祈祷術

 早朝にログインを済ませた僕は、誰もいない平原にエトナとメトを引き連れてやってきていた。


「さて……祈祷術と、暗黒魔術だったかな」


 ラヴが必要だと言ったのはこの二つだ。祈祷術のスキルレベル三と、暗黒魔術。これがあれば会えるという話だ。


「暗黒魔術はもう持ってるからね。祈祷術だけだ」


 祈祷術を取得し、スキルレベル三まで上げる。合計コストは180SPだった。因みに、祈祷術は信仰する神に祈りを捧げることで奇跡を起こせる術だ。神と交信したり、加護をもらえたりすることもあるとかないとか。正直、マイナーなスキルなので詳しいことは良く分かっていない。


「早速、やろうか」


「は〜い」


 眠そうに答えるエトナを横目に、僕は座禅を組んで目を瞑る。魔力を流して集中し、スキルを発動する。


「これは……凄いね……」


 体が現世から切り離されたように感じる。ふわふわと魂だけになって浮き上がり、星々が煌めく宇宙空間に居るような感じだ。


「祈祷術……暗黒魔術……」


 暗黒魔術が必要な、祈祷……見つけた。ここだ。確信がある。ここに触れれば、言葉を届けられる。だけど、遠いな。届かない。


「うん、ダメだね」


「え、どうしたんですか?」


 尋ねるエトナ。僕は首を振った。


「ここからじゃ届かないんだ。ラヴを祀ってる神殿とか、ラヴに繋がりがある場所で祈らないと、届かない」


「……なるほど?」


 理解していないであろうエトナを置いておいて、僕は思考に耽る。不死と停滞の女神、ラヴ。彼女に繋がりがある場所……分かった。


「良し、移動だよ」


 不死はそのまま、アンデッド。停滞は死体を留めておく墓場。両方を満たす場所を見つけるのはそう難しくない。


「行こうか。レベリロ黒化墓地へ」


 氾濫した墓場、不死者の巣窟。そこで祈りを捧げよう。




 ♢




 あれから数時間、僕らは漸く目的の地に辿り着いた。


「いやぁ、結構時間かかったね。疲れたよ」


「そうですね……しかもこんなに苦労して来たのがくっさいアンデッドの巣ですからね。最悪ですよ」


 とはいえ、ここなら行ける気がする。来た甲斐はあったよ。因みに近くの適当な神殿でも試したが意味は無かった。寧ろ、真逆に向かってる感じだった。多分、あの場所は神界に通じているからだろう。ラヴはそこにはいない。


「まぁだけど……折角だし、ついでだよ。祈りを捧げるのはここをクリアしてからにしよう」


 全てが煤にまみれ、黒化した墓場。明らかに数が合わない量のアンデッド達が墓の下から湧いてくる。ここはそういう場所だ。


「確か、リッチだったかな。ここのボスは」


 リッチとは一度戦ったことがある。あのカタコンベで戦ったラディアーナだ。リッチと戦う上で注意すべきことは手に触れないことだ。触れられれば、一瞬で衰弱して死ぬ。そして、魔術の扱いが得意であることが多い。近距離は死の手で、遠距離は魔術で。そしてアンデッドの配下を大量に持つ、厄介な魔物だ。


「まぁでも、余裕かな」


「そうですね〜、ただのリッチなら余裕です。あの時の女の人みたいに、元が強力な魔術師とかじゃない限りは」


 ぶっちゃけ、多分余裕だ。エトナが真っ直ぐ行って頭蓋骨を砕くだけで終わりだからね。


「さて……流石にそろそろ、アンデッドが集まって来たね。一旦、掃除しようか」


 当然だけど、アンデッドはアンデッドに出来ないからね。僕からすれば彼らの殆どは無用だ。纏めて経験値になってもらおう。


従魔空間テイムド・ハウス


 亜空間から魔物が溢れ、僕らを囲むアンデッドから守るように並んでいく。


「さぁ、暴れていいよ」


 蹂躙が始まった。




 ♢




 あれから暫く、僕らはアンデッドを蹴散らしながら墓地の奥へと辿り着いた。この墓場にポツンと一つだけある建物。黒い木造の小屋。


「あそこだね。じゃあ、行こうか」


「すぐ殺しちゃって良いですか?」


「いや、一応テイムは狙ってみるよ」


 小屋に辿り着き、僕が扉を開けようとするとメトが前に出た。


「私が開けます。マスター」


「あぁ、うん。よろしくね」


 ガチャリ、小屋の扉が開かれる。その内側には生活感は一切無く、ポツンと椅子が一つだけ置かれていた。


『……人間』


 その椅子に俯くように座っているのは、黒い外套に身を包んだ、黒い骸骨。


「やぁ、人間だよ。早速だけど、僕の仲間になる気はない?」


『無い……ある訳が、無い』


 ラディアーナは普通に話してたけど、彼はそういう感じじゃない。音魔術以外の何かの力を使って話してる、そういう感じの特有の声だ。


「そっか。じゃあ、君を倒そうかと思うんだけど」


『奇遇だな……私も、お前を殺そうと……思っている』


 瞬間、まだ小屋の外にいた僕たちの足元に黒い魔法陣が展開され、大きな闇の刃が飛び出して来た。


「危ないね。じゃあ、悪いけどお返しだよ。エトナ」


「はいっ、お疲れ様ですっ!」


 エトナが駆け出す。小屋の奥の椅子に腰掛けるリッチの元に一瞬で辿り着き、短剣を頭蓋に叩きつけた。


『ッ!? 馬、鹿な……速、すぎる……』


 崩れ落ちるリッチ。頭蓋骨のヒビが広がっていき、体が崩壊していく。


『だが……私は、何度でも……』


 ありがちな捨て台詞を残し、リッチは消え去った。


 《『称号:レベリロ黒化墓地の踏破者』を取得しました》


 称号も獲得したし、クリアは確定した。随分簡単だったね。


「さて、丁度いいからこの小屋で祈りを……ん?」


 僕は小屋に入ると部屋の端に地下へ続く階段があるのを見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る