きな人は、全然タイプが違いますし……」

「つまリ、ステラさんはエドガー様じゃない誰かに恋をしているト」

「内緒ですよ!」


 少し離れたところで、クラーケンの吸盤をはがしているゲパルに聞こえないように、慌ててニーナの口を塞いだ。

 誤解を解くためとはいえ、やはり好きな人をばらすのは恥ずかしい。


「そうですカ……ステラさんは別に好きな人ガ……」

「ちょいちょいちょいちょい!」


 ようやくおわかりいただけたようだ。

 安心したのか、ニーナは力が抜けて再び地面にへたり込みそうになった。


 クラーケンの体液でベタベタになった地面なんかに、座らせたら大惨事だ。

 ステラが咄嗟に腕を引っ張ったお陰で、間一髪ニーナのお尻は体液から守られた。


「和解したカ?」

「ゲパルさん! ニーナさんがグニャングニャンです!」

「ほら、さっさと立って後片付け手伝えっテ」


 ゲパルがニーナの背中を叩くと、ようやくヨロヨロとその膝を立てる。


 そこまでして君主の伴侶を気にしていたのか。


「お前はいっつもそうダ。エドガー様に女の影が少しでもチラつくト、相手の女達に噛み付ク。

 いい加減にしないト、そろそろエドガー様にも怒られるゾ」

「んナッ……! 別に噛み付いてなんかいなイ!」

「俺にまで噛み付くナ。

 いつまでも他の女に牽制していないデ、エドガー様の伴侶として立候補すればいイ。

 お前は一族の姫なんだかラ、正室になろうと思えばなれる立場ダ」

「な、何を言っていル!」

「へぇー……姫……正室……?」


 赤面でゲパルに掴みかかろうとしているニーナの髪を、なんとなく眺める。


 そして徐々にゲパルの言葉が頭に入ってきた。


 今とんでもない事をさらりと言ってのけなかったか?


「ちょーっと待ってくださいよ」

「なんダ?」

「その、今言った姫というのは?」

「ニーナのことだ」


 ステラは大きく一歩後ろに飛び退いた。

 そしてヌメヌメの地面に膝まづく。


「し、知らなかったとはいえとんだ御無礼を!」

「やめてくださイ! ゲパルも余計なこと言うな!」

「だってヨー」


 先程と立場が逆転している。

 今度はニーナがステラを立ち上がらせようと、躍起になっていた。


「私達の部族はそこまで大きくありませン! 姫というよリ、長の娘でス!」

「トップの娘様じゃないですか‼」

「そうダ。エドガー様に近付きたくテ、長に本土へ行きたいってワガママを通した娘様ダ」

「近付きたくて……?」


 そこまで言われて、ようやく気が付いた。


 なるほど、それなら今までの態度が納得いく。

 ここに来て初めて挨拶した手が左手と言うことも、ステラを見ていた厳しい目の理由もなんとなくわかってしまった。


 少しだけ、自分と境遇が似ているのかもしれない。


「わ、私はこのことをエドガー様に報告して来まス!戻ります!

 ステラさン! さっきのことは忘れてくださイ‼」

「あ……行っちゃった」


 そこからは早かった。

 目にも止まらぬ速さで、ニーナは宮殿の方へ走り去っていった。


「わかりやすい奴だからナ。イライザ達にもバレているんだガ、至って本人は忠実な家臣としてエドガー様に仕えているつもりダ」

「はぁ……ニーナさんが師範のことを……」


 なんだか拍子が抜けてしまった。

 クラーケンの後始末をしている応援部隊が、遠くに聞こえる。


「巻き込んですまなかっタ。ニーナの無礼ももどうか許してやってくレ」

「許すも何も、誤解が解けただけで儲けもんですよ」


 感じていた違和感が無くなったのだ。

 その上人々を困らせていたクラーケンを退治できたのなら、おつりが来るくらいだ。


「心の広い女だナ。


 ……よシ、俺も決めたゾ」

「はい?」


 力を合わせて倒した、クラーケンの前でゲパルは跪いた。

 服が汚れますよ、と助言する前にゲパルはステラの不思議な色合いの瞳を捕らえた。


「その強サ、優しサ、誰か救わんとする正義感、拳を振る勇猛な姿。あなたは全てが美しイ」

「どうも」

 

 急に褒めるやん。


 ゲパルはステラの手をとると、宝物に触れるようにその手を握った。


「どうか魂を掛けた決闘を受けてくれないカ?」

「決闘?」


 今朝ガザンと繰り広げたばかりだが、また決闘か。

 改まって言わなくてもいいのに。


「別にいいですよ。明日準備ができたら声かけてください」

「そうカ、ありがとウ」


 それは、子供が強請り続けた玩具をようやく手に入れたような顔だった。

 何をそんなに喜んでいるのだろう。


 ステラが疑問を表に出す前に、二人の横に何かがおちてきた。


 パタパタパタ……


「黒い雨?」


 どんな現象?

 正体を突き止めようと見上げると、クラーケンが痙攣していた。


「やバ、」


 ゲパルがステラを庇おうと覆い被さるが、手遅れだった。




 ******




「大分綺麗に戻りましたね」

「本当にすいませんー! 戻ってきたらどちゃくそ叱りますんでー‼」

「まぁまぁそんなに怒ってやらないでください。おじい様が煽ったんでしょう」


 空が茜色に染まる頃だった。

 

 叩き割れた宮殿の地面は、約半日をかけ綺麗に修繕されていた。

 そこには汗まみれになったドルネアートとセレスタンの王国騎士団、そしてヘコヘコと頭を下げるカルバンの姿があった。


「エドガー様!」


 二カ国の最高戦力が力を合わせ、ようやく復興した中庭に綺麗にイライザが走ってやってきた。


「宮殿の入り口に……‼」


 常に冷静なイライザの慌てた様子に、只事で無いないと瞬時に判断した。


 最後まで言葉を聞くこと無く、そこからさほど遠く無い宮殿の入り口に、エドガーとカルバンは歩みを急く。



 そこにいたのは。




「師範~……カルバン先生ぇ……‼ ごめんなさいぃ~……‼」

「いヤー、クラーケンを仕留めたと思ったんですけド、気ィ抜いて零れたイカスミ被っちまいましタ」

「この変な黒い奴、取れません~……‼」


 白く綺麗の整備された道路に、点々と黒い足跡。そして二つの黒い影。


 カラカラと笑うゲパルと鼻声のステラに、三人は頭を抱えた。


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