第28話 乙女の矜持

 

 ココの声に振り返る。


「っ!!」


 いつの間にか目前に二騎の飛竜が迫っていた。

 放たれる、爆裂火炎弾。


(間に合わないっ!)


 受けるか、避けるか。

 避ければ下の人たちに被害が出るのは確実。


「なら、『受ける』しかないじゃない! ––––ココ!! 『局所防御(わたしをまもって)』!!!!」


 再び、魔力がごうっとココに流れる。


「……くっ」


 同時に、キィン、という音とともにココの両手の魔法障壁が拡大した。


 虹色の障壁に迫る爆裂火炎弾。

 そして––––、


 ドドオオオオンッ!!!!


 私の目前で二つの火炎弾が炸裂した。




「きゃあっ!!」


 捌ききれなかった爆風が私を襲う。


 私はその圧力に押されながら、障壁の形を調整して爆風をできるだけ上方と左右に受け流した。


「くっ……!」


 肌がひりつく。

 ちょっとだけ火傷したらしい。


「年端もいかない女の子に––––」


 私は、火炎弾を発射し離脱する飛竜にライフルを指向する。


「可憐な乙女のやわ肌に、なんてことするのっ!?」


 カチッ

 ドンッ!!!!


 発射した魔力集束弾が加速する。

 そして、


 ドゴォオオオオーーーーン!!!!


 先導する一騎に続いて回避機動をとろうとしていた、後ろの飛竜を直撃した。


 爆散。




 その様子に怖気づいたのか、はたまた怒ったのか。

 主力最後の一騎は飛竜の背中をなぐると、一路南の空に向かって逃げはじめた。


「あれだけのことをしておいて––––」


 ライフルを構える。


 銃口に集束してゆく光弾。

 次々に展開してゆく加速魔法陣。


 私は吐き捨てた。


「––––逃がすわけないでしょう!!」


 ドンッ!!!!


 眩く輝く光球が、加速のレールに乗る。


 バシュバシュバシュバシュッ!!


 光は一閃のビームのような残光を残し、回避機動中の敵の翼端をかする。


 その瞬間、内包されていた私の魔力が解放され––––今までで一番大きな爆発が敵を四散させた。


 ドゴォオオーーン!!!!




「––––はあっ、はあっ、はあっ!」


 局所防御を行いながらの4騎撃墜に、私は再び魔力酔いに陥っていた。


 動悸が早くなり、目眩に襲われる。


 ––––でも、今ここで倒れる訳にはいかない。

 敵はまだ一騎残っているのだ。


 私はふらつく頭で、周囲を捜索する。


 魔力探知で敵の方向を感知し、目視で確認する。

 敵はすぐに見つかった。

 観測騎は、西に向かい低高度で何度も回避機動をとっていた。


「逃がさない……」


 私は吐き気に耐えながらライフルを敵に指向し、引き金を半引きする。


 魔力が、銃床に吸い取られ、



「あっ…………」



 その瞬間、意識がブラックアウトする。


 全身に感じる浮遊感。


 ––––落ちる。


『レティっ!!』


 薄れゆく意識の中、私を呼ぶ声が聞こえて––––温かいなにかに受け止められた気がした。




 ☆




 すぅーー、すぅーー


 何かの音が聞こえる。

 規則正しい、空気が漏れるような音。


 それが誰かの寝息だということに気づいたのは、しばらく頑張ってようやく目を開けたときだった。


「…………」


 薄暗い部屋の中で、私は目を覚ました。


「ここは…………私の部屋?」


 天蓋付きのベッド。

 窓際に置かれたテーブルセット。

 壁に設置された暖炉。

 その上にかかる大きな油絵。

 見覚えのある家具と装飾。


 間違いない。

 ここは私––––レティシア・エインズワースの部屋だ。


 そして傍らには、椅子に座ったまま寝ている私の侍女。


「……お嬢…さま?」


 目をこすりながら顔をあげるアンナ。

 メイド姿の彼女は、寝ぼけているのかぼんやりと私の方を見て––––やがて視線が重なった。


「……アンナ?」


 きょとんとした顔の侍女に呼びかけると、彼女は、


「お嬢さま……っ」


 目に涙をためて立ち上がり、飛び込むようにベッドに倒れ込んできた。


 そしてそのまま、私をぎゅっと抱きしめる。


「お嬢さまっ! お嬢さまぁああ!!」


 私を抱きしめたまま泣きじゃくるアンナ。


 私は彼女の背中に手をまわし、とん、とん、と叩いた。


「アンナ……心配させちゃってごめんね」


 強く、強く、彼女を抱きしめる。


 私たちは互いに抱き合いながら、しばらくそのままおいおいと泣いたのだった。




 どれだけそうしていただろうか。

 少しだけ落ち着いてきたらしいアンナは、私から体を離し、涙を拭いた。


「よかった。本当によかったです。お嬢さまが目を覚まされて」


「…………え? 目を覚ましてよかった?」


 いつか、どこかで聞いたセリフ。


 ここにきて私は、アンナの涙の理由と私の涙の理由が、どうやら異なっているらしいことに気づく。

 目元を拭いながら聞き返すと、彼女は微笑みながら頷いた。


「はい。お嬢さまはもう五日間も眠り続けてらっしゃったんですよ」


「い、五日間……?」


 ちょっと待って。

 このやりとり、前にもなかった???


「王城で倒れられたと聞きました。伯爵様がぐったりされたお嬢さまを抱えて来られて、屋敷に戻ってからもずっと眠り続けてらっしゃったんです。……覚えてらっしゃいませんか?」


「覚えてる。覚えてるけどっ!!」


 まさか、あの戦いのあと、ブラックアウトして落下して死んで、また『巻き戻った』んじゃ……???


「お嬢さまが寝てる間に、とんでもないことになっちゃってるんですよっ!!」


「……え?」


 首を傾げる私に、アンナはポケットから一枚の畳んだ紙を取り出し、私の目の前に広げて見せた。




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