賢者の骨
どこまでも続く緑の平原。空は雲ひとつない青で澄み渡っている。
「ネクロさん、戦うことになったのは良いですけど……この空間、何となくおかしいです」
エトナが言うと、イヴォルはクカカと笑う。
「良くぞ気付いた、小娘……いや、小娘と言っていいのか? まぁ良い、この空間は見た目通りのただの草原ではない。ここはまやかしの空間。精神世界に近いところだ」
「精神世界?」
僕は思わず自分の体を確かめた。だが、感触はしっかりと感じる。
「そうだとも。私の精神の中に近いが、作るべくして作った空間でもある故に、私の心からは隔絶されている」
「うん、ちょっと良く分かんないね」
僕が言うと、イヴォルは顎に手を当てた。
「まぁ、つまり……ここでの死は現実に反映されない。訓練や実験用の空間ということだ」
「なるほどね。完全に理解したよ」
つまり、凄く都合がいい模擬戦用の世界ってことだ。
「質問をしてもよろしいでしょうか」
「あぁ、いいとも」
メトがスッと手を挙げた。
「ここでの死は現実に反映されないと言われましたが、それは本当に一切の影響が無いという意味ですか? ただ死なないだけで、廃人になるというようなことはありませんか?」
「無いな。勝負に負ければ負けたという事実は記憶に残るし、死の感触というものも残るかも知れない。だが、次元の旅人であればそれも気にならないだろう? 君たちも、それで病むほど柔な精神はしていないはずだ」
「あ、僕が次元の旅人ってことには気付いてたんだね」
当たり前だ、とイヴォルは答える。
「だが、何事にも例外はある。基本的にこの空間の死は現実に影響しないが、例外的に精神世界での死を現実にも反映させるような術や力はある。私もそれを扱うことは出来るし、君に取り憑いているソレも使えるだろうし、君の横に居る娘も使えそうな気はするが、この場ではそれは無しにしよう。当然、私も使わない」
「……ネルクスにも気付いてたんだ」
「ほぅ、ネルクスだったか。完璧な隠形だとは思ったが……しかし、今もその名を名乗っているのだな」
何かいることには気付いてたみたいだけど、ネルクスだってことは分かってなかったみたいだね。名前を出したのは失敗だったかな。そもそも、本名がネルクシウスでネルクスって割と隠す気ないよね。
「ていうか、エトナ。そんな技使えるの?」
「いけますっ!」
あんまり信用できないけど、きっと使えはするんだろう。
「ま、いいや。やろうよ」
「良かろう。しかし、準備は良いのか? 魔物使いだろう? まぁ、それらより良いのが出てくるとも思えないが」
エトナやメトの正体にも気付いてるのか。これは益々、油断できないね。
「そんなに警戒せずとも良い。なに、当然のことだ。私の世界に入ったのだ。その段階で何者かなど簡単に分かる。ここに入るのは現実の肉体ではなく、真実の精神なのだ」
なるほどね、ネルクスが僕に隠れても、エトナが見た目を偽っても、精神を見られれば一目瞭然ということか。
「タネは分かったよ。取り敢えず、こっちはいつでも構わないんだけど?」
「ふむ。負けそうな気がしてきたな……私の勘は良く当たるのだ。だが良い、試練は必須事項だ。始めよう」
イヴォルは白く燻んだ骸骨の眼窩の奥で赤を光らせると、虚空から杖を引き摺り出した。
「さて、これが落ちれば始めだ」
イヴォルは続けて小さなコインを取り出した。
「さぁ……来いッ!!」
コインが宙を舞い……甲高い音が鳴った。
「我が名はイヴォルッ! イヴォル・イクレームッ!! 来たれ勇士ッ、貴様達には我が試練に挑む資格があるッ!!」
両手を広げて杖を掲げ、叫ぶイヴォル。そこに真っ直ぐ突っ込んでいくエトナとメト。二人に時魔術をかけ、加速させる。結果、エトナの方が速くイヴォルの元に辿り着き、ナイフを振りかざした。
「
「
「ほぅ、時魔術か。良いものを使う」
しかし、銀の光を放つナイフが届く前にイヴォルの姿は搔き消える。
「そっちは空間魔術かな?」
「そうだとも。しかし、時魔術も私の得意分野だ。というか、私に魔術の苦手分野など無い」
そういうイヴォルは杖をエトナに向ける。
「────
時間停止の魔術だ。僕の体から冷や汗が垂れる。
「……? 良く分かりませんけど、
そうか。エトナには状態異常無効の指輪があった。あの店で買っておいて良かったよ。
「ッ、耐性持ちか……ならば」
転移でエトナの攻撃を躱すイヴォル。続けて、イヴォルはメトへと杖を向けた。
「ッ!」
「
クソ、やられた。そりゃそうだ。エトナでダメなら、メト。次は僕か? いや、ネルクスを警戒しているのか僕には何も仕掛けてこない。
「さて……」
「ッ!? それは、不味いッ!」
止まったメトにそのまま杖を向けるイヴォル。エトナが止めようと向かうが間に合わない。
「
「
瞬間、無数に現れる魔法陣。そして魔法陣の展開とほぼ同時に放たれる炎の槍。その数はパッと見でも百は超えている。しかし、その炎がメトに触れる前にメトは僕のスキルの中へと消えた。
「
再度僕の前に現れるメト。しかし、その体は固まったままだ。
「ふむ、それは厄介だな。魔物使い……非力だが、厄介だ」
顎に手を当て、繰り返すイヴォル。と、そこでメトの体が僅かに動いた。
「……マスター、私は」
「メト。
しかし、敵に時魔術持ちが来たことは中々無かったが、こうも厄介だとは思わなかった。しかし、
「理解しています。しかし、時魔術ですか」
イヴォルを睨むメト。
「それに、空間魔術の転移で逃げ回ってくる」
「そうですね。あれを捉えるのは困難です」
となれば……やり方は一つかも知れない。
「魔力切れ、かな」
転移魔術も時魔術も魔力の消費が激しい。こうなったら、耐久戦を狙うしかない。
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