2,事件の合図 1



「(右よし、左よし……今だ‼)」


 警察の制服を着ていなかったら職質対象確定だ。不審者顔負けの不審っぷりである。

 ステラは城から出ると、アスリートの如く脱兎した。目指すはアルローデン警察署である。


 何故ここまで頑なに不審者を貫くのか。

 理由は一つ。レオナルドに遭遇しないためだ。


 先程窓から常人離れした動体視力で、レオナルドが王国騎士団の訓練に参加している姿は確認済みである。

 しかし時間的にもうすぐ休憩だろう、その前に何としても帰署しなければ。


 今顔を合わすのは非常に気まずい。ごめんという勇気も無ければ、レオナルドの告白の返事を返す勇気もない。

 熊に立ち向かう勇気と恋愛に必要な勇気の種類が違うことを、齢十八にてようやく学んだのだ。




 全力疾走すること早数分。神はステラに微笑んだ。



「戻りました‼」

「おかえりなさいっス!」


 勢いを付けすぎて、つい扉の開く音が大きくなったが、許容範囲と信じたい。


 転がり込むように職場に駆け込むと、ペアっ子のフレディが明るくステラを出迎えてくれた。

 フレディの藍色の髪はステラと同様、このドルネアートでとても珍しがられるネブライ国の色だ。


 住民達からもさぞかし注目を浴びただろうと、謎の共感を抱いていたがその考えは勤務一日目にして打ち捨てた。

 彼は持ち前の明るさで周りと溶け込み、住人達の間で頼れるお巡りさんとして活躍している。


「ステラ。戻ってきたか」

「ハイ! ジェラルド副署長!」


 ツーブロックをバッチリ決めたアルローデン警察署の副署長、ジェラルド・アニストンが片手をあげて奥の机から歩いてきた。


「赤と青がようやく揃ったか。長い潜伏捜査だったな」

「本当っスよ! よく燈月草なんて探しに行こうとしたっスねぇ」

「ルカ皇太子の命令なら仕方ないじゃないですか」


 当初は秘匿捜査として扱われていたが、事情が事情なのですぐ公となった。

 それを聞いた署長のボードンは大きく肩を落とし、ジェラルドは溜め息を吐いた。

 ステラの先輩であるレティは腹を抱えて笑い、同期のブランカは額を押さえる。


 アルローデン警察署の誰しもが「そんなくだらん私情で貴重な新入社員の時間を奪ってくれるな」と憤りを感じた。が、皇太子相手なので全員が心の内に仕舞い込む。


「そのうえ二週間の休みが控えているからな」

「そこなんとかなりませんか⁉ 私、全く警察の仕事が出来ていないんです!」

「仕方が無いだろ、勤怠管理上そうしなきゃいけないんだ」

「キィィィィイ‼」


 地団駄を踏んだところで何も変わりはしないのだ。

 フレディは机の上に置いてあった帽子を手に取った。


「社会人になって二週間休みなんて、早々貰えるもんじゃないっスよ! ここはお言葉に甘えておくっス!」


 ほい、と帽子を渡され、頭の上に乗せた。

 制帽の軽い感触は、何度味わってもいいものだ。ツバを持ってズレた帽子をキュッと直す。


「そうだぞ、羨ましいくらいだ。早い目に申請しろよー」

「はーい……」


 こんなに労働意欲があるのに、何故働かせてくれないのか……。



 しょげる肩に、フレディが手を置いた。


「それまでいっぱい働いたらいいっス! さ、パトロールに行くっスよ!」

「そうですよね、今から休みって訳じゃないですもんね!」


 一秒でも働きたい、頼むから婦警さんとして機能させてくれ。

 ステラの儚い願いは、フレディによって汲み取られた。


「あ、ジェラルド副署長」

「なんだ?」


 見送られて外に出ようと、背中を向けたが直ぐにターンを決める。

 その可憐さに隣の中年お巡りさんが拍手を送った。


「私が捜査に言ってる間、オゼンヴィルド家の誘拐未遂はどうなったんですか?」

「あぁ、あれか」

「それです」


 頭の片隅でずっと気になっていたのだが、帰って来るなりアパートの手続きや家具搬入で話を切り出すタイミングを逃していた。


 ジェラルドは「あー……」と悩ましげに頬を掻く。


「どうなっているんだろうな、俺達には何も情報が回ってきていないんだ」

「私達、立役者ですよ⁉ 捜査に関われなくても知る権利はあるんじゃないんですか⁉」

「ステラ」


 急に真面目な顔になるの、心臓に悪いから止めて欲しい。

 ステは振り上げていた腕を下ろし、生唾を飲む。





「…………これが警察だ」

「キィィィィイッ‼」

「もう行くっスよー‼」


 燈月草を見つけようが何だろうが、数ヶ月やそこらで信用は築けないのだ。


 ステラはフレディに引き摺られて。アルローデン警察署から強制的に引きずり出されたのだった。




 ******




「あー‼ 久しぶりのアルローデンの空‼」

「初出勤の時はあんなにガチガチだったのに、良い感じに力が抜けてきたっスね!」

「戻って来られたのが嬉しくて嬉しくて……! 泣きそうです!」


 良い笑顔で後方確認するフレディを振り返った。

 輝くステラと目が合った彼は、慌てたように視線を下に落とす。


「よ、よかったっス! ステラが戻ってきてくれて。警察署の中、ずっと静かだったんスよ! レティ先輩とかブランカ先輩もなんだか寂しそうだったっス!」

「まだお二人に会えてないんです! 早く会って挨拶したいんですけど、今日はお休みだから会えなくて残念です」

「明日は出てくる筈っスから、それまで我慢っスね!

 ……あ、そっちの通りを今日はパトロールするっス!」

「はい!」




 箒を降下させ、大きな通りに降り立った。

 人通りが多く、仕事中の人が忙しそうに行き交う。


 ふと、幼い頃の記憶が蘇った。


「こういう場所に来ると、婦警さんに憧れた日を思い出すんです」


 箒をキュッと握りしめた。


 あの日から年月が経ち、お姉さんと同じ職に就き、お姉さんと同じように迷子を保護したり町の人を守ったりした。


 自分は、あのお姉さんに近づけているだろうか。


「ステラ?」

「あ、すいません!」

「いいんスよ。行くっス、こういう所ではスリとか多発するっスから、目を光らせるっス!」

「了解です!」


 それはダメ、絶対! 犯罪は撲滅せねば!


 箒を背中に引っかけて、指を鳴らした。


「ケアハーロ・ヘレマイ! (召喚術)」


 すると煙が立ち上り、小さな赤い狐が召喚された。相棒のウメボシだ。


「飯か?」

「だから登場文句を変えようって言ってるじゃん……」

「はははっ! 癒やされていいじゃないっスか!」

「格好が付かないんですよ!」

「それで何の用なのだ」

「仕事! パトロールするから、変な人がいたら捕まえるの手伝って」

「それくらいお安いご用だ。燈月草など馬鹿げた物を探すより、よっぽど有意義だ」

「言うっスね……」


 尚、その件に関してはステラも同意見なので無言を肯定とする。


「ここからが繁華街ッス。色んな会社の建物があったり、打ち合わせのための喫茶店も多いっスね」

「へぇ……。あっ‼」


 一際大きな屋敷のような建物の前で足を止めた。

 そこにはでかでかと〝アルローデン商社〟と看板を上げている。


「ここ! 私の友達が働いているんです!」

「アルローデン商社で⁉ もの凄い大手じゃないっスか‼」

「えへへっ! その子頭がすっごい良くて、しかも美人なんです! 学生時代はよく勉強を教えて貰ったりしてたんです!」

「はぁ~! バリキャリっスね!」

「もう一人仲が良い子がいるんですけど、その子は、」


 得意気に自慢の友人を語っていた時だった。




 ドォン……ッ‼




「えっ⁉」

「何事ッスか⁉」


 二人が叫ぶと、ぼんやりしていたウメボシの顔が険しく歪んだ。


「ステラ‼ 火薬の匂いだ‼」


 目の前のアルローデン商社で、大きな爆発音と煙が立ち上った。


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