※アボン荒野の三銃士【5】

 クラーケン、大蠍、岩禿鷲ロックバルチャー大蚯蚓ジャイアントワーム。遠くにはゴブリンの集団や野生の大蠍など、他の魔物も見えるが、いずれも様子を伺っているようだ。


「クソッ、ダメだ。勝てるビジョンが浮かばねぇ。これ、クソゲーだろ」


「オープンワールドでこれだけ好き勝手やれるゲームだ。多少難易度がおかしくてもしょうがない」


 いやいや、これのどこがなんだよ。明らかに無理ゲーだろうが。


「……つーか、なんか湿っぽくないか?」


「クラーケンだからじゃないのか? 海の魔物だからな」


 んー、潮って感じはしないんだが、何だろうか。嫌な予感がする。


「……無駄話は終いだ。来るぞ」


 狭鬼爐の言葉で感情を切り替えた俺は、冷静に感覚を研ぎ澄ませた。


「真下だッ! パリィッ!!」


 俺たち三人の足元から、それぞれ一本ずつ触手が飛び出してきた。ギリギリ俺は弾けたが、他はどうかと見てみると、二人も何とか躱せたようだった。


「クソ、引っ込みやがった……ん?」


 攻撃を終えると直ぐに地中に帰っていく触手に苛立ったが、この荒々しく砂粒が舞う中で、俺はあるものを見つけた。


「……おい。鵐螺菩、狭鬼爐」


 俺は二人を呼び、少し離れたところを指差した。


「あそこの、アレ。触手じゃないのか?」


 地面からちょこんと先っちょだけ出ている触手。サイズは攻撃用のものより小さいように見えるが、先端には目のようなものが付いており、しっかりと俺たちを捉えている。


「本当だな……しかも、アレ。他にもあるぞ」


 周りを見渡しながら言う鵐螺菩に倣い、俺もぐるりと周りを見てみる。


「……八本、か?」


 俺たちを囲むように、八本の触手が飛び出している。いずれもここから十数メートルはあるが、それに備え付けられた眼球は確実に俺たちを監視している。


「ッ!? 避けろッ、闇魔術だッ!」


 八本の触手、その全てから闇の刃が同時に放たれた。間違いなく闇刃ダークカッターだ。


小跳躍ショートジャンプッ!」


 俺は物理法則を軽く無視した動作で跳ね上がり、その黒い刃を回避した。二人も同じように避けたようで、俺たちの足元では八つの闇の刃がぶつかり合って、滅茶苦茶に闇が弾けていた。


「……なぁ。どうする、これ? 逃げるか?」


 俺は気付けば背中合わせになっていた二人に話しかける。


「悔しいが、アリだな。恐らく、俺たち三人で勝てるレベルの相手じゃない。それに、幾ら地上とは言え……クラーケンだぞ。普通に考えて無理だ」


 鵐螺菩は冷静にそう答えた。と、同時に小さい方の八本の触手から闇の騎士……闇騎ダークウォーリアーが何体も生み出されている。

 ゆっくりと行進するように近付いてくるそれは、優に十体を超えていた。


「……賛成しよう」


 声色を変えずに言ったのは、狭鬼爐だ。空にはすっかり回復したのか、岩禿鷲が旋回している。蠍と蚯蚓も地中に隠れているのだろう。

 まぁ、何はともあれこれで二人の賛成も得られた。だったら、逃げ帰るとしよう。


「勿体無いが、帰還石リコールストーンを使おう。これからまだ探索の予定はあるからな、デスペナルティは食らいたくない」


「あぁ、そうすべきだ。何より、ここから帰還石無しで逃げられる気がしない」


 俺たちはインベントリから帰還石を取り出した。蒼く光るその石は、魔力を込めて握りしめるだけで、簡単に登録された場所に転移することができる。

 一応、転移には十秒程度の時間を要するのと、発動すると石は蒼い光の粒子になって霧散してしまうというデメリットはあるが、それでも強力なアイテムだ。


「ふぅ……じゃあな、クソモンス」


 十秒待つ必要はあるが、この魔力を放ちながら光る蒼い石を掲げてやれば、大抵の魔物は警戒して近寄ってこない。

 いつかは痺れを切らすにしても、十秒は耐えられるだろう。それに、この待機時間も動けない訳では無いのだ。回避はできる。


「っと、危ねぇな」


 つまり、こうやって地面から急に生えてきた大きな触手も避けてしまえば無問題って訳だ。


「良し、何とか十びょ、う……?」


 消えた。握っていた帰還石が。霞むように、幻のように、消えた。


「おい、意味が分かッ!? ぐッ、 なァッ!?」


 目の前には何も無かった。居なかった。なのに、この大木を叩きつけられたような衝撃は俺の前からきた。次々に、謎の攻撃が俺を襲う。分かんねぇ、意味が分かんねぇ。


「つか、何だこれ。クラーケンは、鵐螺菩は、狭鬼爐は、蠍どもは、どこに消えたんだ?」


 ていうか、砂粒が舞い過ぎてて気付かなかったが、よく見たら薄っすら視界に霧がかかってるような……クソ、何だこれ。


「ぐッ!? お、俺の腕がッ!?」


 突然、千切れた。いや、何かで切断されたって感じだ。続けて、もう一方の腕も切断された。痛みは無い。痛覚は切っているので、無い。だが、何だこれ。何だ、この理不尽。何が、何が起きてる。


「つ、掴まれたッ!? クソッ、この感触は触手か? てことは、やっぱりクラーケンは居るんだな? だが、音もしねぇし、この荒野の景色以外、何も見えねぇ」


 感覚では、確実に何かに掴まれている。それも、恐らくあのクラーケンに触手に掴まれている。だが、見えない。俺の視界では、ただ俺が宙に浮き上がっているように見える。



「……は?」



 現れた。突然に、現れた。


「クゥウウウウ……」


 砂にまみれた荒野の中、青紫色の化け物が現れた。


「ッ!? お、おい、まさかッ! やめろッ! クソッ、俺を食う気かッ!?」


 巨大な蛸が、その巨大すぎる全身を現している。蛸の頭が上がり、八本ずつの大小合わせて十六本もある触手の付け根、中心部の穴が現れていく。恐らく、それは口だ。捕食のための、俺を餌にするための器官だ。


「クソッ、ゾンビの癖に栄養補給してんじゃねぇッ!!」


 大剣はインベントリにギリギリ収納できたので無事だが、それを扱うための両腕は失われている。つまり、攻撃の手段は殆ど無い。


「喰らえッ、光槍ライトランス!」


 光の槍が、巨大なクラーケンの体に突き刺さる。しかし、全く堪えた様子は無い。流石に、サイズに対して攻撃が貧弱すぎたか。


「はぁ、クソ……無理、か」


 意気消沈しながら、何となく後ろを振り返る。


「……鵐螺菩、狭鬼爐?」


 そこには、舞い散る砂嵐に紛れて広がっている濃霧があった。そして、その中には闇騎ダークウォーリアーやさっきの大蠍達に囲まれている二人の姿があった。

 敵が見えないながらも気配察知で何とか位置を捉えている狭鬼爐と、兎に角動き回りながら変形したノコギリ鉈を振り回す鵐螺菩。

 今は何とか耐えているみたいで、何よりだ、しかし、このクソモンスターどもが相手なら、時間の問題だろう。


「……なるほどな。そういうことか。クソッタレ」


 要するに、幻か。聞いたことがあるかもしれない。幻を見せる、霧だ。


「あぁ……そういえば、蛸の口ってそこにあるのか。イメージと違う、な……」


 近付いてくる。蛸の口が。漆黒の穴が。俺を死へと導く、闇が。


「完全に、くわれ、てるな……だけど、ただじゃ、死なね、ぇ」


 ここは、口の中だ。だったら、問題ない。俺は、死ぬけど、関係無い。両腕がなくても、良い。INTも、STRもいらねぇ。


「インベン、トリ」


 恐ろしい化け物の口の中で、が放出された。


「クゥ? クゥッ! クゥウウウウッ!?」


「はッ、ははッ……口内炎に、なりやがれ」


 ざまぁみろ。そう、毒づこうとしたが、言葉は出ない。俺の意識は、そこで失われた。

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