45,はじめての共同作業 2


「な、なんなんですかー! このでかいイカ‼」

「こいつはクラーケン‼ セレスタンの近海に生息しているイカの一種ダ‼」

「要注意生物に指定されていまス! 最近巷の港を荒らしていると報告が上がっているんですガ、恐らくこいつでしょウ!」

「じゃあここで仕留めた方がいいですか⁉」

「それができていたら俺達も苦労していなイ‼」


 つまり相当手強いと言うことか。


 ステラたちの口喧嘩の行方を見守っていた、ゲパルのファンが悲鳴をあげながら散っていく。

 そちらの方が思う存分暴れられるので、ステラとしては好都合だ。


 一本の触手がステラに向かって勢い良く伸びてきた。

 反射神経で拳を構える。


「素手で触るナ‼ そいつの吸盤は一度ひっついたラ、中々離れないゾ‼」

「マジっすか⁉」


 肉弾戦のステラには何とも不利な条件だ。


 振り下ろそうとしていた拳を引っ込め、咄嗟に触手を避けた。

 万が一海に引きずり込まれでもしたら、死あるのみ。

 

 屈んでやり過ごそうとしたが、見逃しは貰えなかった。


「ぎゃぁああ⁉」


 クラーケンは、外灯を持って殴りかかったステラを敵だと完全に認知していたのだ。

 触手の方向を変えると、ステラの足を絡め取る。

 そして一本釣りの如く、宙にステラをぶら下げた。


「早速やられましたー‼」

「ステラッ‼」

「しょうがないですネ……‼」


 地面に蹲っていたニーナが起き上がった。


 太ももの両脇に収められていた短剣を取り出すと、釣り上げられたステラに向かって大きく飛び上がる。


「ハッ‼」


 流石皇太子直属護衛、その腕は確かだ。

 高く飛び上がったニーナは照準を定めると、あっという間にステラを絡め取っていた触手を切り刻んでしまった。


 そのまま宙に放り出されたステラを担ぐと、可憐に地上へ着地を決める。

 ある種の選手であれば、高得点間違い無しだろう。


「た、助かりました、ありがとうございますぅ……!」

「いいエ。ですが今の攻撃でクラーケンを完全に怒らせてしまいましタ。

 すぐに応援を呼びましょウ」

「既に要請を読んであル! 俺達はこれ以上クラーケンが街に行かないように食い止めるゾ!」

「すいません! 私のせいで……‼」

「そんなことなイ、ステラ俺達を助けてくれようとしたんだろウ?」


 襲ってくる触手を、ゲパルが背負っていた大剣で切り落とす。


 ステラは地面に落ちた触手、基い脚を観察する。

 吸盤もでかければ、ぬめりの粘度の高い。吸い付かれると中々離れないと言っていたが、骨折もあり得るぞ。


 どちらにせよ、こんな化け物に暴れられたらひとたまりも無い。後ろには重要文化財のスピカ様の私物があるのだ、何としても守らなければ。


「私は後ろから護衛します! 動きを鈍らせますので……」


 触手から視線を上げると、ギョッとした。

 なんと、ゲパルのファンとして遠巻きに見ていた一人が、腰を抜かして座り込んでいたのだ。


 そこは十分クラーケンの攻撃範囲に入る。

 背中に冷たいものが走った。


「君‼ そこから離れて‼」

「あ、あぁっ……!」


 その目には恐怖が浮かんでおり、ステラの声は届いていない。


 すると、クラーケンがステラの頭の上を通っていった。


「(まずい‼)」


 このままでは、あの子が海に引きずり込まれる。


 走り出そうと立ち上がったステラの横を、ピンク色が横切った。


「ニーナさん‼」


 ステラが叫ぶのと、ほぼ同時。

 ニーナは少女を庇うように肩を強く押した。


 その反対側に待っているのは、クラーケンの触手。

 粘ついたその吸盤は、ニーナを絡め取った。


「ぐウッ‼」

「ニーナッ‼」


 苦しげなニーナの呻き声が、広場に響く。

 触手を切り落とすゲパルも、異変に気付いてその手を止めた。


「ニーナさんを離せ‼」


 海に入られたら、ステラも手の出しようがない。


 拳を握り締めると、ニーナを固く締め付けるその触手に向かって勢い良く振り抜いた。


「ディスペル・ボワン‼ (打上星)」


 威力のでかいアッパーカットだ。これがまともに決まれば、誰だって立ち上がれなくなる。


 しかし、相手は人間でなく粘液を纏ったクラーケンだ。


「ネバネバが……‼」


 パンチの芯がうまく食い込まず、粘液がパンチの威力を弱める。

 残念ながら決め手の一撃には至らず、ただステラに粘液が付着しただけだ。


「ステラ! こっちへ戻ってこイ、お前まで巻き込まれたら元も子もなイ‼」

「でも‼」


 ニーナの苦しげな目とステラの目が絡み合った。肺が圧迫されているようで、声が出ていない。


 困っている人を助けられなくて、何が婦警だ。


 奥歯を噛み締め、ゲパルに怒鳴る。


「クラーケンの弱点って何処ですか⁉」

「基本は眉間ダ‼ そこに何かしらダメージを与えてやれば、引っ込んで行ク‼

 けれどあんなにでかけリャ、近づくことも出来なイ‼」

「眉間にダメージ……‼」


 そうだ、さっきの外灯をもう一本へし折って叩き込んでやるのはどうだろう?


「(ダメだ、細すぎる)」


 一本目の外灯ですら受け止められ、玩具のように海に投げ捨てられていた。

 二本目をもぎ取ったところで、ただ街を破壊する行為として終わってしまう。


「こンノォォォォオッ‼」


 ハッとゲパルで我に返った。


 彼は冷気を纏った大剣を振り回し、ニーナにまとわりつく触手に刃を突き立てている。




 ――――そうだ、ゲパルは氷魔法の使い手だった。




 ピンッ! とステラの頭の上に明かりが付いた。


「ゲパルさーん‼」


 それはまるで猪のよう。

 一直線に、ゲパルへ向かってステラは駆け出した。


「お願いです‼ でっかい氷の槍を作って下さい‼」

「そんなモン作ってどうすんだヨ‼」

「あいつの眉間にぶち込みます‼」

「女がぶち込むとか言うナ‼ 大体どうやってあそこまで氷を運ぶ気ダ⁉ 折角氷を作ってモ、あの触手に邪魔されて終わるだけダ‼」

「眉間まで持っていくのは私が請け負います‼」


 襲いかかる触手をゲパルの大剣が弾く。

 刀身に触れた触手は一瞬冷気でひるむが、その覆われた粘液に守られて再び動き出す。


「お願いです‼ 私なら……私達なら‼ クラーケンを倒してニーナさんを助け出せます‼」

「キィィィィイイイッ‼」


 ステラがゲパルを説得していると、クラーケンは耳をつんざくような奇声を上げた。

 咄嗟に耳を塞ぎぐ。


「まずイ、陸に上がってきタ!」

「早く‼ このままだと博物館から壊されてしまいますよ‼」


 激昂したクラーケンは、ニーナを握ったまま陸に上がってきた。


 このまま博物館を壊されるか、ステラに賭けるか。



 ゲパルの取る選択肢はたった一つだ。


「……ッアー‼ やけくそダ‼」


 自分の大剣だけでどうにもならないことは、彼にもわかっていたのだ。

 ゲパルの指が空中をなぞると、空気中の水分が急速にかき集められて冷気を帯びる。


 みるみる大きくなった氷は、やがて先の尖った槍へと変貌を遂げた。

 強靱で鋭利な、まるで戦士が戦場でふるうような槍。ガザンが使っていた金砕棒のサイズなんか比でない。


「デ⁉ どうやって運ぶんダ⁉」

「私が打ち込みます‼」

「あんたノーコンだロ‼」

「私は氷のケツを叩くだけ‼ 眉間の標準はゲパルさんが定めて下さい‼」

「だから女がケツ叩くとか言うナ‼」


 節くれ立つ指が、氷の行く末を調節する。それはこの国の歴史を守る為の、大切な決定。

 とんでもない責任を負わされたものだと気付くのは、この騒ぎが収まった後だろう。


「やっぱり無理ダ‼ 触手が邪魔していル‼」

「私がなんとかします‼」


 槍の後ろに立つと、張り手を添えた。

 冷たい温度が薄い皮膚を通り越して、肩まで震える。人はこれを痛みとも呼ぶ。


 ステラは眼に魔力を込めた。


「(あの触手があっちにいって、その触手が退いて……あぁ、また重なる)」


 ランダムに動く触手の動きが、ステラの頭に流れ込んでくる。

 一瞬。たった一瞬でいい。


 そしてスローモーションに映るその動きは、とうとうステラの望んだ瞬間を迎えてくれた。


 偶然が重なり、槍とクラーケンの間に一本の道が現れた。

 無防備な眉間が見えた瞬間。


 ――――ここだ。


「グラス・シングラーレ‼ (氷鉄の槍)」


 爆発的に魔力を掌に込め、思いっきり槍を叩き出した。


 槍が空気を裂く音は、台風の風のよう。

 綺麗に一直線に飛んだ槍は、ステラの視た未来の通りのコースを真っ直ぐ貫く。


 そして。



 ブシュッ……‼



「グキィィイイイィィィッ……‼」


 クラーケンの眉間に深く突き刺さった。


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