呪われた心臓
ほぼ戦闘不能状態の人狼、そんな彼に僕は声をかけた。
「そうだね。実は僕たち、僕以外は結構強いんだ。だけど、僕は君もその一員に加わって欲しいと考えてるんだ。だから……君も、僕の従魔にならない?」
「あァ……なるほどな。テメェは魔物使いだったのか。通りで、そこの女二人、妙だと思ってたんだよ。漸く、分かったぜ」
人狼は苦しそうにしながらも言葉を紡いだ。
「で、どうかな? 僕の仲間になる?」
「ハッ、嫌だね。やなこった。このまま負けちゃ、オレはただのかませ犬だろうがァ。オレは、一族の誇りを背負ってんだ。だから、こんな一方的に負けて終われやしねェ」
ふーん、意外だね。負けたら簡単に仲間になってくれると思ってたんだけど。
「へぇ……君は勝者の言うことには従うって聞いてたんだけど、違うのかな?」
「ハァ、ハァ……へへッ、確かにオレら誇り高き一族ハ自分に勝った相手ニハ従うつもりだぜェ?」
人狼はボロボロのまま、片足を突いたまま笑う。
「だが、オレはまだ負けてねェ……負ける前にやるべきことを試してねェ」
人狼はその鉤爪を失い、ボロボロになった手を自分の胸に突き刺した。
「起きろッ、起きろッ、起きやがれッ!! 融けてッ、溶けてッ、解けやがれッ!!」
突き刺さった部分から、熱気が溢れていく。
「神ノ呪いだろうが、関係ねェッ!
人狼の胸から、空いた穴から、炎が噴き出す。
「ま、マズイですネクロさんッ!」
「マスター、エネルギー反応が異常に上昇しています。危険です」
駄目だ。もう、止められない。人狼から噴き出した炎で簡単には近寄れない。
だけど、おかしいね。僕は知らない。あのトゥライス・ウェアウルフに許された権能は氷の力と、二回の復活か強化だけのはずだ。
少なくとも、こんな炎は知らない。三度目の
「ネクロさんっ、あ、あれは……ッ!」
ボーッと思考の海に落ちた僕を掬い上げたエトナ、彼女の示す指の先には有り得ない光景が広がっていた。
「────あっちィ、あっちィなァ」
燃える人狼、白い体毛も赤い炎とオーラで染まっている。
「やっぱしよォ、この状態になるとクソあちィんだなァ。聞いてた通りだ。……だが、オレは溶けねェ」
立罩める熱気と、底冷えするような冷気。自然に鳥肌が立ち、ビリビリと緊張感が伝わってくる。
「オレハ人狼。雪原ノ人狼。氷ヲ操り、三つノ心臓を持つ人狼」
ボロボロの人狼の体が、蒸気と共に塞がっていく。
「そもそも、テメェら勘違いしてんだよ。オレらハ、この呪われた心臓ガ無くても生きられるようニ進化した、凍てついた人狼」
燃え盛る炎の勢いが少しずつ弱まり、白い体毛の内側に収まっていく。
「だから、二つ目も三つ目モ、オレらからすれば強化や蘇生の触媒に過ぎねぇ。つまり、今オレの中デ動いてる心臓は二つだけだ」
片言だった喋りが、少しずつ流暢になっていく。
「……なァ、オレたちが何故雪原に来たのか、氷を操れるようになったのか、分かるかァ?」
白いオーラが僅かに溢れ出し、赤いオーラと混ざり合っていく。
「それはなァ、煮え滾るこの心臓を、無駄に三つもありやがるこの呪われた心臓を、冷やして凍らせて、封印しとく為だァ」
ドクン、聞こえる熱い鼓動は僕のものではない。
「だがよォ……今、封印は解かれた。煮え滾る心臓が解き放たれた。最初の心臓に込められた神の呪いが解放された。鍛え抜かれた氷の力を、このクソみてェな心臓の制御なんかに向ける必要は無くなった」
ピシリ、人狼の足元から雪の地面が凍っていく。
「そうなりゃ、もう……全員、融けて、凍えて、死ぬしかねぇよなァ?」
ジュワ、人狼から溢れる熱気が氷の地面を、雪の地面を溶かした。
「ハハッ、そうだなァ。今度は全部聞こえるように言ってやる」
赤と白、二色のオーラが人狼の中に収まっていき、代わりに凄まじいプレッシャーが放たれる。
「────
瞬間、雪原が熱気に包まれた。
《ワールドアナウンスです。アデント雪原のエリアボス『トゥライス・ウェアウルフ』がユニークボス化しました》
《アデント雪原において、ユニークボス『
融けていく雪原の中、凍っていく世界の中、人狼は不敵に微笑んだ。
「オレは人狼。神に呪われ、三つの心臓全てに太陽の火を注がれし人狼。苦しみ、嘆き、足掻き、氷を求めて、凍てつきを目指して生きてきたオレたちは、こんな惨めに耐え忍ぶだけの生き方は、もう終わりだ」
白い体毛が、艶やかに熱風に靡く。
「何代にも磨かれて継承されたこの氷の力も、煮え滾り燃え盛る神の呪いも、全てオレのものだ。オレたちのものだ」
白い体毛に紛れて、所々から炎が噴き出す。
「オレたちは、今ここに完成した。力を継承し、進化を重ね、遂に呪いを克服した」
人狼の吐き出す息が、凍り付き、地面に落ちながら燃えて灰に変わる。
「今日は良い日だ。テメェらには、本当に感謝してるぜ。だから……」
より人に近付いた毛むくじゃらの人狼が、炎を噴き出し、世界を凍らせながら僕たちに歩み寄る。
「────一番最初にエサにしてやるよ」
人生二度目のユニークボスが、氷炎を操る白き人狼が、その爪を振り上げた。
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