冷淡なる懐剣

 何度も何度も振り下ろされる大斧をソートは受け止め、回避し、いなし続けた。


「グ、ォ、ォ……」


「懐剣、回帰」


 対するロアは、何度も体に剣を刺され、斬られ、傷付けられ続けた。


「グォォ……」


 しかし、その目に宿る炎は消えていない。ロアは大斧を握り直し、目の前の剣士を睨みつけた。


「……グォ」


 そして、ロアは賭けに出ることにした。このままでは目の前の敵を殺せないと判断したからだ。あの身のこなしと剣技。そして再生力。ただ戦っているだけではいつまでも届かない。故に、ロアは覚悟を決めた。


「グォオオオオオオオオオオオッッ!!!」


 ソートに向かって猛進するロア。すると、後十歩という距離でロアの周囲に数本の氷の槍が浮かび、ソートに向かって発射される。


「ッ! 輪滞剣」


 それまで見せていなかった氷魔術に僅かに動揺したソートだったが、小さな剣を回転させて氷の槍を弾く。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」


「ッ!?」


 雄たけびと共に飛び上がったロアは、何とその大斧を空中から投げつけた。驚きながらも後ろに下がって回避しようとするソート。


「グォ」


 しかし、ソートの後ろに引いた足はこつりと何かに当たり、阻まれる。慌てて後ろを見ると、そこには氷の壁がせりあがっていた。


「ッ! 障端剣ッ!」


 眼前に迫る大斧にギリギリで懐剣が間に合った。その小ささ故に懐剣は間に合った。本当に寸前だったが、差し込まれた小さな剣は大斧の衝撃を、ダメージを、全て受け止めて砕け散った。ソートは安堵と共に一つ息を吐き、上を見た。



「――――グゥゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」



 そこには、鬼が居た。正に鬼気迫る表情で空から降り落ちるオーガが居た。


「……」


 背後は氷の壁。懐剣の再生成は間に合わない。回避不能、防御不能。ソートは死んだ表情に諦めを滲ませながら、迫り来るロアを眺めた。


「グォォァッ!!」


 頭から落ちてくるロアはその大きな手を伸ばし、ソートの首根っこを掴み、膝をソートの腹に突き立てて着地した。


「……ッ、ぅ」


 当然、その下敷きとなったソートは無事では済まない。俊敏性を重んじるが故に薄く軽く作られた鎧はいとも容易く歪み、腹の部分には穴が開いた。抑えられた首は潰されるどころか千切れ、膝の突き立てられた腹部は薄くひしゃげた。


「グォオオオオオオオオオッ! グォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」


 だが、ロアは攻撃をやめない。未だソートは死んでいないと知っているからだ。隣に落ちていた大斧を拾い、先ずは千切れて胴体と決別した頭部をぐちゃぐちゃに潰し、それから胴体も潰してやろうと大斧を振り上げる。


「……」


「グォォッ!?」


 ぐちゃり、音はロアから響いた。頭部のないソートの腕が、いつの間にか回帰させていた懐剣をロアの首に打ち付けていた。


「グッ、グォォッ!! グォオオオッ!?」


 ギリギリとロアの首を切断しようとする懐剣。ロアは慌ててその腕を掴み、引き離そうとするが、それは執念か火事場の馬鹿力か、離れない。小さな剣を強く握ったままロアの首を削っていく。


「グッ、グゥゥォオッ!!」


「……」


 流石に焦りを見せるロア。その刃が遂に半分ほどまで達するかと言う瞬間……突然、その剣を持った腕がどさりと地面に落ちた。それは地面に打ち付けられてからもピクピクと動いて刃を持ち上げようとしていたが、まるで地面に張り付けられたかのように浮き上がることは無かった。


「グ、グォオ……?」


 困惑しながらも再び斧を持ちあげるロア。その背後から一つ影が近づいて来る。


「ウキィッ!」


「グォォ……グォ」


 得意げに胸を張るギンキィ。そう、腕が地に落ちた理由はギンキィの重力魔術だったのだ。とはいえ、そもそも初めに助けに入ったのはロアだったので少し複雑そうな表情をしながらも一応礼を言った。


「キッキッキィ~!」


 ロアの危機を救ったギンキィは最早原型をとどめていないソートに近付くと、得意げな顔でのやり方を話し始めた。


「キィ、ウキィ!」


 先ずはこうだと鎧を引きはがし、爆破で加工していくギンキィ。それを横目にロアは斧を振り上げてソートを解体していく。ぐちゃり、胴体と腕が離れた。


「キ、ウキィ……?」


「グォ?」


 バギィッ、グチャ、グチャ。響く音に振り返るギンキィ。そこには、解体したソートをもぐもぐと頬張るロアの姿があった。

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