10,ステラ召喚券
「めっちゃ意外〜」
「え?」
レティは元より丸い目を、更に大きく丸くさせてみせた。
隣で私服に着替えるステラを凝視し、自分のロッカーを閉める。
「ステラちゃんセンスあるじゃん〜」
「これは友達にコーディネートしてもらったんです!」
合コン当日。ステラが更衣室で着替えていたのは、あの日エルミラに選んでもらった服だった。
ハイウエストのスカートに、ピンクのシフォン生地のトップス。
首元のレオナルドから貰ったチョーカーが良いアクセントになっていた。
レティの前で一回転してみると、ふわり……とスカートが舞う。
「いいじゃんいいじゃん〜! その友達、ステラちゃんのことよく見てるねぇ〜。とっても似合ってるよぉ〜」
「本当ですか⁉ その友達、学生時代では、おしゃれ番長だったんですよ」
「なるほどねぇ〜。もちろんステラちゃんにも似合ってるけど、男ウケもバッチリだよぉ〜」
「これは男ウケするんですか?」
「するする、めっちゃするぅ〜!」
普段からの通勤服がおしゃれなレティが言うくらいならば、エルミラの言うことは間違いなかったのだろう。
友人が認められたようで、なんとなく誇らしい。
「よかったぁ、いつもの通勤服服で来るかと思っていたよぉ~」
「あれは明日からまた着ます!」
「そこは変わってないんだぁ~……」
自分の制服を綺麗にハンガーにかけ、皺にならないようにロッカーに慎重に仕舞う。
「あれ? お化粧はぁ〜?」
「あっ! 忘れてました!」
「重要すぎる部分だよぉ~」
「普段から習慣が無いから、つい忘れがちで……」
ステラは再びカバンを漁ると、綺麗な小瓶を取り出した。
蓋を取ると躊躇なく頭にぶっかける。
「えぇ〜⁉ 大丈夫〜⁉」
「うぇっ……ゲホッ……」
「むせてるじゃん〜‼」
怪しげなピンク色の煙が、ステラの頭に降り注いだ。
一瞬にしてステラの頭が見えなくなる。
「せっかくのお洋服がぁ~……あれぇ~?」
汚れていないのだ。
何が起こったのかよくわからず、レティは目を瞬かせる。
「……成功、してます?」
「おぉ〜! 凄い~!」
レティの心配など、どこ吹く風。
ピンク色の煙は数秒経つと消えた。それと同時にステラの髪が綺麗にカールしたのだ。
目の上にはアイシャドウが乗り、頬にはうっすらチークが彩られている。
少しだけ乾燥していた唇には、リップが引かれて血色が良くなっていた。
「友達の魔法をこの中に詰めてもらったんです。私の顔に似合うように、メイクも考えてくれたんですよ」
「ステラちゃん、今からでも潜入任務できるよぉ〜」
「それ褒めてます?」
「もちろん褒めてるよぉ~!」
そこにいたのは脳筋でも婦警でもなく、オシャレに着飾ったただの町娘だ。
普段のステラを知っている人物は、まず本人かどうか疑いから入るだろう。
「今夜はまずいねぇ〜……」
「え?」
「ステラちゃんがこんな強敵になるとは思っていなかったよぉ~」
「褒めすぎですって!」
「照れるな照れるなぁ〜!」
ステラが着替え終わると、更衣室の扉を閉めた。
日が落ち、廊下は薄暗くなりつつある。
照れるステラを、レティが肘で小突きながら事務室へ続く廊下を辿っていく。
裏口などは存在しないので、同僚達の前を通って警察署の外へ出ることになるのだ。
「その友達とは最初、ものすごく仲が悪かったんですよ。でも、ちょっとしたきっかけで話すようになったんです」
「意外とそういう友達って、年取った後でも続くって言うよねぇ〜」
「嬉しいですよね、そういう縁って」
暗い廊下を通り過ぎ、明るい事務所差し掛かった。
同僚に上がるための声掛けを、と顔を上げると、急に人影が二人の行く手を阻んだ。
「ちょ――っと待って欲しい……っス……」
「なんですか⁉」
「私たち急いでいるのにぃ〜!」
その人影の犯人は、フレディだった。
まるで通せんぼするように、両腕をめいっぱい広げて二人を引き止めたのだ。
「ど、どちら様っスか?」
「何寝ぼけてるのさぁ〜! ステラちゃんだよぉ、可愛いでしょ〜?」
「レティ先輩……! 声が大きいです……!」
開いた口がふさがらないフレディの隣で、レティが薄い胸を張る。
大声を出したレティをステラが嗜めるが、出てしまった言葉は戻らない。
大勢の視線を集める結果になってしまった。
「何て言うか……潜入捜査に向いてそうッスね……」
「だよねぇ〜! 私もそう思ったぁ〜!」
「だから褒められているんですよね⁉」
言葉だけ取れば褒められているはずだ。
悪くない意味であることを願うばかりである。
「それに、その……」
「何々ぃ〜? 赤くなってない〜?」
「レティ先輩っ!」
顔を真っ赤にさせたフレディは、先ほどの通せんぼの勢いを無くしてレティの後ろに隠れてしまった。
偶に見せる意地悪な顔で、後ろに引っ込んでしまったフレディを詰まる。
「おやおやぁ〜? どうしたのかなぁ~?」
「か、からかわないで欲しいッス……!」
「それよりどうしたんですか? 私達に何か用があったのでは?」
「あっ! そうなんッスよ!」
己の使命を思い出したフレディは、火照った顔を少しだけ冷ましてステラの腕を掴んだ。
「ステラにお客さんなんスよ! それで呼びに来たんッス!」
「こんな時間に?」
訝しげにフレディの後ろを盗み見た。
先輩警察官達ですら、落ち着かない様子でステラ達の様子を窺っている。
「今ボードン署長とジェラルド副署長がお相手してるから、早く行ってくるッス!」
「トップ二人が相手してるって、なんか凄く偉い人なんじゃないんですか⁉」
「そうッス! だから尚更早く来て欲しいんスよ!」
またもやレティとフレディの背後で、何人かの警察官がフレディと同じ懇願の眼差しで頭を激しく縦に振った。
入ってくる情報を照らし合わせていくと、とんでもない人が来署されているのでは……?
「全くしょうがないなぁ〜。ちゃっちゃと行って終わらせちゃぉ〜!」
「そんな! 署長達がお相手するぐらいなら警察本部長とか、それぐらい凄い人なんじゃないんですか⁉」
「大丈夫だよぉ〜。取って喰われたりしないからさぁ〜。早くしないと遅刻しちゃうよぉ〜」
「警察本部長じゃなくて……あーもう! いいから早く行くッス!」
三人が揉みくちゃに言い争っていると、応接室の扉が開いた。
「なんだ、いたのならさっさと入れよ」
「すんません! ステラが意固地になっちゃって……」
「お⁉ どうしたんだ? そんなめかしこんで」
「ちょっとこの後用事がありまして……」
「いつもと雰囲気が全く違うな。いいとこのお嬢さんみたいだ、これなら何時でも潜入調査に行けるな」
この短時間で潜入捜査疑惑が何回かけられたことか。
ステラはスカートの裾をつまんで見せた。
「普通の服が似合う人なら、人類全員潜入捜査行けるじゃないですか」
「違う違う、警察官に見えないってことだ」
「警察官に……見えない……⁉」
いい意味で言われていると思ったが、どうやら真実は思った以上に厳しかったようだ。
上官のはっきりとした感想に、大きなショックを受けて項垂れる。
「何をショック受けてるんだ。逆だ、喜べ! 警察官臭を消して一般人に溶け込むことが出来る人物は、このアルローデン警察署でも数少ない!」
ジェラルドは一枚の写真を机から持ってきた。
そこには子供と映るにやけた強面の男、基、ボードンの姿があった。
「うちの署長を見てみろ。こんな顔面凶器が誰かの後を付けられると思うか?」
「……無理、ですね」
「そういう意味でお前は警察官に向いてるんだよ」
「出たっス。ジェラルド副署長の飴と鞭」
「つまり私は警察に向いているってことですね⁉」
「そうだ! 俺達にお前が必要だ、だからこっちへ来てくれ!」
「はい‼」
「あーゆー子がよく悪い男に引っかかるんだよねぇ~。ちょっと心配になってきちゃったぁ~」
「悪い男って何っスか?」
「こっちの話だよぉ~」
その前に何故ジェラルドが上司の家族写真を持っているのだ。
若干名が疑問を持つが、誰も上司にツッコミを入れる勇気は無かった。
口車に乗せられ、気分良くなったステラは躊躇なく足を応接室に踏み入れる。
その中にいたのは、たった数秒前話題に上がったボードンと――
「レオナルド!」
「よぉ」
ついこの間窮地から救ってくれた恩人であり、謎の巴投げをかましてくれた友人の姿だった。
応接室のソファーでその長い足を組み、優雅に紅茶なんて飲んでいる。
「何やってんの? あっ、もしかして警察に転職希望⁉」
「違う。お前こそ何だ、その服……今から潜入捜査か?」
「ねぇ、私ってそんなに警察官に見えない?」
「少なくとも、今は」
「ほら、やっぱりお前素質あるんだ!」
「んふっ! んふふふふっ!」
ステラの手綱を上手く操り、ジェラルドがステラの機嫌を取り持つ。
レオナルドに突っ掛かる一歩手前で軌道修正した彼は、間違いなくこのアルローデン警察署の操縦士だ。
「それで私にお偉いさんのお客さんが来たって聞いたんですけど。何処にいらっしゃるんですか?」
「目の前にいらっしゃるだろう⁉」
慌てた様子で、ボードンがステラをレオナルドと改めて対面させる。
片眉を上げレオナルドと目を合わせ、首を傾げた。
「レオナルドですか? 警察本部長じゃなくて?」
「警察本部長よりはるかにお偉いさんだろ‼」
「……あっ‼」
ボートンに言われて気がついた。確かにレオナルドは皇子。この国のトップにおわすやんごとなきお方。
決して忘れていないが、ステラの中での最高位は警察本部長だったので、一瞬誰のことかわからなかったのだ。
「わざわざどうしたの? パピヨンレター飛ばすか、家に来てくれたらよかったのに」
「お前の家を知らないし、パピヨンレターで伝えるような内容じゃなかったから」
「知らなかったっけ? 後で教えるよ」
「そうだな、知っておいたら誰かさんが迷子になった時、何かの役に立つかもしれないしな」
「あぁん?」
とうとうボードンが腹を押さえ、白旗を挙げた。
「ジェラルド……後は頼んだぞ……」
「承知いたしました」
やんごとなきお方と恐い物知らずの部下に、とうとうボードンの胃が限界突破した。
この後服用する胃薬の量は通常より多くなりそうだ。
ステラを呼びに来た時のフレディよりも真っ青な顔で、応接室から出て行ってしまった。
「それで、今日は何の用?」
「この券を使おうと思ってな」
レオナルドがポケットから取り出したのは、最後に会った日お礼にと渡したステラ召喚権だった。
丁寧に折り畳まれたそれは、レオナルドの指によってヒラヒラとそよいでいる。
「早速引っ越し? わかった。梱包材とダンボールを発注するから数日待ってもらえるかな。それから引っ越し先の住所と大体の移動距離を教えて。あと大きな家具の大きさを測って、縁起のいい日を何日か選んで……」
「違うし、なんでそんなに手際がいいんだ」
違うんかい。
見ろ、とレオナルドが差し出したのは一冊の新聞だった。
表紙一面にはでかでかと大きな文字が書かれている。
「ルカ皇太子帰国?」
「そうだ。そこに載っているルカ・マーティス・ドルネアートは俺の実の兄だ。知ってるだろう」
「まぁ……一応」
レオナルドの兄なら実家の近所に住むおばさんの推しであったため、嫌というほど姿絵を見せられている。
新聞を折りたたんでレオナルドに返した。
「その兄上が今日帰ってきた。その帰国記念パーティーが一週間後に開かれる」
「わかった! それの護衛?」
「そっちじゃない。お前には俺のパートナーとして出席してほしい」
そう言うと、ステラ召喚券をステラに向けた。
召喚がかかった本人より早く叫んだのは、ジェラルドだ。
「それは困ります! レオナルド皇子もわかりますでしょう、ステラには務まりません!」
脊髄反射とも言える早さの拒絶だった。
何の教育も受けていないステラは、公の場で何をしでかすのかわからない。
嫌な事態しか想像できないジェラルドは、真っ青になりながら顔を横に振った。
突拍子もない提案に驚いたステラは、ジェラルドの陰に隠れて吠えた。
「そうだそうだ! 私に出来るのはご飯食べることとダンスぐらいだ‼」
「そのダンスが出来たらいいんだ」
これは既にレオナルドの中で決定事項だった。ジェラルドがどれだけ拒否しようが、ステラが嫌だと言おうが、覆らない。
無理やり召喚券をステラに押し付けると、ソファーから立ち上がって応接室のドアを開ける。
「一週間後の昼過ぎにここへ迎えに来る。ドレス等の手配はこっちでしておくから、お前はその身ひとつで待っていてくれ」
「作法とか何も知らないよ⁉」
「カンペはちゃんと用意しておく。それに、旨いご馳走が山ほど食えるぞ」
「できる気がしてきた」
「気のせいだステラ! お前にはできない!」
「持ち帰りの食品保存容器持参していい?」
「荷物になるだろう、パーティーが終わったら自宅に届けよう」
ジェラルドの止める声は、ステラの耳に入っていなかった。
レオナルドの〝ご馳走が山ほど食える〟というパワーワードは何よりも魅力的だったのだ。
警察署を出ようとするレオナルドを見送るため、入り口にまで着いていく。
「……そんな服、持っていたんだな」
「これ? エルミラにコーディネートしてもらったの」
「流石だな。メイクもか?」
「そう、髪型もだよ!」
スカートの裾を広げ、よく見えるように一回転してみせる。
フワリと舞ったスカートが、より一層ステラを可憐に引き立たせる。
「どう? 一般人らしい?」
「感想の求め方が警察官だな。今日はこれから用事があったのか?」
「うん! 今から合コン!」
レオナルドとフレディが凍りついた。
奥に控える警察官たちもざわめき、なぜかレティとジェラルドまで慌てふためく。
「……合コン?」
「うん。社会勉強になるかなーって思って!」
「へえ……」
「そ、そうなんっスか……合コン……」
レオナルドは、ステラのひらひらしたシフォンの トップスを摘んだ。
「全く似合っていない」
「え」
初めて向けられる冷たい眼差しに、機嫌良く話していたステラは固まった。
ステラだけでない、ジェラルド副署長ですら息が止まり、フレディは拳を握り、レティは目元を引きつる。
「だ、だめ? エルミラ監修だったからいいかなって思ったんだけど……」
「服の組み合わせはいいが、そんな男に媚びるような格好、お前に似合うわけないだろう」
レオナルドの言葉が、無防備なステラの胸に刺さった。
舞い上がっていた気持ちが、一気に急降下する。
「とにかく一週間後。これだけは忘れるなよ」
何も言い返せないまま、ステラはレオナルドの後ろ姿を見送ることしかできなかった。
先ほど言われた言葉が、グルグル頭の中を駆け巡る。
スカートを見下ろし、隣に立ち尽くすジェラルド達に問い掛ける。
「……やっぱりこれ、似合ってないですか?」
「似合ってる似合ってる。やばいぐらい似合ってる」
「……さっきのはレオナルド皇子が悪いよぅ……」
「あんな皇子の言うことなんて気にしないッス!」
「そう、ですか……」
別に可愛いとか、綺麗だとか言って欲しいわけではなかった。
けれどほんの少しだけ、心がシクシクと痛んだ。
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