10,ビップルーム



 それはそれは楽しい船旅であった。

 一日かけてようやく回れた船内は、時間によって様々なイベントが催されていた。


 まずは全員に義務付けられている、万が一億が一船の転覆時に備えての説明。

 それが終わると乗客は各々の好きなように楽しんでいた。


 有名音楽団による生演奏、話題の演者による演劇、スロットゲームにバー……。

 夜になると露出の多い女性が踊るダンスショーがとても人気だったので、疲れて眠る母を部屋に置き、事件が起こらないよう目を光らせていたの職業病である。


 当初は船酔いの心配もしていたが、思ったよりも揺れは感じなかったので問題無さそうだ。

 そのお陰で体調崩すことなく、無事ステラは朝日を拝むことができた。



 そして。



「ステラ、着港するわよ」

「長かったような短かったような」

「あら、昔に比べたら随分と早い方よ。あなたが生まれる前なんて、こんなに便利な船なかったんだから。時代の流れよね」


 船員に見守られながら荷物を受け取る。

 

 周りの客と同じようにデッキに出て、見えてきた街並みに思わず目を細めた。


 噂通り、白を基調とした町。


 太陽の光を跳ね返すために、わざと壁を白く塗っているのだとか。

 家の中がサウナにならないための工夫だそうだ。


 潮風に紛れて、どこか甘い匂いが漂ってくるような気がする。


「いつ来ても賑やかな国ね、セレスタン」


 異国の情緒溢れる街並みは、ステラとラナを快く迎え入れてくれた。




「ようこそセレスタンへ!」

「いらっしゃい! 楽しんで行ってくれよ!」


 船から陸へ架かる橋を渡ると、気持ちの良い熱気が顔を煽った。

 その向こうには、眩しいくらいの街並みがステラ達を歓迎していたのだ。


「先にホテルへ行って荷物を預けましょう」

「う、うん、そうだね」


 ラナに隠れるようにして街を覗き込む。

 その絵は、まるで幼い頃の内気な少女。


 その街には、ステラにとって見慣れない色が行き交っていた。

 橙色やピンク色の髪、多いのは赤色だろうか。


 ステラの髪と同じ系統の人間が、船から降りる観客を出迎えてくれた。


「すごい、本当に沢山赤色の髪の人がいる……」

「ふふふ……学校やお仕事でもセレスタンの人と関わったんでしょう?」

「ここまで沢山いると圧倒されると言うか……」


 自分も紛れてしまえば違和感無く溶け込めるのだろうが、如何せん見慣れない。


 ラナの荷物も持って、人生初となるセレスタンへの第一歩を踏み出すと、ステラとよく似た髪色の少女が、こちらに駆け寄った。


「ようこそいらっしゃいました! どうかこの国であなたに幸あらんことを!」

「あ、ありがとう……?」


 受け取ってもいいものかどうか、ステラが戸惑っていると隣に居たラナが少女に向かって迷うことなく屈んだ。

 少女の手にはフラワーレイが握られており、低くなったラナの首にかけられた。


「セレスタンではフラワーレイを魔除けとして使われているの。だから私達みたいな旅行客にこうやってフラワーレイをかけて、怪我なく楽しんでもらおうとする地域の人たちの心遣いなのよ」

「お母さん詳しいね」

「伊達にあなたより長生きはしてないわ」


 そう言われると何も返せない。


 ラナに倣って少女に首を下げる。

 首元にかけられたフラワーレイが擽ったい。


 思わず顔を上げると、すぐそこにあった少女の瞳と目が合った。


「わぁ……!」

「へ?」

「お姉さんの目! スピカ様の眼⁉」


 おでこがぶつかるくらいの至近距離で、少女はステラの瞳を覗き込んだ。

 流石はスピカを奉る国。ステラの目の色にとても食いつきが良い。


「お姉さんの目の色はスピカ様と同じだけれど、流石に未来は見れないわよ~?」

「そうなの?」

「そ、そうです!」


 ラナの助け船に遠慮無く乗っかり、全力でオールを漕ぐ。

 残念そうにしょげる少女の頭を撫で、ラナはステラの手を取った。


「先にホテルに行って荷物置きましょう!」

「そうだった! ヒルおじさんがホテルも予約してくれたんだよ」

「至り尽くせりね。ここから近いのかしら?」

「えっとねー……」


 ステラは手紙に同封されていた地図を開いた。


 事前に見た感じだと、港からそう遠くないはず。なんなら見えているはずだ。

 すれ違う人とぶつからないように配慮しつつ、荷物を持って建物を見渡す。


「あった! ここ……」

「まぁ……」


 ステラは固まり、ラナは口元を手で覆う。


「宮殿⁉」

「この近辺で一番いいホテルねぇ……」


 精巧な作りの建物は、ホテルというより宮殿。扉には屈強なガードマンが立っており、セキュリティ面は問題無さそうだ。

 しかしこちら側も入るのに億劫になってしまう。


「本当にあってるのかな……」

「チケットを見せて。……ホテルの名前とチケットは一致してるわね」

「じゃあ合ってるんだ」


 ヒルおじさんは一体いくらつぎ込んでくれたのだろうか。

 働いて返すとはいえ、これは年を超えるぞ。


 尻込みするステラの横を、ラナはスタスタと歩いて行く。


「こんにちは。今日からこちらでお世話になる者です」

「ちょっ……!」


 ステラから掠め取ったチケットを見せたのだ。

 慌てふためくステラを他所に、ラナはニッコリガードマンに微笑みかけた。


 黙して語らぬ強面ガードマンは、ラナの持つチケットを確認すると表情を一変させた。


「お待ちしておりました。長旅ご苦労様です」

「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎください」

「ありがとう」


 なんと呆気ない。


 荷物を抱えて口を開けるステラを、ラナは手招きしている。


「ステラもおいで。中も凄いわよー」

「ま、待ってー!」


 何処から湧いてくるのだ、その勇気。


 慌てて荷物を持ってラナに続こうとすると、ガードマン達がステラの前に立ち塞がった。


「ヘァッ⁉」

「お荷物をこちらで預かります」

「部屋に運んで貰うのよ。渡してあげて」


 一瞬身構えるが、これが通常の対応だとラナの補正情報によって認知する。

 これが高級ホテル。すげェや。


 受付を済ませ、案内される間もステラはラナから離れない。


「南国チックだね! 見て、この観葉植物! こんな形の葉っぱなんて見たこと無いよ」

「なんていう名前の植物かしら?

 あら、向こうの白亜の丸い扉! あんな造りもドルネアートでは滅多にないわ!」

「どこ切り取っても絵になるね!」


 部屋までの道のりだけでいくつのときめきを得られるというのか。


 案内される部屋に辿り着くまでに、二人の頬は興奮で赤らんでいた。




「こちらがお客様のお部屋でございます」

「すご、え、何人部屋?」

「広いわねぇ……」


 ビップルームか?


 案内された部屋に入るや否や、開いた口が塞がらない。


 専用の露天風呂や、呼べばマッサージも付いているらしい。

 中にはダークウッドのベッドで高級羽毛布団が2台並んでいる。


 調度品の一つ一つにこだわりが感じられ、南国の意趣をこれでもかと感じることが出来る。

 窓も扉と同じように丸くくり抜かれており、セレスタンの心地よい風が部屋を吹き抜けるようになっているようだ。


「ベッドふかふかー! こんなの初めて!」

「セレスタンの海と空が綺麗に見えるように計算されたコントラストの内装ね。さすがヒルさん、センスが抜群だわ」

「おじさんってば普段からこんなホテルに泊まってるのかな?」


 一人だけヒルおじさんの正体を知らないステラは、ベッドの上で足をバタつかせた。


 そんな娘を笑って流したラナは、大きな鞄をクローゼットにしまう。


「さあ、やることは山積みね」

「どこから行く? 色んなお勧めスポットがあるらしいよ、回り切れるかな!?」


 これでもかと付箋を貼られたガイドブックをポケットから取り出した。

 買ったばかりだというのに折り目が沢山ついており、ステラの心の舞い上がりがよくわかる一冊に仕上がっている


「片っ端から行くわよ! ……けどその前に」


 小さなリュックを背負って飛び出す寸前のステラの首根っこを、むんずと掴んだ。


「お洒落が先よ」

「え」


 その鋭く光る目は、以前合コンへ行く前にエルミラが服屋で居た時と同じ目だ。


「ホテルの前にブティックがあったわ! 一先ずそこに行けば間違いないはず!」

「今着ている服で充分なんだけど、」


 あ、ダメだ。


 ラナの目が爛々と輝いている。

 こういう時は何を言っても無駄だ。


 結局諦めたステラは、上機嫌なラナに連れられてホテルを後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る