インセインなマッドのスワンプ、若しくはスライム。

 暗黒の障壁を覆う毒液。何度もその凶悪な顎を突き立ててくるヒュドラの頭。しかし、それでも大公級の悪魔が展開した障壁は破られていない。


「みんな、頑張ってるねぇ」


 僕は障壁の中で暢気に呟いた。若竜、土竜、赤竜、三体の竜が毒竜の攻撃を回避し、弾きながら地下に眠る本体まで迫っていく。山はどんどんと崩れ、炎熱で溶けていく。


「マスター、地下に眠る本体を見つけました。しかし……」


 障壁の外側から話しかけるメトは表情を顰めた。


「通常のヒュドラのような胴体は見つかりませんでした。代わりにあったのはドロドロに溶けている、半液体の……スライムのような何かでした」


「へぇ、面倒臭そうだね」


 半液体のスライムみたいな何か、流石はユニーク個体。どこまでも普通じゃないらしいね。


「さて、どうやって倒そうかな?」


 アンデッド化する予定だったが、スライム系ならそれも難しい。


「殺すだけならディアンとマグナで焼き殺せるかな」


 しかし、仲間にするのは難しそうだね。


「お兄さん。土の下にね、でっかいスライムさんが居たよ。なんかね、沼みたいだったよ」


「ありがとね、シルワ。じゃあ、頑張ってそいつを地上に引っ張り出して欲しいな。メトとも協力してね」


 元気に頷き去っていくシルワ。メトと協力すれば、周りの土ごと持ち上げて地上に引っ張り出すこと自体は可能だろう。まぁ、話はそれからだけど。


「なァ、ネクロ。話は聞いたがよォ、スライム狩りなら俺だって得意だぜェ? アイツらは燃やしても凍らせても死ぬからなァ?」


「ん、そうだね……取り合えず、地上に引っ張り出すのを手伝ってきてよ。殺すのは可能かもしれないけど、出来るならテイムしたいし」


 異常な聴力で話を聞いていたらしいエクス。彼にも協力を要請した。


「にしても、首の一本一本は普通のヒュドラよりも弱いのかな?」


「そうかもしれませんねぇ。耐久面に関しては明らかに劣っているというか……首の多さと再生力があれば問題ないという話かもしれませんがねぇ」


 まぁ確かに、多少脆くてもあれだけの数と再生力があれば関係ないね。


「にしてもスライムみたいな体かぁ……何があったらそうなるんだろうねぇ」


「さぁ、どうでしょうねぇ。しかし、あの毒は間違いなくヒュドラの毒でした」


 じゃあ、少なくともヒュドラ派生の何かではあるってことだね。見た目と名前だけではない訳だ。


「おや……そろそろ、状況が動きそうですよ?」


「ん、本当だね……漸く、姿を見れそうだね」


 大地が蠢く、竜の声が轟く、無数の蛇竜の頭の抵抗も虚しく、山の中から巨大な石の塊が現れた。それはしめ縄のように無数の枝や根に縛られている。


「思ったよりも大きいね……いや、土で覆われてるって考えたらあれより一回りは小さいってことだよね」


 悠長に眺める僕。石の塊の中から奇妙な咆哮が響いた。


「ギュゥウウウァアアアアアアアアッッ!!!」


 石の塊の中から伸びる無数のヒュドラの頭が石の塊を嚙み砕いていき、内側からも少しずつ溶けている。


「拘束はそろそろ限界っぽいけど、引っ張り出せたから問題ないね」


「ふむ? あれは……」


 拘束から解き放たれ、その姿が露わになっていく。ヒュドラと同じ黒紫色の体。しかし、その肉体は液体とも固体とも言えない正しく粘体。確かにスライムみたいだ。


「ネクロさん! アレ、中見えますか?」


「んー、なんかあるのは分かるけど、なんだろう」


 暗く濁った粘体の中、恐らく中心辺りに何かが沈んでいるのが見えた。言われてみればあるような気がする、という程度だが。


「あれ、ヒュドラの首……ですよね?」


「え、そうなの?」


 エトナは頷き、ネルクスも頷いた。


「えぇ、間違いなくそうでしょう。しかし、これで少し分かりましたよ」


「分かったって、何がですか?」


 エトナが首をかしげる。


「ヒュドラとスライム。余りにも二つの性質が両立しすぎていたのでただの突然変異というには違和感がありましたが……単純に、その二つが混ざっただけですねぇ」


「混ざっただけ? 何があったらそれが混ざるのか分からないんだけど」


 僕の問いにネルクスは口角を上げた。


「クフフ、その答えがあの首ですよ。恐らく、どこかの成長しすぎた強力なスライムにヒュドラが襲われ、溶かされていったのでしょう。しかし、ヒュドラの九つの首の内の一つは不死の首。スライムに溶かされながらもその首だけは生きていたのでしょう」


 そうだったね。ヒュドラの九つある首は切っても二つに増えて、その内の一本は不死の首。有名な伝説だ。


「それで結局、ヒュドラの方が主導権を握ったのかな」


「恐らくはそうでしょうねぇ。生物としての格が違いますから、ずっとその状態になればいつかはヒュドラが優位に立つでしょう。スライムと言えど、ヒュドラの毒のすべてに耐えきれる訳ではありませんからねぇ」


 確かに、呪いの毒なんかはスライムにも効きそうだ。


「永遠に溶かされ続けてスライムの身体中に染み渡ったヒュドラの成分。主導権が逆転する瞬間がいつ来たのかは知りませんが、その頃にはもう色々手遅れだったのでしょう。ヒュドラは肉体の殆どを失ってかなりの時間が経ち、その再生力でも元の肉体を取り戻すことは出来ず……主導権を奪ったスライムの体で元の体をどうにか再現しようとしているんですかねぇ」


「……なるほどねぇ」


 それで、狂い堕ちる、か。元の体を取り戻そうと幾つもの首を生み出す様は確かに狂気としか言いようがない。


「首は再現できるのに、胴体は再現できないんだね」


「首は自分自身が残っていますからねぇ。再現は難しくなかったのでしょう。しかし、胴体はもう跡形も残っていませんから、再現しようにもできないのでしょう」


 なるほどね。確かに筋は通ってるかも知れない。


「まぁ、そもそもこの考察がどこまで当たっているかは分かりませんがねぇ。飽くまで、私のこの長い悪魔生で培った経験からの推測でしかありません」


「そうだね。まぁ、こんな話でもなければ態々ヒュドラの頭を生み出す必要は無いと思うから割と当たってそうだけど」


 本気で殺しに来るならヒュドラの頭を再現する必要なんか無い。スライムの体をそのまま伸ばして、ヒュドラの毒で溶かしてしまえばいいだけだ。寧ろ、その方が動きに縛られなくて強い。


「それに、その話が当たってると僕が個人的に嬉しい」


 求めるものがあるなら、交渉の余地が生まれるからね。

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