15,好々爺
何処にも逃げ場は無い。
そう思って勢い良く放った捕縛魔法は、何故か急に出現した巨大な氷を捕らえていた。
「何これ……⁉」
こんなものを捕まえるために、魔法を放ったわけじゃ無い。
掌から魔法の糸を引き千切った。
「なんじゃ、もうバレてしまったのかのう」
「ちょ、待って……!」
このままだと逃してしまう
ステラが氷の上に飛び移ったのと、じいさんが飛び降りたのはほぼ同じタイミングだった。
氷の上から覗き込むと、鞄を持ったじいさんはふわりと地面に降り立っていた。
何かしら足を止める魔法を放とうと指を持ち上げたが、その動作は止まることとなる。
何故ならじいさんの横に、最近知り合ったばかりの人物が居たからだ。
「イライザさん⁉」
「ステラ嬢! お久しぶりです!」
ワインレッドの髪に、前髪がアシンメトリーに切り揃えられた女性。
軽装とは言え、鎧に身を包んだ姿は凜々しい。
その人物は、某ドルネアート国皇太子の我が儘によって遠方に飛ばされ、僻地で知り合ったイライザだった。下からステラに向かって大きく手を振っている。
氷から飛び降り、イライザとじいさんの待つ地面へ舞い降りた。
「イライザさん、大変です! その人ひったくりですよ‼」
「ひったくり……その荷物はステラ嬢の?」
「ちいとばかり悪戯心が疼いてしまっての」
再会を喜びたいのは山々だが、今はそれどころで無い。
ステラの気迫に困惑したイライザは、二人を見比べるばかりだ。
すると、群衆から小さな赤い鞠が転がり出てきた。
「ステラ! 息災であったか!」
「ウメボシ!」
「近くでイライザの気配がしたのだ。役に立つかと思って連れてきたぞ!」
「後でご褒美あげる!」
我が相棒の何と頼もしいことか。
貫禄が付いたのは身体だけじゃないのだ。
「さぁ、荷物を返して貰います! そして刑務所へ行きましょう!」
「ひぃん……怖いのう……」
「そんなか弱い老人の振りをしても無駄ですからね!」
腰に手を当て、イライザの背中に隠れようとする小さな姿を睨め付けた。
王国騎士団のイライザがいるなら心強い。晴れてこのじいさんもお縄につくことだろう。
「さあ、観念しなさい! この私に目を付けたことが運の尽き!」
「儂の動きに着いてこれたんじゃからお嬢ちゃんは凄いのお。あの長距離を食らいついてくるのはなかなか至難の技じゃ、ここにおる王国騎士団達とて着いてくれるかどうかわからぬ」
「褒めたって無駄ですよ! さあイライザさん! その人を連行しましょう!」
「落ち着いて下さいステラ嬢! そしてその拳を降ろしてください!」
怒りが拳に表れる。しょうがない、怒っているのだから。
そんなステラの怒りを認めつつ、じいさんを庇うようにイライザは腕を上げた。
一連の流れを見守っていたギャラリー達も、どこかおどおどしている。なんなんだ、この空気。
「ガザン様にも何かお考えがあってのこと! どうか気を鎮めてください!」
「お知り合いですか?」
「お知り合い……まぁ、お知り合い、です」
警戒を解かず、イライザをじいさんを交互に見遣る。
直ぐにでも手錠を借りて逮捕しようと考えたが、イライザの知り合いならば一度手を止めるべきか。
いや、王国騎士団の隊長の知り合いであれば、なおさらイライザに引き渡した方が賢いのだろうか。
「じい様、早速ちょっかいかけたのカ! 手が早いナ!」
「ほっほっほ! 先に動かねばゲパルに先を越されそうだったからのう」
「違いねえヤ」
イライザの後ろからやって来た青年が、背中に背負った大剣を鳴らした。
赤と橙色の入り交じった、茜色の長い髪をゆったりと三つ編みにして後ろに流している。長い前髪からは金色の鋭い眼光が覗いていた。
「ゲパル! お前も見ていたなら止めるべきだろう!」
「面白かったからヨ。なんならじい様に混ざってやろうとも思ったんだがナ」
独特な語尾のイントネーション。
そして聞き捨てならんことを言っているぞ。
彼はイライザと同じ紋章の入った腕章を付け、軽装な鎧を身に纏っていた。
格好から推測するに、王国騎士団の一員だろう。
ゲパルと呼ばれた青年が前髪を掻き上げると、ギャラリーから黄色い悲鳴が上がった。
「いくらイライザさんの知り合いでも、ひったくりはダメですよ。被害者が私だったから追いかけられましたけど、これが一般人ならどれほど恐怖を与えたか!」
「ステラ嬢の言うことももっともです。どうか怒りをお鎮めください!」
「そうじゃよお嬢さん。この荷物を返してやるから許しておくれな」
「元凶はあなたなんですがねぇ⁉」
どうどうと、イライザに肩を叩かれるか怒りが収まる気配は一向に無い。当然だが。
荷物が戻ってきても、これは解決にならない。
もう一言二言じいさんに文句をつけてやろうかと思っていると、三つ編み男が前に進み出てステラの顔を覗き込んだ。
「な、なんですか」
「はーン……本当にスピカ様の眼と同じ色だナ」
「ゲパル! 初対面の女性に対して無礼だぞ!」
「イライザはかったいナ。
俺はゲパル。ゲパル・シュナイダーっていうんダ。あんたの名前はステラっていうのカ?」
「ステラ嬢、大丈夫です! この男はギリギリ不審者ではありません!」
「ちょっと、離してください!」
遠慮無しに肩へ回された腕を退けようとするが、まるで蛇のように纏わり付いて離れない。
これがセレスタンでの距離感?
いやいや、エドガーもイライザもこんなグイグイ来なかった。これは彼の個人的な問題だ。
「じい様との勝負、見せて貰ったゼ! 凄かったナ、お前もじい様や国王と同じ重力使いカ!」
「私の魔法のことは後です。それよりそのおじいさんの処分が先です‼」
王国騎士団の知り合いとはいえ、やっていいことと悪いことがある。
腕を放す様子の無いゲパルと揉み合っていると、じいさんがイライザの背中からやっと姿を現した。
「久々に楽しかったのう。もしよければ、また儂と遊んでくれんかね」
「遊び……⁉ 遊びでひったくりぃ⁉」
「ステラ嬢! この方は……!」
群衆の中から、赤い甲冑を着た男たちが現れた。
手には槍、腰には剣。右手に盾。
イライザやゲパルと同じ、王国騎士団だ。
じいさんを取り囲むように、男達は陣を組む。
「自己紹介が遅れたのう。
儂はガザン・ダルビ・セレスタン。
前セレスタン国王じゃ」
とりあえず時を戻す魔法ってないかな。
イライザの声が遠くに聞こえた。
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