3,事件の合図 2
「何事っスか⁉」
「行ってみましょう‼」
只事ではなさそうだ。
ステラとフレディは立ち止まる人々の波を掻き分けて、アルローデン商社に突撃した。
「警察っス! さっきの爆発は一体なんっスか⁉」
「さ、さぁ……私達も一体何があったのか……」
「この爆発は上からですか?」
「申し訳ありません、私達も何が起こっているのか把握できておりませんでして……」
困惑する受付嬢達に詰め寄った所で、事態は好転しない。
中に無理矢理押し入ろうかというところで、フロアに警報が鳴り響いた。
「これはなんっスか⁉」
「これは……! 強盗が入った時に発動される警報魔法です!」
「強盗⁉」
フレディの顔が強張った。
「事件っス、とにかく皆さん落ち着いて外に出て下さい!」
この警報を聞いた従業員達が、我先にと外に駆け出す。
階段からも大勢の人間が降りてきて、一階のフロアに流れの速い人集りが出来上がった。
「どいて‼」
「こっちが先だ‼」
「お客様を先に外へ‼」
「落ち着いて下さい! 押さないで‼」
「こっちっス‼ 慌てないで外へ出るっス‼」
フレディとステラが大声を張り上げ誘導するが、従業員達のパニックは収まらない。
息を飲むステラの足を伝い、ウメボシが肩に駆け上がる。
「フレディ先輩! 上に行って誰か取り残されていないか確認してきます‼」
「ダメっス‼ 応援を呼ばないと‼」
「私が先に行って犯人を取り押さえてきます‼ 連絡をお願いします‼」
「待つっス‼ ステラ‼」
フレディの制止を振り切り、ステラは重力を調節して階へ大きく飛び上がった。
天井にぶつからないように、けれど人を蹴らないように。
側面の壁を蹴り上げ、人波に逆らって建物の上を目指す。
「ウメボシ! 匂いは何処から⁉」
「もっと上だ‼」
振り落とされないようにしがみ付くウメボシの助言を受け、猿も顔負けのパルクールで上を目指す。
地上から随分と離れた所で、変化に気が付いた。
「人が少なくなってきた……!」
「上の人間はあらかた逃げたのだろう。近いぞ!」
唇を噛み締めた。
ステラは移動しながらも、逃げ惑う人々を見ていた。
その中に、親友のリタの姿が無かったのだ。
「リタ……っ!」
どうか自分の見落としであってくれ。
焦る気持ちを抑え、走る足に力を込めた。
「この辺りだな」
「本当だ、凄く焦げ臭い……」
最上階は、まるで倉庫のようだった。
薄暗く、色んな箱が置いてる。細かく読んでいる暇は無いが、なにかの商品名が書いてあるようだ。こんなところに強盗が入ったのか?
息を整え、早鐘のように鳴る心臓を落ち着かせる。
「恐らくあの扉だ」
「あそこに……!」
今すぐ駆け寄りたい衝動に駆られるが、一つ大きく息を吐いた。
相手が何人居るか分からない。相手の武器は? 人質の人数は?
こんな時こそ、冷静になれ。
自分自身を落ち着かせ、足音を消して扉から中の様子を伺った。
「……んだよ‼ こんなちんけな物しか置いていないのか⁉」
「天下の商社様だろォ⁉ こんな安物ばっかり置いてんじゃねェよ‼」
いた。
目を細め、二人組の黒ずくめの男を睨み付ける。その後ろには、三人ばかりの女性が座り込んでいた。
その中に、よく知った人物がいるのに気が付く。
「(リタ‼)」
やはり逃げ遅れていたのだ。
ウメボシはステラの下から中を覗き込み、鼻に皺を寄せる。
「嫌な臭いだ」
「どんな臭い?」
「リタ達が拘束されているのはわかるか?」
目を凝らすと、ウメボシが何を言いたいのか理解した。
どうやら後ろで縄か何かで捕らえられているようだ。
「あの手錠、魔力封じの石が嵌められているな」
「罪人に使われる石じゃん。付ける人間反対だって」
「全くだな。石の大きさにもよるが、一般人の魔力量なら小石程度で十分だ。リタに付けられている石もそのくらいのサイズのようだな」
それで抵抗できずに捕らわれていたのか。
もしあんな手錠が嵌められていなければ、魔法であんな男達などコテンパに伸していただろう。
いつも見る私服とは違う、タイトなスカートを履いたリタが男達を睨み上げていた。
「商社はメーカーとユーザーの架け橋よ。注文が入った商品は殆どメーカーに手配依頼するものなの。うちに持っている在庫なんて、単価の低い流通商品ばかりよ」
「レブロンさん!」
三年間、リタはステラと同室で学校生活を過ごしてきた。
お互いに刺激を与え与えられの生活で、特にステラから影響を受けたのは性格だろう。
ステラの負けん気の強さが、リタにも移ったのだ。
「ここに居るだけ貴方たちが不利になるだけよ! 今なら罪も軽いわ、だからっ」
バキッ!
鈍い音がして、リタが倒れた。
「イヤーッ‼」
「やめてください‼ 大人しくしますからっ‼」
男に、殴られたのだ。
リタの同僚らしき二人の女性が、心配そうに側に寄る。
「まだ出る時ではないぞ」
「わかってる……‼」
ステラの拳から一筋、血が流れた。
今すぐにでも駆け寄って、ボコボコにしてやりたい。だがステラは衝撃を押さえ込み、ひたすら扉の前で耳を欹てる。
「しょうがねェ。とにかく一番高そうなモンを詰めていくぞ」
「あぁ。さっさとしないと王国騎士団が駆けつけて来やがるからな」
「あーあ……折角ガッポリ稼げると思ったのによォ……」
「そうだな。……ついでに、この女も貰っていくか」
「お、いいな。姦した後に奴隷商にでも売るか!」
「それが一番高いかもな‼」
倒れたリタの前髪を掴み、強引に顔を上げさせる。
下卑た笑みを浮かべた男達は、舐めるように苦痛に歪んだ顔を眺める。
「顔はまずかったな、値打ちが下がっちまう」
「ほっときゃ治るんじゃねーの?」
「さぁな。けど、こんくらいならまだ抱けるぜ」
大切な友人を傷付けられ、侮辱された。これ以上目を瞑っていられるものか。
とうとうステラの我慢が、限界を超えた。
「――――動くなッ‼」
ナックルをつけ、扉から飛び出す。
「アルローデン警察署、ステラ・ウィンクルだ‼ お前達を強盗致傷罪で現行犯逮捕する‼」
ステラの赤い髪を見つけたリタは、絶望に染まっていた瞳に光を宿した。
「ステラ……」
黙って見ていて、ごめんね。
心の中で謝り、制帽を床に投げ捨てた。
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