黒化した地下墓地

 地下へと続く階段を僕が見つけるのと、エトナが声をあげるのはほぼ同時だった。


「あ、ネクロさん! なんか階段がありますよ。それに、奥から強い気配がします……どうします?」


 強い気配、ね。


「その気配って、今のリッチとどっちが強い?」


「断然地下の気配の方が強いです」


 このリッチが表ボスだとすれば、地下に居るのは裏ボスって感じかな。


「ま、行ってみようか。一応敵とも限らないし」


「私から行きます」


 僕が言うと、メトが前に出て階段を降り始める。


「……開けますか? マスター」


 階段を降りた先には、金属製の扉。尋ねられた僕は当然頷いた。


「うん、開けちゃって良いよ」


「では、開けます」


 ガチャリ、扉がゆっくりと開く。



「────ほぅ、来客とは珍しい」



 そこに居たのは、リッチと同じように椅子に俯いて座っている男だった。黒い外套に隠されて顔は見えない。しかし、手足は人間のものと変わらないように見える。一応解析スキャンしたが結果は表示されなかった。隠蔽系のスキルを持っているのかな。


「何をしに来たのか……用件を聞こうか。なに、無断で入ったことは責めないさ」


「用件、か」


 一応、まだ敵対はしていない。僕は素直に用件を告げることにした。


「神様に祈りを捧げるのに適してる場所を探してたんだ。それと、勝手に入っちゃってごめんね」


「それは構わない。こちらも、リッチに侵入者を殺させているのだ。お互い様というものだろう」


 あぁ、あれやっぱり君のだったんだ。


「しかし……神とは、神だ? 場合によっては君を殺す必要も出てくる。予め言っておくが、嘘は分かる」


 おっかないね。ワンチャン、敵対か。


「ラヴだよ、ラヴ・マーシー。不死と停滞の女神さ。こことは相性が良いでしょ? だから何時間もかけてここまで来たんだ」


 さぁ、どうだ。敵か、味方か、中立か。


「……ふむ」


 男はフードで顔を隠したまま頷く。今更だが、声からしてそう若くは無さそうだ。


「ラヴ、と来たか……良いだろう。君は敵じゃない」


「ほんと? 良かったよ」


 だが、と男は付け加えた。



「────だが、試しておく必要はあるな。君がラヴ様を救うに相応しい実力があるのか」



 男は顔を上げる。白髪の生えた、初老の男。


「君、ラヴのことを知ってるの?」


「君よりは、ずっとだ」


 男は立ち上がり、手をあげる。


「さて、此処ではなんだ……場所を変えようか」


 パチっと指を鳴らすと、狭い地下の空間から景色が移り変わり、どこまでも続く草原のような空間に変化した。


「これ……転移術ですか? いや、空間偽装? 拡張? 幻覚っぽい感じもしますけど……」


「恐らく、複合でしょう」


 突然の事態に困惑するエトナと、冷静に男を睨むメト。でも、ちょっと待って欲しい。


「あのさ、一個良い?」


「ん、何だ?」


 僕は指を一本だけ立てて、言葉を口にした。


「僕がなんで君に試されてあげなきゃいけないのかな? 僕は勝負を受けるなんて一言も言ってないよ」


「そうだな。だったら、どうすれば勝負を受ける?」


 男は口角を上げ、試すように言った。


「簡単だよ」


 だから僕も、口角を上げて返すことにした。



「────負けたら、僕の従魔だ」



 僕には分かる。こいつ、人間じゃない。


「ほう? 従魔か。それは人に向けて言う言葉じゃないな」


「流石にそろそろ判別が付くよ。人と、人に扮する魔物。動きと臭い、それと勘」


 それに、意外そうに笑っているこの男。明確な否定は無い。


「それに……多分、スケルトン系かな?」


 僕は目を細めて予想を口にする。すると、男は立ち上がり、笑い出す。


「ふふふ、くかッ、くカカッ! クカカカッ!」


 男の体が、足元から溶け爛れていく。皮膚も、肉も剥がれ、消えて……骨だけが残されていく。


「大正解、だ。良くぞこの賢者イヴォル・イクレームの正体を見破ったッ! クカカカッ、それだけで合格点をやりたいところだが……試練は行わせてもらおう」


「それは良いけどさ、僕の従魔にはなってくれるのかな?」


 骨だけの姿になったイヴォルを名乗る男は大きく頷いた。


「良かろう。どのみち、私を倒せるのならば私以上にラヴ様を救い出せる素質があるということ……女神を救う勇者の旅路には、賢者も必要だろう?」


「あはは、勇者か。そっちは初めて言われたよ」


 魔王よりは随分マシだね。僕には似合わなそうだけど。


「さぁ、そういうことなら僕としても一向に構わないよ。古代の賢骨エンシェント・エルダーリッチが仲間になってくれるなら、さ」


 見た目から完全な正体を当てると、イヴォルはまたクカカカと愉快そうに笑った。


「全く、今日は本当に……ここ百年で最も愉快な日だ。あぁ、偉大なる女神ラヴよ。感謝します」


 手を組み、祈りを捧げる骸骨。僕は密かに作戦を練り始めていた。

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