心狼 vs 凍獄【3】
炎の力を完全に解き放ったエクスを、凍獄は呆けたような表情で見た。
「驚いてるとこ悪ィが……言った通り、これはオレの力の半分だ」
エクスは凄まじい熱気を放ちながら、語りかける。
「だから、まぁ……今から、もう片方も解放する」
「ッ! させんッ!」
漸く言葉を取り戻し、焦ったように氷の槍を無数に作り出すディネルフ。
「だァからよ、意味無えって」
同時に射出される氷の槍は、エクスに辿り着くことなく空中で溶けて蒸発した。
「『継承されし咒の氷よ、神呪をも凍て付かせる氷よ、オレに従え』」
「ッ! 貴様ッ!」
始まった詠唱を察し、エクスを氷で覆おうとするが、エクスの近くに生み出された氷は現れたそばから消えていく。
「『古より続く封印も、凍えを凌ぐ遮断も、要らない。今はただオレの剣として、盾として、戦え』」
人狼から更に溢れる冷気。森が再び凍っていく。人狼の体に青い氷が付着していく。
「『
瞬間、氷のように冷たい風が吹き荒れた。
「ク、ソ……なんだ、それ、は……」
交互に吹き荒れる冷気と熱気の風。それは、森を凍らせて溶かすという無為な流れを繰り返している。しかし、少しずつ森の一部は崩壊していき、ゆっくりと木々は地面に崩れていく。
「さァ、準備は終わったぜ? かかってこいよ、帝国十傑」
挑発する人狼の体は、薄っすらと氷で覆われている。しかも、普通の氷ではなく、エクスが生み出した
因みに、昔は直接氷の鎧を作ってそれを装備していたエクスだったが、体にぴっしりと纏わせるようにしたのはネクロの助言があってのことだ。このやり方だと、体全体を守れる上に動きやすいという利点がある。
「……ふざ、けるな」
ディネルフの呆けていたその表情は次第に、憤怒に染まっていく。
「貴様、如きが……獣風情がッ、俺よりも強いはずなど無いッ!!」
「そうかァ? だったら、試してみろよ」
エクスの言葉を無視して、上を見るディネルフ。その視線の先には真っ白い巨大な球体があった。
「
その言葉と同時に、天空に浮かぶ白い球体が破裂し、まるでダイヤモンドダストのようにキラキラとした粒子となって空を舞う。が、地面に近付く前にエクスの熱気で溶かされていく。
「『それは溶けず、破壊は敵わず』」
覚悟を決めたような表情で、ディネルフはエクスを睨む。
「『故に永久にそこにあり、故に不変でそこにあり』」
変わりゆく空気に、エクスは口角を僅かに上げる。
「『顕れよ、
瞬間、崩壊しかかっていた森が一瞬にして凍結した。それは、エクスの熱波を浴びても溶けることは無い。どころか、その波動はエクスすらも氷に包んでしまった。
「正直に言えば、これを使う許可は出ていなかったのだが……生存の為、任務達成の為だ。仕方あるまい。どのみち、こんな島など凍ったところで誰も困らんだろう」
と、氷像と化したエクスに背を向けるディネルフ。
「────おいおい、さっきまでのは本気じゃなかったのかァ?」
何故か楽しそうにしているエクスの問いかけに、ディネルフは慌てて振り向いた。凍ったはずのエクスが、何故か話しているからだ。
「貴様……これでも、凍らないのか」
「おう、たりめェだろ」
余裕綽々のエクスを忌々しげに睨んだディネルフは、その
「『
青白く透き通った美術品のような剣が現れ、ディネルフの手に握られた。
「しかし……驚いたぞ。俺の氷を溶かせるのか」
「あァ? 当たり前だろ。神の炎だぜ、これは。まァ、それでも俺達の氷は解かせなかったみてェだけどな? ハハハハッ!」
よく分からないことで愉快そうに笑うエクスにディネルフは眉をしかめるが、気を取り直した。大丈夫だ、一瞬で溶ける訳では無いだろう。ならば、攻撃自体は可能だ。
「『
さっきの剣と同じように、青白く透き通った氷の杭が同時に八つ現れ、エクスに向けて放たれた。
「甘ェんだよ。確かに溶かして無効化することは出来ねェけどよォ……当たんなきゃ意味ねェよなァ?」
ビュンと飛び、エクスの体を貫こうとした八つの杭は、あっさりと避けられてしまった。
「そうだな……だが、当たるまでやれば良いだけだ」
「うおッ!? 操作できんのかそれッ!」
が、回避されてエクスの後ろに飛んだ八つの杭はUターンし、今度は背後からエクスを狙った。完全に不意をつけたように見えた攻撃だったが、ギリギリで避けられてしまう。その秘密は、エクスの周囲に巻かれている極小の氷の粒だ。あれがエクスの周囲を常に感知し続けている。
「言っとくがよォ、こっちもそろそろ本気で攻撃させて貰うぜ?」
エクスが足を踏み込み、視界の中心にディネルフを捉える。
「ウラァッ!」
「速いッ!?」
圧倒的な速度。まさに一瞬と言える速度でディネルフの眼前まで迫ったエクスの鉤爪は、既に振り下ろされている。
「くッ、獣めッ!!」
燃え盛る氷の鉤爪は、ディネルフの腕を斬り落とすコースで迫る。が、ディネルフの腕が瞬時に青白く透き通った氷に変化し、ガキィンと防がれた。
「うぉっとッ、やるなァ……危ねェじゃねえか」
「こっちの台詞だ。まさか
言葉通り、氷と化したディネルフの腕には引っ掻かれたような傷が残り、その傷跡をなぞるように炎が轟々と燃え盛っている。
「あァ、それか? 神の炎だ。もっと言えば、神の呪いの炎だ。一度燃えると中々消えないぜ?」
「……面妖な」
そう言うと、ディネルフの腕は切り離され、炎を灯したまま地面に落ちた。
「さて、仕切り直しだ」
「……テメェも中々、面妖だぜ?」
切り離されたディネルフの氷の腕が、もう一度ニョキリと生えてきた。
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