4,親愛なる背負い投げ
「では小生は消えるぞ。飯の時にまた呼ぶが良い」
「うん、ありがとね!」
「うむ。ステラを頼んだぞ、レオナルド」
「分かっている」
煙を立てて、ウメボシが消えたのを確認すると、ステラを前に乗せたレオナルドは地面を軽く蹴った。
自分達が立っていた場所が、どんどん小さくなっていく。
警察署を出る時に青かった空は、あっという間に赤くなりつつある。
「どうやってこんなところまで来たんだ? 徒歩ではこれない距離だろう」
「私も箒で来たんだけど、事件を追っていたら別の所に忘れてきたみたい」
「子供か」
「返す言葉もございません」
「事件は大丈夫だったのか?」
「私の方は大丈夫だったけど……」
消えていた不安が再び顔を覗かせた。
「別の現場に先輩を置いてきちゃったんだ。きっと大丈夫だろうけど、心配で……」
今まで元気だった声が沈んでいく。
レオナルドはステラが落ちないように、腰へ回した手に力を入れた。
「その現場に行くか?」
「その現場の行き方も分からないです」
「……警察署に一度帰った方がいいな」
土地勘の無さに、より一層肩を落とした。
「警察官なら一般市民よりも魔法や護身術に長けている。きっと大丈夫だ」
「そうだよね、分かってるつもりなんだけど……。なんでこんな時に迷子になんかなるかな⁉」
「自分の足で歩いて地図を見ながら覚えていくしかない」
レオナルドは、後悔を吠える警察帽をかぶったステラの頭に顎を置いた。
「焦らなくてもいいんじゃないのか? お前はこの街に来たばかりも同然だ、次から地図を持ち歩くなりなんなりすればいい」
「お上りさん丸出しじゃん」
「ぷっ……名物になれるぞ」
「今吹き出したね? その手には乗るもんか!」
たわいない話をしている間に、あっという間にアルローデン警察署の前にたどり着いた。
箒から下りると、レオナルドに拍手を送る。
「地元民すごい!」
「地元民だからというより、王国騎士団の本部がすぐそこだからな」
「それでも一人で帰ってこれるだけで凄いよ!」
「お前の凄いの基準が低すぎる」
警察署の入り口の前に立つとレオナルドは警察署を見上げた。
「またおちょくりに来てやる、楽しみにしておけ」
「次の日に私が殴り込み行くわ」
ステラはポケットからメモを取り出すと、サラサラと流れるように文字を書く。
「何をしているんだ?」
「ステラ召喚券をプレゼントしようと思って」
「なんだそれ」
綺麗に書かれた文字を、レオナルドは指でなぞった。
少しだけ皺になった紙は、他人からすれば捨てるものだろうが、この券は使いようによって便利な物だ。
「今日お世話になったお礼。これを私に使ったら、なんでも駆けつけるよ。主に急な引っ越しの時とか」
「最強すぎる助っ人だな。いいのか?」
「だって今日レオナルドに会わなかったら、絶対野宿してたもん」
「やりかねないな。それならこれはありがたく貰っとく」
レオナルドがポケットにステラ召喚券を突っ込むと、アルローデン警察署の入り口が派手に開いた。
「やっぱり探してくるっス!」
「待て、フレディ!」
「けど、もう暗くなってきて……あっ‼」
「フレディ先輩‼」
大きな声と共に、転がるように出てきたのは数時間前に別れたばかりのフレディだ。
その後ろでボートンがフレディの肩を掴んでいる。
「よかった、帰ってこれたんスね!」
「はぐれてしまってすいません! その、こっち事件は何ともなかったんですけど、やむを得ない事情がありまして……」
フレディはボードンの手を振り切って階段を駆け下りた。
ステラの安否を確認すると、横にいるレオナルドに声をかける。
「よかったっス、無事に帰ってきてくれて! ……えっと君は……」
「レオナルド・ウル・ドルネアートだ。偶然迷子がいたからここまで連れてきた」
「あー、レオナルド・ウル……えっ⁉」
「だから迷子って言わないでってば、確かに迷子だけど……あっ、何そのドヤ顔、腹立つ‼」
レオナルドに噛みつこうとすると、フレディに羽交い絞めされた。
入り口からこちらの様子を窺っていたボードンが、顔色を変えて駆け下りてくる。
「レオナルド皇子! お手を煩わせてしまい、申し訳ありません!」
「貴殿が頭を下げることはない」
「ちょっとステラ! 頭を下げるっス!」
「わっ!」
フレディの手で軽く頭を押され、ボードンと同じようにステラも頭を下げる。
「王子のご厚意により、我が警察署の大切な新入社員が無事戻ってくることができました。なんとお礼を申し上げたらよろしいか……!」
「今回は職務を全うしてのこと。あまり叱ってやらないでくれるか」
「皇子がそうおっしゃるのであれば!」
ボーデンとのやり取りで、学生時代の三年間がずっと昔のように感じられた。
これが社会人として、第二皇子であるレオナルドに対する普通の態度。
ふと、卒業試験の慰安パーティーのこと思い出す。確かあの時も、今と同じようにレオナルドと距離を感じて寂しく感じたことがあった。
先ほどまでのたわいないやり取りは、旧友でも公の場では許されない事なのだろう。
せめて上司の前だけでも、態度を改めるべきだろうか。
「おい」
「はいっ‼」
顔をあげると、すぐ前にレオナルドの顔があった。
「お前、絶対バカなことを考えてるだろ」
「いいえ! そんなことは!」
ボードンにつられて敬語になる。
眉一つ動かさず、レオナルドは動いた。
「そう……っか!」
「いっ⁉」
レオナルドがステラの右足を払ったのだ。
急な出来事にステラは対応できず、レオナルドのされるがまま。
次の瞬間、ガラ空きになったステラの体の真下に、レオナルドが入り込む。
まずい。そう思う前に、ステラの世界は上下逆転していた。
「いぎゃ――⁉」
可憐な巴投げの一丁上がりだ。
スッテンコロリン、と可愛らしい効果音が付きそうなほど、気持ちよく転がっていった。
技をかけた張本人は、満足げに立ち上がる。
「お前はそれ以上馬鹿なこと考えるな。熱出すぞ」
向かいの芝生に撃沈したステラは何が起こったかまだ理解が出来ておらず、目をパチクリとさせている。
「……は? なに……?」
「だ、大丈夫か……?」
「はぁ……」
レオナルドを責めることの出来ないボードンが、控えめにステラに声をかけるが、反応は今一薄い。
「では、俺はここで「ただで……‼」」
地を這うような声。
ようやく状況を理解したステラが、その瞳に闘志を燃やした。
反動を付けて、飛び起きる。
「帰れると思うな‼」
転んでもただでは起きない。御礼参りは人生の必須科目。
猛ダッシュで駆け寄ると、レオナルドの胸ぐらを掴む。そのまま勢いで、芝生に投げ飛ばして美しい背負い投げが決まった。
「こらー‼ レオナルド皇子にそんなことしちゃ駄目っスー‼」
「皇子に……背負い投げ……!」
ボードンが膝から崩れ落ちた。
上司の面子を潰してしまったが、やってしまったことはもう取り返せない。
今度はレオナルドが芝生の上で伸びて、大の字になった。
「何すんの、急に‼」
「うるさいカナヅチ」
「何で急に人が一番気にしてること言う⁉」
「ステラってカナヅチなんスか」
フレディにまで行かなくていい情報が渡ってしまった。
大股でレオナルドに歩み寄ると、鼻息荒く見下ろす。
「少しでも場をわきまえようとした私が馬鹿だった!」
「その通りだ」
レオナルドは勢いをつけて起き上がると、背中の草を払った。ステラの強烈な一撃を食らったというのに何ともない顔をしているのは、受け身のスキルが高い証拠だ。
「来年も再来年も。お前は俺の事を背負い投げしてたらいい」
「お望みとあらば毎日でも投げ飛ばしてあげるよ」
「毎日はしんどいから断る」
レオナルドは何事もなかったかのように服の皺を伸ばすと、跪くボードンに頭を軽く下げた。
去り際、ステラを振り返る。
「制服。似合っている」
「あ、ありがとう。あんたも似合ってる、よ?」
「なんで疑問形なんだ」
レオナルドはステラの頭を小突くと、颯爽と人混みに紛れてしまった。
結局、何故巴投げを食らうハメになったのか、まだ納得いかない。
ステラはモヤモヤしたまま、去りゆくレオナルドの背中を見つめるだけだった。
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