11,母の見立て


「可愛い! いいじゃない、色もよく似合ってるわよ!」

「本当に! 素敵ですわ!」

「やっぱりお母さんの見立てに間違い無かったわね。あ、これこのまま着ていきます!」

「承知いたしました」

「(ここまでする必要あるのかな……)」


 問答無用で引きずり込まれた、まさしく観光客を狙ったブティック。

 ショーウィンドウに飾ってある鮮やかなワンピースドレスを指差したラナは、試着室から出てきたステラを見るなり賞賛の声をあげる。


 エメラルドグリーンのフィッシュテールをイメージしたワンピースを身に纏った姿は、セレスタン国の住民と言い張っても可笑しくないほど違和感がない。


 アルローデン警察署一同がもしその姿を見ることがあれば「もう一回潜入捜査行っとくか?」くらいの誉め言葉が飛んできそうなものである。


「よく似合ってるわよ、ステラ! やっぱりセレスタンって言ったらフィッシュテールのワンピースよね」

「一見暑そうに見えますが、風通しの良い作りになっております。今の気候にはぴったりですよ」

「ですって! ほら、出てきなさい」

「う~……」


 合コンの時にエルミラが見繕ってくれた服とは、また違った華やかさのある服だ。


 異国チックで肩や背中の露出が多く、可愛すぎないエレガントなワンピース。

 いざという時に動けるかと心配になったが、無用だったようだ。下着が見える可能性は大いにあるが、とても動きやすい。


「(走る飛ぶ蹴る殴る……よし、問題なさそう)」

「ステラ? これで走ろうなんて考えちゃダメよ?」

「へっ⁉ そ、そんなこと考えるわけないじゃん⁉」

「絶対よからぬことを考えている顔だったわよ。あ、あとこれに似合う靴もお願いします」

「承知いたしました」

「ヒールは! ヒールだけはやめて!」

「ヒールでお願いします!」


 ステラ渾身の願いも虚しく、ラナはとてもいい笑顔で店員を振り返った。


 ヒールとは厄介なものだ。

 動きにくいしバランスが取りにくい。

 唯一良いところを上げるとするならば、蹴りに威力が増すというところか。


「お母さんはこっちのワンピースにしようかしら。どう?」

「とってもよく似合ってます、はい」


 これまたいい笑顔の店員に渡されたヒールを履きながら、鏡の前でワンピースを広げて見せる母を眺める。

 声こそは感情が籠っていないが、本心である。


 あれよあれよという間に、母娘はセレスタンスタイルに仕上がった。


「折角ですからお嬢様の髪も結い上げましょうか?」

「このままでだいじょ「お願いします! 可愛くしてやってください!」(く、食い気味……)」


 娘を着飾ってやりたいという母親心がまだ理解できないステラは、ただ着せ替え人形のように鏡に向かって座るだけだ。


 どんな髪型にしようかと乙女のようにはしゃぐ母を、鏡越しに見やる。


「お嬢様は元から可愛く……まぁ! スピカ様の眼!」


 髪をとかされていると、店員のお姉さんがステラの瞳を覗き込んだ。

 太陽光が反射して、鏡に映るステラの瞳が宝石のように煌めいていた。


 先ほどの少女といい、店員のお姉さんといい、やたらステラの眼に反応が大きい。

 それだけスピカを信仰しているということだ。


「初めて見ましたわ、スピカ様と同じ色の瞳!」

「この子はドルネアートとセレスタンの混血なんです。突然変異でそういう色になったんでしょうね」

「多分間違いなく恐らくほぼほぼそうですはい!」


 フラワーレイを首にかけてくれた少女が、ステラの眼を見て叫んだ時から確信していた。


 この眼は、セレスタンでとても目立っている。


 ツラツラを嘘を並べるラナの前で、ステラはただ首を上下に振った。

 ホテル内でラナと事前に打ち合わせてしておいた話を引き出し、未来が視えるという事実だけは捻じ曲げていく。


「(ドルネアートではこの髪で目立って、セレスタンではこの眼で目立って……)」


 どこにいけばこの容姿は馴染むのだろうか。


 少し気が重くなったところで、店員のお姉さんの手が肩に置かれた。


「さぁ、できましたよ」

 

 編み込んだ髪を下でまとめてもらい、所々花が鏤められている。

 町娘、というより今からデートに出掛ける装いだ。


「器用ですねー」

「お嬢様の美しさを引き出すためですもの! 腕によりを掛けて結い上げさせていただきました!」


 流石一流ブティック点。客の気分を上げるのもお手の物である。

 本人より満足気なラナは、会計を済ませるとステラの腕を絡め取った。


「行きましょう! 早く行かないと回りきれないわ!」


 空いている手には、ステラが持ってきたガイドブックが持たれていた。

 店員のお姉さんがステラの着ていた服をまとめるのを待つ間、ラナは楽しげに話す。


「鍾乳洞ではカヌーで中を探索できるらしいわよ。その近くには自然とハートの形に削れた岩があるパワースポットも有名らしいわ。スコールがたまにあるらしいんだけど、ダブルレインボーっていう現象も見られる可能性があるのよ。海に潜って魚と一緒に泳ぐことも……できないわね」

「カナヅチサーセン」


 急に現実に引き戻される。


 ラナは器用にページを捲ると、ステラにガイドブックを突き付けた。


「あとこれ! 夜になったら森一帯に蛍が現れるらしいの! それがとても幻想的で……」


 バサッ……


 興奮してステラに詰め寄る後ろで、何かが落ちる音がした。

 ステラとラナが何事かと振り返ると、蒼い顔をした店員のお姉さんがステラの服が入っている袋を落としていたのだ。


「あ、す、すいません……!」

「大丈夫ですか? 顔色が良くないですよ」


 急に体調でも悪くなったのだろうか。

 母の腕を解いて、服の入った袋を拾い上げた。


 店員のお姉さんは顔色が悪いまま、その場に立ち尽くしている。


「お客様は最近こちらに来られたばかりですか?」

「はい、今朝方セレスタンに到着したばかりです」


 気分が悪いなら休んだ方がよいのでは?


 ステラが近くの椅子に座らせようと手を伸ばすと、逆にその手を掴まれた。


「夜になったら絶対に森へ行かないでください‼」

「えっ……」


 人が変わったように叫ぶ店員のお姉さんに、ステラはたじろぐ。

 様子を見ていたラナも目を丸くし、持っていたガイドブックを背中に隠した。


「急に怒鳴ってすいません……。ですが、最近この辺りで変な事件が起こっているんです」

「事件?」


 ステラの目が光ったのを、ラナは見逃さなかった。


「はい。私も遠目で見たんですが……」


 細い肩がカタカタと小刻みに震えるのは、恐怖からだ。

 何があったのかと、二人は顔を見合わせる。


「ここ一ヶ月、夜になると青い蛍が現れるようになったんです」

「それはここに書いている蛍とは違うのかしら?」

「セレスタンに生息する蛍は、殆どが黄色からオレンジ色に光る蛍です。

 なのにある日を境に、森の一部で青い蛍が現れるようになって……!」


 何をそんなに怯えているのだ。

 ラナの質問に答え終わった店員のお姉さんの、次の言葉を待つ。


「その青い蛍が現れた日、様子を見に行った人達が何人か行方不明になったんです」

「行方不明?」


 ステラの形の良い眉毛が潜められた。

 青い蛍と人が行方不明になることに何の関係があるのだ?


 消えた人達はどうなったというのだ。

 その先を聞きだそうだすると、ステラの胸に服の入った袋を押しつけられた。


「と、とにかく! 夜になったら出歩かないでください! 絶対に!」

「え、ちょっと……!」


 ステラのポリス魂に火を付けられたところで、強制終了。


 半ば追いやられるようにして、ラナとステラは店を出ることとなった。

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