斧と猿
大斧を担ぎ、暗黒の世界を堂々と歩くのはロア。オーガ・ゾンビのロアだ。
「グォ?」
不死身の軍勢を踏み荒らしながら進んでいくロアの視界に、仲間の危機が映る。
「ウキィッ、ウキィィッ!?」
その仲間とは、棚引く赤茶色の体毛と冠のようにも見える真っ赤な鬣が特徴の猿の王。爆猿王のギンキィ・クノムだ。
「ウ、ウキィ、ウキィイイイッ!!」
彼は調子に乗って敵陣の奥まで突っ込んだ結果、二人の赤帝騎士団員に目を付けられていた。
一人は騎士団の中でも最も新参で番号も大きい、十二の騎士『
「……小進、穏振剣」
『懐剣』のソートはその異名に相応しく刀身の短い武器を得物としていた。背は低く体は細いが顔立ちはとても整っており、鮮やかな剣術で敵を切り刻む。
彼の性能を一言で言えば屋内戦特化だ。その華奢な体を活かしてすばしっこく屋内を駆け回り、短い武器で狭い屋内を有利に立ち回り敵を絶命させていく。どちらかと言えば暗殺者よりの能力に思えるが、貴族出身で正当に出世していき、民衆からその知名度も低くなかったため、彼が後ろめたい仕事に使われることは無かった。
「ウ、ウキィッ!?」
そんな彼の剣術は今、ギンキィを追い詰めていた。無数に創り出されるギンキィの分身の間を潜り抜け、本体に懐剣を突き出してくるのだ。
「……
『光鞨』のメチバ。黄色い鎧を纏った彼の靴は光り輝き、空中を踏みしめることを可能にしている。空を歩けるのは光が消えるまでだが、それでも一度に二十歩は歩ける。
また、そんな彼の剣は靴と同じように光り輝いており、光の斬撃を飛ばすことが出来る。空を歩き、斬撃を飛ばす。シンプルな二つの能力だがそれだけで彼はこの赤帝騎士団の第十位まで漕ぎつけたのだ。その実力は折り紙付きと言っていいだろう。
「ウ、ウキィ、キ、キキィ……」
現に、彼の光り輝く靴と剣は爆猿王をソートと共に追い詰めている。ただ浮ける訳でも飛べる訳でもない彼は空を地面のように蹴りつけ、縦横無尽に暗黒の世界を舞い、分身達の攻撃を躱しながら手当たり次第に斬撃を飛ばして本体も追い詰めていた。
「ウキィ、ウキィイイイイイッ!!」
もう何度目か分からない助けを呼ぶ声に、ロアは溜息を吐きながら担いでいた大斧を両手で握った。
「ウキィ、ウキィィッ!!」
「……グォ」
寄ってくるロアを見て嬉しそうに鳴き声を上げるギンキィ。だが、ロアは気付いている。これだけ情けない姿を晒してはいるが未だに戦っているということは主であるネクロに回収要請は出していないのだ。
「グォオ」
「ウキィ、ウキィ!」
つまり、爆猿王ギンキィはまだ命の危険を感じておらず、無様に泣き叫べる程度の余裕もあるということだ。彼は良く戦いの場でふざけ、遊ぶが、敵の二人はまだその範疇にあるということだろう。
「グォォ……」
斧を構え、冷静に敵を見るロア。明らかにそこらの雑兵とは違い、隙も無さそうな二人だが、こちらも数は同じ。勝算は十分にあるだろう。
「……グォ」
「キィ!」
睨み合っていた二人と二匹。ロアの合図と共にその均衡が破られた。
「グォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
全力の咆哮。常人ならば鼓膜が破れるか恐怖のあまり膝を突くこと間違いなしのそれも、赤帝騎士団の二人相手には通じなかった。どちらかと言えばギンキィの方がビビっている。だが、この咆哮には自身へのバフの効果もあるので決して無駄にはならない。
「ウ、ウキャァッ!!」
若干の躊躇いの後に飛び込んだギンキィ。その体から数本の体毛がパラパラと抜け落ち、それがギンキィと全く同じ姿に変わっていく。合計十体となった爆猿王は四方八方から二人に飛び掛かる。
「ッ、軽停。輪滞剣」
飛び掛かるオーガと何体もの爆猿王を相手にその場で立ち止まるソート。その短い剣を逆手で横向きに構えると、それを回転させながら一歩だけ後ろに引き、順手に握りなおしながら一体のギンキィを躱し、二体目のギンキィを後ろに受け流した。
「障端剣」
そして、最後に襲い掛かってきたオーガのロア。振り下ろされる大斧に、なんとその短い剣を突き出した。
「グォオオオオオッッ!!!」
凄まじい力が、点のように小さな剣の先端に直撃する。普通ならばそんな剣では衝撃は抑えきれず、大斧はソートまで到達するところだが、彼も赤帝騎士団の一人。普通であるはずがなかった。
「……グォォ」
かちあう大斧と短剣。結果、大斧を受け止めた短剣だけが無残に砕け散り、それを突き出していた筈のソートには一切のダメージが無かった。
「……懐剣、回帰」
「グォォ……」
ソートの言葉によって砕け散った短剣が巻き戻るように形を取り戻し、ソートの手の内に再び握られる。それを見て、ロアは漸く理解した。この小柄な男は大斧の衝撃を全て短剣に留め、自分まで到達させなかったのだと。
「……グォォ」
中々の難敵の予感に、ロアは思わず唸り声を上げた。
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