12,引っかかる事案
「(なんだったんだろう……)」
あの店員さんの怯え方は異常と言ってもいい。
それだけ恐ろしいことが起こっているというのか?
ステラはブティックの横で、忙しく行き交うセラスタン国の人々を観察する。
一見楽しそうに働き、何気なく生活を営んでいるようにしか見えない。
皆表に出さないだけで、あのお姉さんのように恐怖を抱えているのだろうか。
腕組みをして眉間に皺を寄せる。
力み過ぎて下唇が飛び出してきたところで、頬に何か固いものがブニュッと押し付けられた。
「スーテーラー?」
「あ、おかえり」
「おかえり、じゃないの。折角の旅行なのに、なんでそんな難しくて怖い顔をしているの!」
押し付けられた固いものの正体は、セレスタンの特産物の一つである固い果物だった。
中に甘い果汁が閉じ込められており、割って中を飲むというドリンクの一つ。
ささったストローを咥えると、その甘みに険しくなった顔も和らぐ。
「あなたがそんなに気負う必要はないのよ。大丈夫よ、セレスタンの王国騎士団や警察の方が早期に解決してくれるわ」
「そう、だよね……」
そう言いつつも、ステラの顔は晴れない。
余所者のステラが顔を突っ込むべきで無いことくらい、わかっている。
しかしどうしても気になってしまう。
今もどこかで助けを求めている人がいると思うと……あぁ、心配だ。
「ステラもすっかり婦警さんね」
「そりゃあ、私だってもうすぐ就職して半年になるし」
「子供が大きくなるのは本当早いわ」
ステラと同じジュースを飲むラナの横顔は、少し憂いが見える。
マズイ、とステラは慌てて声を明るく上げた。
「ごめん! 今は旅行を楽しむんだった! 何処行く⁉」
若干よれているガイドブックを採りだし、ラナに向かって広げてみせる。
親孝行すると、決めたじゃ無いか。
この国に滞在する間は、何があっても母に笑っていて欲しい。
当初の目標を思い出し。ページを捲っていく。
カヌーも鍾乳洞も、パワースポットも。
何処だって連れて行ってやろうじゃないか。
「お母さんはここが気になるんだけど……」
「うんうん、じゃあ向こうの道から行けばいいね」
次はいつこうやって肩の力を抜いて歩けるか分からない。
今は母と向き合おうと、燃えさかるポリス魂にストップをかけた。
******
「楽しかったわねー! まだまだ遊び足りないわ!」
「本当だね、数日やそこらじゃ回りきれないよ……よいしょっと」
部屋に戻ってきたステラの手には、これでもかというほどの花や食べ物で溢れていた。
行く先々でステラの瞳を見るなり、皆がスピカの眼だスピカの眼だと騒ぎ立てるのだ。
そのご利益にあやかりたいのか、まるで何かのお供え物かのようにステラとラナへサービスと称して何かしらを手渡してくれる。
おかげで食事を取らなくても、二人の腹は常にパンパンだった。
「大量ね……どうする?」
「ウメボシにも手伝ってもらおうかな」
「良い考えね。持って帰るわけにはいかないもの」
リンゴをもしゃもしゃと咀嚼するステラの横から、ラナの細い指がカリカリに揚げられたポテトを一本奪っていった。
絶対に美味しい、外れのないセレスタン国の名物の一つらしい。
「お母さんは先にお風呂入ってくるわ」
「ごゆっくり~」
鼻歌を歌いながら部屋を出て行く。
「(よかった、お母さん楽しそう)」
今のところ、親孝行は順調に進んでいる。
ドアが仕舞ったと同時に、ステラは指を鳴らした。
「ケアハーロ・ヘレマイ(召喚術)」
この呪文も何回唱えただろうか。
ステラが使える魔法の中でも、断トツに口に為る呪文だ。
部屋に煙を立て、ウメボシが姿を現す。
「飯かっ‼」
「待って待って」
今にも飛びつこうとする鼻を押さえた。
揚げ物はダメだ、確実に太る。
出来るだけヘルシーに、ウメボシが食べても良さそうなものをチョイスすると、鼻の先まで持って行く。
が、そっぽ向かれた。
「果物はよい。そちらの揚げた芋がいい」
「デブまっしぐらだよそれ」
「動物と赤子は少々太っている方が可愛いと、よく言うだろう」
「情報源は何処⁉」
毎回カロリーの高いものを要求し、ステラが拒む。
しかし最後には何かと理由をつけて食べさせてしまうのが現実。
悪いことだと思っていてもどうしても甘やかしてしまうのだ。
まぁいい、明日は一日中外に出して歩き回らせれば少しは痩せるだろう。
「セレスタンか。ドルネアートとはずいぶんと違うのだな」
「食文化も着るものも全然違うよ。明日は一緒に行こうね」
「ボディガードぐらいはしてやろう」
「心強いわぁ」
絶対抱っこはしないが。
一心不乱に食べ物を食べるウメボシの横で、ステラは一冊の本を袋から取り出した。
それは露店に売っていた、〝蒼い星のお姫様〝だ。
「ステラが自ら本を取るとは。明日は槍が降るか」
「自分でも思う」
中身はヴォルの家で読ませてもらったものと何も変わりはない。
描かれているイラストレーターの絵柄が多少違うことぐらいだろうか。
「この国の人達は私の眼を見るとスピカ様の眼って言ってくる。もう少し深く探れば、この眼が未来を視える理由が分かるかも!」
次のページを一枚めくると、大きな音と共に明るい光が部屋に差し込んだ。
尚、ウメボシはベッドの上で驚いた猫の如く跳ね上がった。
「な、何なのだ⁉」
「花火だ!」
動転するウメボシを抱え、窓際に走る。
そこにはセレスタンの名物の一つである花火が、大量に打ち上がっていた。
夜の空に咲く花は、一日の終わりを飾るのに尤も相応しい。
「あらら、もう始まっちゃってた?」
一人と一匹が明るい夜空を見上げていると、ドアの閉まる音が聞こえた。
花火の音にかき消されないよう大声を張り上げ、戻ってきたのは勿論ラナ。
その片手にはお酒の瓶が握られていた。
「お母さん、お酒飲めるの?」
「ジュースみたいな甘いやつならね」
窓際にイスを並べると、ラナに座るよう促した。
向かいに座っただけでも甘い香りがやってくる。
街の人々から貰ったお菓子をつまみに、注がれたお酒に口付けた。
花火に照らされた上品な横顔を、ステラは眺めた。
十年以上一緒に生きてきたが、母親がお酒を飲むところを初めて見た。
それほどこの旅行が楽しいのだろう
連れてきて良かったと、内心ガッツポーズを決める。
「ねぇ、お母さんはスピカの眼って知ってる?」
「知ってるわよ。その絵本でしょ」
当然、といった口ぶりだ。
我が家に絵本が無かったのは偶然。
ステラがアルローデン魔法学校に通うまで知らなかったのも、そこまで興味が無かったから。
自分の中で疑問の落とし所を見つけ、抱えていたモヤモヤがようやく晴れた。
「私さ、つい最近まで知らなかったんだよねー。村の図書館にあったかな?」
ラナのコップを持つ指がピクリと動くが、ステラはそれに気づくことない。
「スピカ様って、この国のお姫様なんだって。未来が視えるのも私と同じでしょ?
もしかして一緒の混血だったのかな?」
「どうなのかしら……お母さんも本でしか知らないわ」
「だよね。でもちょっとだけ気になってるんだ」
ひと際大きな花火が空に打ち上がった。
窓の下からは観客たちの感嘆の声が聞こえてくる。
小さな酒瓶を全て飲み干したラナは、あくびを右手で隠しながら立ち上がった。
「もう寝ましょう、明日も沢山買い物して観光していかなきゃ!」
「そうだね。私も風呂入ってくる!」
「小生はよい、ラナ殿と共に寝よう」
「強制に決まってんでしょ」
もちろん、ウメボシも入れるかどうか確認済みである。
暴れるウメボシを持ち上げ、絵本を閉じた。
今日や明日にスピカのことを急いで知ろうとうは思わない。
どうせこの国に沢山の情報が溢れているのだから。
自分のベッドから手を振るラナに「いってきます」と告げて浴室へ向かうのだった。
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