漆黒

 暗黒の空間に現れ立つ漆黒。それは、一瞬にしてこの広い牢の中に散らばる処理すべき敵を知覚した。


「ヴぁ」


 体に力を籠める。すると、余りにも呆気なくその漆黒は敵の前まで辿り着いた。


「……やぁ」


 どこか気まずそうに片手を上げる少年に応えるように、黒きものは片手をぬらりと振り上げた。






 ♦……ネクロ視点




 振り上げられた黒い腕。それは僕が知覚できない程のスピードで振り下ろされた。


「ッ! 中々、これは中々……ですねぇ」


「ほう……これは、確かに中々だ」


 受け止めるネルクスと、それを見て目を細めるイヴォル。


「どうかな、ネルクス。一応、僕らが望んだ圧縮形態にはなってくれたみたいだけど」


「クフフッ、今からでも前言を撤回したいところですねぇ……ッ!」


 黒きものの姿が掻き消えてはネルクスの姿がブレる。数秒の間にそれを繰り返していくだけで、ネルクスの体には幾つものの傷がつけられていた。


「加勢します」


「速さでは負けられませんッ! ネクロさん、アレ下さいッ!」


加速クイック


 速さでは負けられないと言いながら他人の力に頼るのは良いのかな。まぁ、僕としては強化しない手なんて無いけどね。


影像斬舞シャドウ・ダンスッ! 私を捉えられますか?」


鍾鋼グラウィス・ドゥラム、結晶化」


 宙を舞う無数の残像……いや、影像。例え黒きものがエトナの姿を捉えたとしても、エトナは自身の生み出した影像の中に潜り込んでしまう。

 また、黒く美しい結晶と化した腕は異常な耐久力と再生力を誇る黒きものにさえ回避することを選ばせる。


「メトさん、行きますよ!」


「いつでも構いません」


 二人の呼吸が揃った瞬間、二人は同時に踏み込んだ。


暗影斬ダークシャドウスラッシュ


「覇王拳」


 右からは黒く鋭い刃が、左からは赤黒いオーラを帯びる拳が。どちらも馬鹿にならない威力を持つ攻撃が黒きものに迫り……



「――――ヴぁ、ぇ」



 瞬間、黒きものの身体中から無数の触手が伸び、エトナとメトの体を貫いた。


「ッ!」


 思わず前に出かける僕の体。しかし、一歩踏み出すよりも早く想像していなかった光景が見えた。


「ヴぁ、ぃッ!?」


 体を何か所も貫かれながらも、二人はそのまま前に進み、刃を、拳を振り下ろしたのだ。


「ヴぁ、ぅ……」


 肩には深い切り傷が刻まれ、腹部に拳大の穴を開けられた黒きもの。それは怯んだ様子で一歩下がったが、自分の触手が未だ貫いたままである二人を見た。


「ッ、まずいで――――」


「脱出不――――」


 体を貫通する触手によって僅かに浮かび上がった二人の体。僕は即座に従魔空間テイムド・ハウスに二人を戻した。


「……ヴぁ、ぇ」


 黒きものの視線が、僕へと向いた。


「ヴぁッ!」


「ッ!」


 恐らく、飛び掛かって来たのだろう。その事実のみをギリギリ知覚出来た僕だが、当然反応は出来ない。


「待てや」


 が、僕の体が幸運にも粉微塵になっていない。ネルクスが僕を守った訳でも無い。


「テメェ、黒助。なんで折角最強状態になりやがったのにオレのところに来ねえんだァ? よぉく分かったぜ? オレなんて後回しでも十分だって思ったんだろ? 舐めやがったんだろ? ……良いぜ、またぶっ飛ばしてやるよ」


「ヴぁ、ぇ」


 姿が掻き消える二人。舞うのは漆黒と炎と氷。僕は三十歩くらい引いておくことにした。


「人狼。混ぜて下さいよ。俺も結構やりますよ?」


「あァ? 巻き込まれても知らねえぞ蝙蝠野郎」


 人狼の言葉を聞いて、吸血鬼は笑う。


「ハハハッ、良いですよ。多分、巻き込んでくれた方が速いんで」


「ヴぁ、ぅ」


 激戦の中へと身を投じたベレット。直ぐに宙を舞う鮮血。焼かれ、凍てつき、切り裂かれ、ベレットの言葉に従って遠慮なくやっているらしいエクスと、既にぐちゃぐちゃになっているベレット。しかし、血だらけどころか血のみになってもベレットは死ぬことはない。寧ろ、肉体に縛られていない今の方が強い。


「ハハハッ、どうかな人狼? 俺も中々良い感じだろ?」


「ハッ、んなことよりもそっちの自然な方が薄ら寒い言葉遣いより良いぜェ? さっきのなァ」


 血の渦の中から響く声。凄まじい熱の嵐の中から響く声。超常の戦いを前に、僕は取り合えずエトナとメトを戻すことにした。


従魔空間テイムド・ハウス。二人とも、大丈夫?」


 二人が多少穴だらけにされただけで死ぬとは思えないが、無事であるとは口が裂けても言えない状態だ。


「大丈夫です! もう戦えますよっ! さっさとあの黒いの倒しちゃいましょう!」


「私も問題ありません。直ぐにでも戦闘を再開できます」


 その言葉を聞いた僕は、顎に手を当てて考えた。


「いや、でもねぇ……あの中に入っていくってなると厳しくないかな?」


 エクスも、ベレットも、そして当然黒きものも自重無しで戦っている。正直、あの中に入り込んで戦えるのは結構限られてると思う。


「……そうですね、交代待ちで行きましょう」


「私は自分の能力によって援護できますので、中距離から援護します」


「あ、だったら私もナイフ投げるくらいなら出来ますね。私も手伝ってきます」


 僕は二人の肩を掴んで止める。


「待ちなよ。行くとしても、回復してからね」


 僕はインベントリからポーションを取り出した。これぞ、プレイヤーの特権だ。

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