8,託す甘え
「凄い! 本当に燈月草が飾ってある!」
「(採ってきたのはレオナルドだけどね)」
あの強盗事件から数日。
捜査が一段落したところで、ステラは溜まっていた休暇を消化する日になった。
今日から二週間、ステラは晴れて自由の身になったのだ。
そんな記念すべき初日に、ステラは友人となったヴォルフガングこと、ヴォルと一緒に博物館へとやって来た。
一層賑わうコーナーは照明が落とされて薄暗く、神秘的な空気が漂っている。
ブースの中には、一輪の花が凜として咲き誇っていた。
それは、ステラとレオナルドが文字通り命を賭けて採ってきた燈月草だ。
「ほら、ステラさんの名前が書かれていますよ!」
「お、思ったより大きく出てるね……」
「そりゃそうですよ、なんたって伝説の花を見つけたんですから。新聞にも一面に載っていましたよ!」
ルカが博物館に燈月草を寄贈した日は、大変な騒ぎだった。
ドルネアート国中にこのニュースは響き、ちょっとしたブームになっていた。
何処かの土産物屋は燈月草に因んだクッキーを作り、とある服屋は名物と謳って燈月草の色を使ったドレスを新発売した。
燈月草の存在は、瞬く間にドルネアート国の経済に影響を与えたのだ。
「ステラさん、もっと前に行きましょう!」
「えっ、ちょっと……」
背中を押され、あれよあれよという間に列に並ぶ。
思わず被っていた帽子を深く被り直した。
赤い髪を纏め、帽子の中に隠してあるのだ。
元々ステラの名前が大きく出されていると新聞で知っていたので、照れくさくて目立つ髪を仕舞ってきたのだ。
「それにしても凄い人。皆そんなに燈月草が見たいのかな」
「当然です。皆幼い頃から読んでいた絵本の一部が、現実にあったと分かったのですから」
列の動きは意外と速い。
一人でも多くの人が見えるよう、歩きながら見るようにギャラリーアテンダント達が誘導しているようだ。
ステラ達の順番はあっという間に回ってきた。
「凄い! 本当に月みたい!」
「そうそう、それが湖の底一面に咲いていたんだよ」
興奮するヴォルの横に立ち、小さな身長に合わせて屈んだ。
声を潜め、ステラとレオナルドしか知らない話を囁いた。
あれだけ必死に採取した花でも、会えたのはたった数秒。
久しぶりに見た花は相変わらず月を灯して、枯れることなく辺りを照らしていた。
「さ、進もう。クロードさんが向こうで待ってるよ!」
「えぇ~……まだ見たい……」
「また来よう! 近いからいつでも来れるよ!」
渋るヴォルの手を取って出口まで導く。
名残惜しそうに後ろを何度も振り返るヴォルを連れて行く姿は、まるで姉弟のようだった。
「おかえりなさいませ」
「クロード! 凄かったんだ、ステラさんが採ってきた燈月草が本当にあって!」
「ほっほっほ……それはそうございましたな」
暗い中から明るい外に出たので、目が眩む。
ヴォルは博物館の外で待機していた、執事のクロードを見つけると冷めぬ興奮をぶつける。
馬車の扉が開かれ、二人は促されるままに乗り込んだ。
「凄かったです! あれが燈月草……! ルカ兄様が見たがるのも納得です! きっと見つけるのも至難だったのでしょうね、けどステラさんなら絶対出来ると、ルカ兄様もわかっていたのでしょう!」
「う、うん?」
「ステラさんが帰ってきて話を聞いたとき、心配していたんです。ルカ兄様はレオ兄様のことをとても大切に想っていらっしゃるから、ヤキモチを焼いてステラさんを遠くに追いやったんじゃないかって……」
その憶測、大正解である。
「ヴォルもルカ皇太子がブラコンって知ってたんだ」
「はい! とても仲が良くて羨ましいと思っていました」
あれは仲が良いというのだろうか。
レオナルドがこの会話を聞いたら、きっと数時間掛けてヴォルの認識を変えようと躍起になるに違いない。
そう、レオナルドなら……。
「~~~っぐぅっ……‼」
「どうしたんですか⁉ お腹でも痛いですか⁉」
「いや、ちょっと変なことを思い出して……‼」
ここ最近、レオナルド絡みになると可笑しくなるステラがいる。
元はと言えばレオナルドが悪い!
急に告白してきて、しかも、あ、あんな外で……‼
また奇声をを上げて頭を抱え込むステラ。
横に座るヴォルは訳もわからないまま、ただ背中を摩るしかできない。
「随分お仕事で根を詰めているんですね……」
「そ、そう! 仕事でね⁉」
「そんな疲れたタイミングで旅行に行けるなんて良かったじゃないですか! 明日出発するんですよね?
セレスタンに!」
抱えていた頭を離し、顔を上げた。
そう、ステラは明日ドルネアートから旅立つ。
前回の曖昧な旅立ちと違って、今回は歴とした旅行。
それは、捜査中に出会ったイライザの影響が大きかった。
「そうなんだ、明日の朝一で港から船に乗るの!」
「いいなぁ、僕はまだ行ったことが無いんです……」
「お土産沢山買ってくるよ!」
「お話も沢山聞かせてくださいね!」
「もちろん!」
女性であるイライザが、軍を率いて邁進する姿はとても勇ましく感じた。
同じ系統の髪を保つ女性として、ステラは密かに憧れたのだ。
「(どんなところかな……)」
馬車に揺られ、優雅なドルネアートの町並みを眺める。
きっとこの国とは違う景色があるのだろう。
そして、未来を視える眼を持っていたという、スピカという姫君についてもこの国より詳しく語り継がれているに違いない。
ステラは硝子に映った自分の瞳えお見つめる。
「帰って来るのは二週間後ですか……。長いですね」
「あっという間だよ。……でも、そんなに長くマントを借りているのは申し訳ないから……」
ステラは向かいの席に置かれた、洗濯して綺麗に畳まれている王国騎士団のマントを横目で見た。
そんなステラを安心させるように、ヴォルは快活に笑う。
「大丈夫ですよ、僕が責任を持ってレオ兄様に渡しておきます!」
「本当にごめん! すっごい助かる!」
レオナルドに会うのは気まずいの極みだ。
自分の決心が付かない、心の弱さが理由というのは百も承知。
燈月草の秘匿捜査で少しは頭が冷えると思ったが、まさか逆に事が進展するとは思っていなかった。
「(今度こそ離れて、頭を冷やすんだ……!)」
この眼のルーツも、自分の身体に半分流れているセレスタンの血の事も。
何か分かれば自分の中で整理がつく気がした。
馬車に揺られ、楽しそうに話すヴォルの声に耳を傾けながら、まだ見ぬ地に想いを馳せた。
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