ドレッドの秘策

 ドレッドは壁の真下、影になっている部分で頭上を飛び交う矢や魔術を視界に捉えながら、あるアイテムを取り出した。


「なんだい、それ?」


 ドレッドが片手で持っているそれは、黒い水晶玉のようなものだった。正確には、水晶玉の内部にドス黒い闇が満ちているように見える。


「これは『闇』だ」


 余りにも抽象的な答えに、ブレイズは流石に首を傾げた。


「正確に言うなら、高密度の闇を封じ込めた魔法の球だ。これを砕けば、即座に大量の闇が溢れて煙幕の役割を果たす」


「ふーん……でも、ドレッドって闇雲ダーククラウド使えたよね?」


 ブレイズの問いに、ドレッドは笑った。


「あぁ、使えるな。だが、アレは直ぐに払われる上に種族やスキルによっては見通される可能性もある」


「それの闇は、違うって言うのかい?」


 ドレッドは笑みを浮かべたまま頷いた。


「おう。これは闇と言ってもただの闇じゃねえ。『暗黒』だ。闇魔術の上が暗黒魔術なのは知ってんだろ? 同じ理屈で、この暗黒は普通の闇じゃねぇ」


「……聞いたことがあるよ。暗黒魔術の闇は、光すらも塗り潰すらしいね」


 あぁ、とドレッドは言った。


「尤も、暗黒魔術は光に強えが、光魔術の更に上位となると暗黒も負けちまうがな」


 そもそもの属性としての相性は光の方が上なのだ。暗黒魔術が光魔術に勝てるのは、相性すらも覆せる単純な出力差に過ぎない。


「ま、つー訳でこの壁を乗り越えたら直ぐにこれを地面に叩きつける。混乱状態になってるうちに塔に入っちまうって訳だ」


「でもさ、僕らも見えないのは一緒でしょ? どうやって塔まで辿り着くの?」


 ブレイズに問われ、ドレッドはある方向を指差した。


「真っ直ぐだ。闇を溢れさせた後は真っ直ぐあっちの方向に走る。良いか? 覚えたな?」


「そういう感じかぁ、分かったよ。あっちに行けば入口があるってことだよね?」


 ドレッドは頷いた。


「じゃあ、早速行くが……準備は良いな?」


「いつでも」


 瞬間、合図もなく二人は跳躍した。そのまま壁を乗り越え、壁の上で外敵を排除している魔物達に目を剥かれつつ、地面に暗黒を封じ込めたものを叩きつけた。


「グギャッ!? グギャギャギャッ!」


「ブォオオオッ! ブッ、ブォオオオッ!」


「クルピャッ!? ピャァアアアアッ!!」


「エンマク、カ。グルタス、シキュウアルジニレンラクセヨ」


「ムリッ! ミエンッ! グルタスッ、レンラクッ、イケンッ!」


「ムノウ、メ」


 ぐぎゃぐぎゃと騒ぎ立てる魔物達の声を聞きながら、ドレッドは一直線に走っていく。既に、そこに入口があることは判明しているからだ。


「オラッ、邪魔だッ! どけッ!」


 当然、見えない中でも敵にぶち当たることはあるが、構わず斬り裂いていく。そうして空いた道を、二人は駆けて行くのだ。


「ここだろッ、扉ァッ!」


 ガチンッ、硬い何かにぶち当たった音、弾かれる感触。


「やっぱりなァッ! 破城大剣撃キャッスル・ブレイクッ!」


 大剣使いの御用達スキルが、塔の門をこじ開けた。






 ♦︎……ネクロ視点




 やぁ、どうも。ネクロだよ。ちょっと暇だよ。だけど、こんな退屈をほんのり埋めてくれる報告が丁度入ったところだよ。


「デス・ペナルティのPKが二人、侵入に成功……良いじゃん」


 敢えて塔の門を守る門番は退けていたが、それでもある程度の実力が無ければ入れないようにはしていたはずだ。

 十三体の竜を超え、蔓延る凶悪な魔物達を超え、強大な壁を超え、砦を超え、門を超え……塔に辿り着いた。


「昔、ネルクスに二対一で瞬殺されてた二人なのが不安だけど……まぁ、なんとかなるよね」


 うんうんと頷く僕を、エトナがちょいちょいと指で突いた。


「暇です」


「うん、そうだね」


 一言言って満足したのか、黙ったエトナだったが……暫くすると、またちょいちょいと指で小突いてきた。


「暇です」


「うん、そうだね」


 エトナは、不満そうな顔をしたまま、今度は黙らずにこう言った。


「ここ、暗いです」


「うん、そうだね」


「暇です」


「暇だね」


 エトナは、ジトッとした目で僕を見る。


「……なんか、無いんですか」


 エトナの退屈を埋められるもの、かぁ。


「よし」


「お、何ですか?」


 自信ありげに頷いた僕に、エトナが期待したような目で見る。


「メトと遊んでおいで」


「え」


 僕の答えにエトナは絶句し、


「嫌です」


「え」


 メトは普通に断った。エトナはショックを受けたような表情で固まっている。


「……ネクロさん、なんか私の扱い酷くないですか?」


「酷くないよ。寧ろ、愛してると言ってもいいくらいだね。従魔としては」


 エトナは僕の言葉にもう一度固まった。


「……あ、愛してます?」


「うん。ギリね」


 頰を赤らめながら照れたように聞き返すエトナにそう答えると、エトナの顔が真っ赤に染まった。


「ギリって……ギリってなんですかぁああああああっ!!」


 今度は羞恥ではなく、怒りで赤くなってしまったらしい。それにしても、幾ら暇だからって叫ばなくていいと思う。


「うん、ごめんね。愛してるよ……ミリね」


 僕は久し振りに、エトナから殺気を浴びることになった。

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