ラヴの望み

 取り合えず、加護については何の文句も無い。僕は一息吐いて、ラヴと向き合った。


「それで、ラヴ。君が僕に伝えたかったことはそれだけで良いのかな?」


「伝えておくべきことはそれだけだが、私の望みを伝えてはいないな」


 ラヴは視線を上に向け、睨みつけた。


「君も知っていることだと思うが、この冥界は冥王に完全に乗っ取られている。情けないことに、私は裏切られたということだな」


 ラヴは僕に視線を戻す。


「色々と好き放題やっているらしい彼を許すつもりは、もうない。この冥界の秩序を取り戻し、世界を正常に戻すには冥王を滅ぼすしかない。君にはそれを手伝って欲しいと思っている。当然、報酬は渡そう」


 どうだ? 問いかけられた僕は笑みを浮かべた。


「あはは、当然手伝うつもりだったよ。元からね。ここに来るのを目標に始めたのに、ちょっと話してお別れってのも寂しいでしょ?」


「ふふふ、そうか。有難いな」


 ラヴは嬉しそうに笑い、それから真剣な表情になった。


「君は、本当に邪悪神の討伐を目指してくれるか?」


「ん? そうだね。明らかにラスボスっぽいし、目指さない理由が無いかな」


 僕が答えると、ラヴは僕に一歩近付いた。


「……奴に挑むということは、命を賭けることと同義だ。冗談でも比喩でもなく、本当の君の命を賭けることになる」


 ラヴの手が、僕の胸に触れる。


「あはは、だとしても……良いよ。この世界には、それくらいの価値はあるしね」


 このゲームから逃げるなんて選択肢は無い。そうしてしまえば、僕は今後一生、このゲームから逃げた汚点を背負うことになる。もしそうなったら、どんなゲームをプレイしても味のしないガムみたいに感じるだろう。それは結局、死んでるのとそう変わらない。少なくとも、僕にとっては。


「……そうか」


 ラヴは短く呟き、触れていた手を離した。


「冥王の討伐は、きっと邪悪神の討伐に繋がる第一歩になる。恐らくだが、奴は邪悪神に接触されている」


 冥王が集めている戦力、それを何に使う気なのか、その答えは邪悪神にあるのかもしれない。


「冥王の討伐……明らかに個人でプレイしていいコンテンツじゃないよね」


 口にすると、僅かに笑いが漏れる。こんなクエストを独占出来るなんて、プレイヤー冥利に尽きるね。


「それと、ネクロ。君に与えた力だが、当然プレイヤーにも通用する。真の死でない以上、魂が元の世界に帰ることは出来るだろうが、加護を発動すれば復活は出来ない筈だ」


「……え、垢バン出来るってこと?」


 結構、やばいこと言ってるね。


「垢バンが何かは分からないが、その選択肢もあるということだ。だが、邪悪神に目を付けられる可能性は高い。奴は次元の旅人を舐めているだろうが、君に気付かないままでいるとは限らない」


 なるほどね。使用は慎重にってところかな。


「おっけー、分かったよ」


「まぁ、邪悪神から手出しをされても大抵のことでは死なないだろう。加護を剥がされる心配もしなくていい。君の魂の奥深くに刻み付けているからだ」


 それは安心だね。加護を剥がされるなんて発想すらなかったけど、そういうこともあるんだ。


「冥王を倒し、私がこの冥界の管理権を完全に取り戻せば、邪悪神の企みを妨害出来るかも知れない。改めて請おう……私に協力してくれ、ネクロ」


「勿論良いよ、ラヴ」


 僕は差し出された手を掴んだ。


「今更だけど、女神と握手なんて中々出来ることじゃないよね」


 掲示板にでも写真を投稿してみようかな。いや、流石に不味いね。


「ふふ、そうだぞ。貴重な経験だ。感謝して記憶に刻み付けると良い」


 ラヴは手を離すと、暗い祠の方に歩いていく。


「それと、冥王を倒す報酬に関してだが……当然、先払いだ」


 ラヴは祠に直接手を突っ込み、次々にアイテムを取り出していく。


「君の戦力を上げることが冥王の討伐に繋がる以上、報酬を渋ることも先送りにすることもしない。さぁ、好きに選べ」


「へぇ、良いの?」


 言いながらも、僕は地面に散らばったアイテムの山に歩き出した。


「ただ、僕が選ぶよりエトナ達が選んだ方が良いよね」


「え、良いんですかっ!?」


 待ってました、とばかりに目を輝かせていたエトナがアイテムの山に飛び込んでいく。


「ふふ、そうがっつかなくて良い。別に、一つしか選んではいけないとは言っていないぞ? 必要なだけ持っていくと良い。どれも私には必要のないものだからな」


「おぉっ、ありがとうございますっ! よっ、太っ腹女神っ!」


 ラヴのこめかみがピクピクしているように見えたが、見なかったことにした。イヴォルがエトナを杖で叩くのも見なかったことにした。


「しかし……我が主よ、本当に邪悪神と戦うのですか?」


「あ、ネルクス。君って意外と人見知りだよね」


 知らない人の前だと、全然自分から喋らない。喋るのは戦闘の相手か、昔からの知り合いくらいだ。最初は存在を悟らせないように影にずっと隠れてるのかと思ってたけど、別に知ってる相手でも隠れたまま喋らないし、普通に人見知りな気がする。


「……本当に、邪悪神と戦うのですか? その覚悟は、ありますか?」


「戦うよ。覚悟なんて無くても、戦わなきゃいけない状況になれば、結局同じでしょ」


 僕はこの短い人生で何度か命を賭けたことはあっても、命を賭ける覚悟をしたことはない。覚悟なんてなくても、命を賭けて戦うことは出来る。そうせざるを得ない状況に追い込まれれば、猶更だ。


「まぁ、安心しなよ。どうせ体を張って戦うのは僕じゃない」


「……それは、そうですねぇ」


 僕の情けない台詞に安心したのか、ネルクスは影に引っ込んだ。

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