悪魔は嗤う

 光の軌跡は闇に染まり、弾けて消えた。代わりに現れたのは執事服の悪魔、ネルクスだ。


「クフフフ……調子はどうですか、我が主よ」


「あはは、最高だよ。お陰様でね」


 嗤う悪魔、天女の目にはただ驚愕だけが浮かんでいる。


「ま、まさか……それ、は……大公級悪魔────」


「────クフフ、少し煩いですねぇ?」


 大公級悪魔? ネルクスは公爵級を名乗っていたはずだ。嘘の可能性もあるが、態々ネルクスが言葉を止めたということは……嘘を吐いていたのはネルクスってことかな。


「ネルクス、後で話があるけど……一先ず、それを捕縛しようか」


「クフフフ、これは少ししくじりましたねぇ……まぁ、良いでしょう。捕縛するならメトさんも呼んだ方が良いかと」


 僕は無言で従い、メトとエトナを呼び出した。


「あ、ネクロさんっ! 戻されちゃった時は本当に焦ったんですよッ、私が滅光蝕闇シュット・オプスキュリテで拘束を突破するつもりだったのに、一生封印されちゃうかと思いましたよっ!」


「あー、確かにそれがあったね。僕も本当は焦ってたのかも知れないよ。冷静じゃなかった」


 とはいえ、これで一つ収穫はあった。


「クフフフ……そんなもので貴方を一生封印できるなら苦労しなかったでしょうねぇ」


 何やら小声で意味深なことを言うネルクス。謎の多い彼には聞くべきことが沢山ある。それが分かったことが一番の収穫だ。ネルクスをアロマの前に曝け出さなきゃこうはならなかった。


「ネクロ。貴方はソレを使役しているつもりかも知れません。ですが、油断してはいけません。その悪魔は、伝説級の存在、エクス、スペクト……プロ……ディ、ア……」


「おやおや、眠ってしまいましたねぇ」


 闇の靄に包まれて眠ってしまったアロマを見て白々しく言うネルクス。しかし、伝説級の存在ね……確かに、大公級の悪魔と言うのが本当なら間違いなく歴史に残る存在だろう。悪魔のランクで言えば大公級は上から二番目。公爵級ですら個で国を滅ぼしうると言われているのに、大公級ともなれば……考えるだけで恐ろしいね。


「メト、拘束よろしく。それと……ポーター、転移門を開いて」


 僕は転移門用のウィスプに何となく名前を付けつつ、転移門を開かせた。もうクールタイムは過ぎている。


従魔空間テイムド・ハウス。さぁ、帰りたい子は帰ってね」


 僕は多くの魔物をゲートに送り出し、ネルクスに視線を向けた。


「さて、話をしようか。ネルクス」


 とってもとっても重要な……話し合いの時間だ。


「ふぅむ……仕方ありませんねぇ」


 ネルクスは息を吐き、僕と目を合わせた。


「改めて自己紹介を致しましょうか」


 ネルクスから禍々しいオーラが広がっていく。



「────私はエクススペクト・プロファンダム・ディアボルス・ネルクシウス。かつて魔界を恐怖に陥れ、幾つもの国を滅びへと導いた大公級の悪魔」



 ネルクスは嗤い、言葉を続ける。


「私を忌まわしき封印から解き放って下さり、誠にありがとうございます。これからも気軽にネルクスとお呼びください……クフフフ」


 さて、これは……どうしようかな。


「よし、決めたよ」


「ほう?」


 楽しそうに首を傾げるネルクス。


「一旦、聞かなかったことにする」


 ネルクスの表情が、固まった。


「僕、忙しいんだ。聖国も帝国も敵に回して、これからラヴに会いに行くっていうのに、伝説の悪魔まで背負いきれないから。ていうか、夏休みもぼちぼち終わるし、課題とか全くやってない。やる暇が無い。取り敢えず、色々と片がつくまで君はただの悪魔執事だ」


 固まるネルクスに、僕は畳み掛けるように続ける。


「ラヴに会って、聖国をどうにかして、帝国もどうにかして、宿題を終わらせて……いや、もうこの際課題は怒られれば良いや。どうせ学期が変われば有耶無耶になるし」


 僕は割と最低なことを言いながら、話を続ける。


「とにかく、そこらが全部片付いたら君の正体を受け入れて、やるべきことをやる。それで良いね?」


 僕は言い切って、息を吐いた。


「クフ、クフフ……クフフフ……あぁ、我が主は本当に面白い。貴方があの墓所を訪れたもので良かった。えぇ、約束しましょう我が主マイロード。全てが片付くまで私は今まで通り、ただの悪魔の執事に徹しましょう」


「そっか。それは良かったよ」


 よし、とんでもない地雷だったけど、どうせもう色々手遅れだ。諦めよう。


「それに、聖国を滅ぼしてくれるのでしたら……どの道、文句はありません。かの国と敵対するのであれば、いずれ出会うことでしょうから」


「今のところ滅ぼすつもりはないよ。ただ、もう僕に迷惑をかけないように諦めるまで説得するだけだよ。あと、これ以上意味深なこと言わないでね」


 と、思ったが僕は一つ思い出した。


「そういえば、エトナにも何かあるんだっけ?」


「え」


 急に話に浮上したエトナが声をあげる。


「えぇ。最初に、あの地下墓所で出会った時にも言ったでしょう? 彼女は私以上の化け物ですよ? この、大公級悪魔の私よりも上の化け物です」


「いやいや、流石に大公級の悪魔より強い自信は無いです……師匠なら分からないですけど」


「クフフフ、気付かないならば気付かない方がきっと幸せですよ」


 笑うネルクス。腑に落ちない様子のエトナ。僕は余りにも多い厄介ごとに流石にスケジュールを心配した。夏休みが終わるまでに、全部解決できるかな。


「……まぁ、良いや」


 きっと、未来の僕がどうにかすることだ。せめて今は、勝利を祝って良い気分でいよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る