対話

 ヒュドラの頭の前に座り込んだ僕。


「やぁ、ヒュドラ君。話は出来そうかな?」


「ギャ、ギャァ……(あ、ぁぁ……)」


 まだ呆然とした様子はあるが、その目に狂気は無い。


「僕は君に仲間になって欲しいんだ」


「……ギャゥァ(……仲間、か)」


 ヒュドラは目を伏せた。


「ギャァ、ギャァゥ(オレじゃ、無理だ)」


「理由を聞いても良いかな?」


 ヒュドラは目を細く開き、話し始めた。


「ギャゥ、ギャァゥ……ギャォ、ギャァァウ。ギャァ、ギャォゥ。ギャァウ(オレは、元の体を求めてる……もう今じゃこの首から下は黒い泥だけだ。オレは妙な奴に術を掛けられたが、それが無くてもいつかは狂ってた。早まっただけさ)」


 ヒュドラの首の断面から黒いスライムが溢れ出す。彼の言う通り、黒い泥のようだった。


「ギャォゥ……ギャオォゥ、ギャァゥ(もうオレは自分の体も思い出せねえ……どうせいつか狂っちまうオレを、仲間になんてしないでくれ)」


 そう言って、ヒュドラはまた悲し気に目を伏せた。


「大丈夫だよ」


 だけど、僕は笑った。


「要するに、記憶が無いから胴体を再現できないって話だよね?」


「……ギャゥ(あぁ)」


 だったらやっぱり、問題ないね。


「ヒュドラくらい有名な魔物なら余裕だね。君の記憶が無くても、記録がある」


「……ギャォゥ。ギャオギャゥ? ギャォゥギャァゥ、ギャギャゥ……ギャウ(……良く分からねえな。もう一体どっかからヒュドラを連れてくるって話か? アンタ達なら別のヒュドラを一体捕まえるくらい出来そうだが、ヒュドラってのはそもそも中々見つかるもんじゃねえ……諦めた方が良い)」


 あぁ……なるほどね。


「絵とか写真とか、知ってるかな? 模型でも良いんだけど」


「……ギャゥ(すまねぇが)」


 やっぱり分からないらしい。


「何かの状態を写し取ったもの何だけど……こういうのだね」


 僕はインベントリから魔道具で撮った僕とエトナとメトが写る写真を取り出し、ヒュドラに見せた。


「ギャォゥ……(何だ、こりゃ……)」


「写真だよ。多分、君のも探せばあると思うよ。写真は分からないけど、絵なら絶対あるだろうね」


 小型の模型とか持っていけると一番良いんだけどね。


「それと、僕の中で眠っていればその間は狂うことも無いと思う。君が望むなら、僕の従魔空間テイムド・ハウスの中で意識を消して眠っていることも出来るよ」


「……ギャォ(分かった)」


 ヒュドラは今、確かに目を開いた。


「ギャゥ、ギャォゥ。ギャオギャォゥ……ギャゥ、ギャオゥ。ギャァ(オレをこき使うも、悪事に使うも好きにすれば良い。オレをこの地獄から解き放ってくれるなら……それまでの少しの間、眠らせてくれるなら、どうでもいい)」


 ヒュドラは一息吐き、言葉を続ける。


「ギャォ、ギャォゥ(オレを、仲間にしてくれ)」


 僕は微笑んだ。返す言葉は当然、一つしかない。


「勿論だよ。よろしくね」


 僕は既に溢れ出るスライムに沈みかかっているヒュドラに契約の呪文を唱えた。


 ♢


 街に戻った僕たちはヒュドラの絵や模型を探しながら、シルワの為に片っ端から木を集めた。


「さて、出ておいで」


 人の居ない山奥、ヒュドラの頭がズルリと落ちてきた。


「……ギャォゥ、ギャゥ?(……あれから、どれくらいだ?)」


「数時間だね」


「……ギャゥ(早くねぇか)」


 僕は微笑み、頷いた。


「余裕だよ。じゃあ、早速やろうか」


「ギャォ(頼む)」


 僕の後ろで控えていたメトが前に出ると、地面に手を当てた。


「……再現します」


 地面が波打ち、大地が脈動する。土が盛り上がり、浮き上がって形を成していく。


「……ギャォゥ(……これが)」


 メトの操作する大地は巨大なヒュドラの形を成すと、石になって固まった。


「小型模型を元に原寸大に再現しました」


 躍動感のある見事な石のヒュドラは、本物のヒュドラの頭を見下ろしていた。


「あ、あと……はい。一応絵も手に入れたよ。写真は無理だったけどね」


「ギャゥ、ギャォゥ……(あぁ、ありがとう……)」


 呆然とした様子でヒュドラの形をした石を眺めるヒュドラ。


「ギャォゥ……ギャォゥ……ギャゥギャォゥ……(漸く……漸く……オレはオレに戻れるんだ……)」


 ヒュドラの体から激しく黒い粘体が溢れ、石のヒュドラの体を覆っていく。


「ギャゥ……ギャゥ……(これだ……これだ……)」


 完全に石のヒュドラを覆った粘体。固まっていく粘体、溶かされていく石像。


「ギャ、ギャォゥ……ギャァ、ギャォ……(あぁ、完全に思い出した……これが、オレだ……)」


 全てが溶け、代わりに黒い粘体のヒュドラが出来上がった。


「ギャゥ……ギャォゥ……(あぁ、オレは……こうだ……こうだった……)」


 粘液は変質していき、黒紫色の完全なヒュドラがそこにはあった。


「調子はどうかな?」


「……ギャァ、ギャゥ……ギャォ(……あぁ、なんていうか……最高だ)」


 体の調子を確かめるように動き始めるヒュドラ。九本の首、二本の前足に蛇のような胴体。歪なその肉体こそ、彼の本来の姿だった。


「ギャゥ……ギャオゥ(動きも……問題ねぇ)」


「そっか、それは良かった」


 僕は満足気なヒュドラの前に立った。


「じゃあ、そろそろ……良いかな?」


「ギャゥ……ギャォ。ギャォゥ(あぁ……契約は守る。好きにしてくれ)」


 何故かぐったりと地面にもたれるヒュドラ。


「そう気負わなくていいよ。僕は君を強くするだけだ。大丈夫……直ぐに終わるさ」


 僕はヒュドラに手を翳した。

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