32,歓迎会 8
「ぴえん、エドガー……」
「し、師範……」
終わった。
笑ってるけど笑っていない。
その証拠に、エドガーの額に太い青筋が立っていた。雷や拳骨で済むだろうか……。
「違うんじゃ! これには深いわけがあったんじゃ!」
「そうです! 落ち着いて聞いてください!」
「僕は落ち着いてるよ。落ち着くべきは二人の方じゃないかな?」
どの角度から見ても怒られるべき対象はステラとガザンだ。
ちぐはぐな身長の二人は、腕をバタバタしながら裂け目を隠そうとするが、全く隠せていない。
なんなら突き刺さった金砕棒が丸見えである。
エドガーの後ろに控えるニーナは、白い目で裂け目を見つめていた。
「それで? 落ち着いたところで教えて下さい。
この裂け目と打ち込まれた金砕棒はなんなんですか?」
「これは……そのう……。
そうじゃ‼ お嬢ちゃんの歓迎会をしておったんじゃ‼」
どんな歓迎会だ。
エドガーの口元がひくついたのがわかる。
「我が国でこのような歓迎会あるとは。今日の今日まで知りませんでした。
ニーナ、君は知っていたかい?
「初耳でス」
「どうやら彼女の故郷の文化でも無さそうですね。
どんな内容ですか? ぜひとも教えてください」
「それはのう……」
どこぞの怪力娘がかいていた油汗が、ガザンにうつったようだ。
なんなら某怪力娘も隣でキョドっているが。
「(ガザン様‼ 何とか上手いこと言って誤魔化して下さい‼)」
「(無理じゃ、エドガーが超怖い‼)」
「(くっ……! ゲパルさん達は完全に諦めモードに入っているし……!)」
「二人で何をこそこそしてるのか知らないけど、おじいさまはこちらへ。ステラはそっちでお説教ね」
「はい……」
あ、やっぱり怒られるのね。
けど、そっちってどっちよ。
エドガーが指さす方へ渋々身体を向けると、身体の筋肉が固まった。
目を見たら石になるとかいう、そんなおばけいなかったか? ほら、髪の毛が蛇の女の人。
それならまだ説明が付いたが、なんせ真後ろに立っていたのは無表情でステラを見下ろすレオナルド。
彼もエドガーと同様に、青筋を立てていた。
「お、おはよぉ……?」
「おはよう。朝から元気だな」
「えへへ……」
怒っている。
他国の王族と殴り合ったから?
他国の地面を叩き割ったから?
他国の使い慣れていない武器を振り回したから?
心当たりしかない。
「ガザン翁、我が国の者が大変失礼致しました」
「お嬢ちゃんは悪くないぞい。儂が勝手に勝負を挑んだんじゃ」
「左様で。何かこの者が無礼を働き、ガザン翁の怒りに触れたのであらば」
ステラは見た。
レオナルドが腰の剣に、指を掛けたのを。
一瞬にしてその顔は血の気を無くし、レオナルドの手に自分の手を重ねた。
「俺が変わって相手を「違いますぅ‼」」
あかん、瞳孔が開いている。
重ねた手を押さえ込み、剣に手をかけている光景を自分の身体で隠した。
落ち着いて来た頭で、今の状況がまずいということを理解したのだ。
「さっきも言っていたでしょ⁉ 歓迎会‼ 私がこの国に来た歓迎会なんだってば‼」
「金砕棒を振り回して?」
「ガ、ガザン様とセレスタン流の新しい歓迎会を作ろうと思って……」
「新しい試みか。ならば俺も手伝うとしよう」
「ずぇーったいダメ‼」
王族と王族が剣を交えるだって?
庶民であるステラならまだしも、戦争にもなり得るぞ。
ステラは魔力を腕に込め、レオナルドの腕を動かないように固定した。
「おい、この手を離せ」
「師範‼ 私はあっちでこってり怒られてきますね‼」
「こってり絞られておいで」
「お嬢ちゃん! 儂を一人にしないでおくれー‼」
「今一緒にいるとまずいです‼ 色んな意味で‼」
「くっ……! まだジャンケンの決着も着いておらんのじゃぞ!」
「あ」
忘れてた。
ステラは左手でレオナルドの腕を押さえたまま、器用に右手を翳す。
「ガザン様! ジャンケンだけして怒られましょう!」
「なんでジャンケン?」
「新・歓迎会の締めはジャンケンというというルールがありましてね」
「レオ坊や、ジャンケンを甘く見てはいかんぞ。これは儂らの魂を込めたジャンケンじゃ!」
「はぁ……」
どうせ怒られるのだから、せめて白黒はっきりしてから怒られようじゃないか。
呆れかえるエドガーとレオナルドを横に、ステラは右手を太陽に翳した。
「ゆくぞ……おや、お嬢ちゃん」
「フェイントは無しですよ‼」
「違うわい。
そのチョーカー、少し緩んでおらんか?」
「そんな……本当だ」
咄嗟に右手が首元に吸い込まれる。
暴れたときにフックが一つ外れたのだろうか。
身体の一部と言っても良いほど毎日愛用している、去年からの宝物だ。
後ろの男がプレゼントしてくれたものだが、伸縮魔法だけでなく、撥水魔法に防塵魔法という中々小粋な魔法がかかっていたので日常生活において外す必要性がない。
落としたら大変だと、慌てて首の後ろに手を回す。
「あれ? 取れない……」
「髪が絡まっている。手を退かしてみろ」
まるでプレゼントしてもらった時みたい。
レオナルドの手が項を掠め、チョーカーのフックを外した瞬間だった。
「……っ⁉」
三秒後、十分後、一時間後。
怒濤の未来が、頭に流れ込んできた。
「うっ……あぅッ……‼」
「どうした⁉」
眼を押さえ、暴走する魔力を封じ込めようとするが、唐突すぎてうまく出来ない。
座り込むステラの肩を、焦りの色を顔に浮かべたレオナルドが抱く。
「レオ坊、そのチョーカーを早く着けてあげるんじゃ」
「こんな時に、」
「いいから、着けておあげ」
逆らうことは許されない。
つい先程までエドガーに押され、タジタジになっていた老人ではなく、前国王として毅然とした態度。
一皇子のレオナルドが逆らうとこは出来ないのだ。
「……ステラ、少しだけ我慢しろ」
何が起こっているか、わからない。
レオナルドはガザンに言われるがまま、チョーカーを手早く首に巻いた。
カチン……と、小さな金属音が首の後ろで鳴る。
チョーカーが本来の場所に戻り、美しい輝きがステラの首を再び彩った。
「あ……」
「大丈夫か、何があった?」
恐る恐るはあるが、ステラの手が眼から離れた。
レオナルドがその顔を覗き込むと、随分と白くなった顔が呆然と自分の掌を見つめている。
「オジジ‼ ステラに変な魔法をかけたのか⁉」
「ベーベックドや、子豚ちゃんを押さえておいとくれ」
「は」
「何をするっ……わふんっ、ひょぇえ……⁉」
ウメボシ、撃沈。
ジーベックドの手により、無事骨抜きとなった。
「(何、今の……)」
この疲労感はよく知っている。
これは、何回も経験したクロノス・カーニバルの時に起こる現象だ。
強制的に未来が流れ込んで、高熱を出し寝込む毎日。
この地で解明しようとしてる原因の一つだ。
今はその時期じゃないのに、なぜ急に?
「エドガーや。お前のお説教は後でたんまりと聞くわい。
今はお嬢ちゃんと話させておくれ」
「……このことは父上にも報告します」
「好きにせい。
これこれレオ坊。そんな仔猫みたいに威嚇しておらんと、お嬢ちゃんをこっちに寄越しておくれ」
「ステラに何をしたんですか?」
「何をって、別に何も……。
……しょうがないのう……お前さんも一緒においで」
ステラを抱え込む姿は、仔猫とは程遠い。
まるで外敵から傷付いた家族を守るような、ライオンを彷彿させる。
「こっちについておいで」
しかし、従わねばならぬ。
動かぬステラを担ぎ上げると、憂色を濃くしたエドガーの横を通り、ひっくり返ってハフハフと息をするウメボシを一瞥して宮殿の中へ消えたのだった。
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