師匠と弟子とその主と

 移り変わった視界は、ぼちぼち人が歩いている通りだった。流石にここならあの竜も勝手は出来ないだろう。


「……さて」


 僕は振り返り、さっきまで自分が居た宿屋を見る。すると、それから一呼吸もしないうちにエトナの師匠は現れた。


「……また会ったな、人の子よ」


「うん、あれから十秒も経ってないけどね」


 言いながら、僕は二本の短剣をインベントリから取り出して握る。


「言っておくが、人の子よ。私は本気でお前に力を振るう気は無かったぞ」


 平然と宣うドラゴンに、僕はため息を吐いた。と同時に、音魔術の消音ミュートで僕らの周りに声が漏れないようにする。


「だろうね。竜っていうのは、試練と財宝を好む。だから、あれも試練だってことは何となく分かってたよ」


「ほう、そうか。ならば話は早いな。……認めよう。ネクロ、私はお前を不肖なる弟子の主として認めてやる」


 どこまでも偉そうで傲慢な、正に竜と言ったイメージ通りの在り方に僕はまた溜め息を吐いた。


「……そっか。でも、要らないよ。別に、彼女を従魔にする上で君の承認なんてのは元々不要な代物だからね」


 驚いたような、不服を堪えているような、そんな彼女の表情に僕は笑みをこぼした。


「契約と使役、それに必要なのは術式と資格、そしてお互いの意思だけだよ。君の承認は要らない」


「ッ! しかし、だな……」


 恐ろしい力を持つ竜から放たれたのは、不安げに揺れるような言葉だった。


「まぁ、気持ちは分かるよ。多分、君はエトナの保護者だ。君は彼女を匿い、町に招き入れ、そして彼女を害から守るために育てた」


「……そうだ」


 竜はぎこちなく頷いた。


「だから、何処の馬の骨かも知れない僕が彼女の支配権を持っていることを不安に感じるのは、当然のことだと思う」


「当たり前だ。エトナと契約したのが力だけが目当てのクズだったら許せないからな。特に、お前は次元の旅人だ。……あんなことが無ければ、我が弟子と契約したその日に行く予定だったのだが」


 確かに次元の旅人が主とか信用出来ないだろうね。なにせ、次元の旅人には犯罪者が多い。その理由は、単にリスクが少ないからだろう。


「……まぁ、別に僕が試されたことはどうだって良いんだよ。寧ろ、普通は竜の試練を乗り越えたなんて光栄な話だからね」


 一呼吸置いて、僕は人の姿に擬態した竜を睨んだ。


「だけど、君はエトナを傷付けた。精神を不安定な状態に傾けた。これは許せない。これだけは許せないんだよ。……何故なら、僕はエトナの主だから」


「ッ!」


 竜が怯んだ。彼女にとって最も痛いところを突かれたからだ。


「僕は彼女を守らないといけない。当たり前のことだよ。魔物使いモンスターテイマーは従魔を守る責任があるんだ」


 僕の中で眠るエトナの感情を思いながら、僕は短剣を握る両手の力を強める。


「……分かった。ならば、私はどうしたらいい? どうすれば、エトナの傷は癒される」


「謝罪と撤回、それだけだよ。まぁ、他にも迷惑料くらいは欲しいところだけどね」


 嫌味を交えて言いながら、僕は二本の短剣をインベントリに収納した。


「……分かった。準備が出来たら、エトナを呼び出してくれ」


 沈痛な面持ちで僕を見る竜。初の顔合わせで何でこんなことになったんだろう。と、今更ながらに思えてきた。


「おっけー、じゃあ行くよ……従魔空間テイムド・ハウス


 ぐにゃりと空間が歪み、僕の正面からエトナが現れる。その表情は、思っていたよりも深刻なものでは無かった。


「エトナ、大丈夫?」


「大丈夫です、ネクロさん。貴方の中で、ずっとお話は聞いてましたから」


 僕の問いかけにエトナは軽く微笑んで答えた。


「……でも、師匠。誓って欲しいです。竜の力で、誓って下さい。私のネクロさんを、傷付けないって」


 決意したような目でエトナは竜を見た。すると、竜は頷き、目を閉じた。


「『我が高潔なる竜の血に誓う』」


 魔力視認スキルを持っていない僕でも、魔力が高まっていくのが分かる。


「『我はメフィラ。偉大なる母、闇竜クリスナ、偉大なる父、蝕竜ヴァルグの間に生まれし竜の子なり』」


 メフィラ。そこで僕は初めて彼女の名を知った。


「『龍神よ、竜神よ、偉大なるリュウの神よ。我が誓いを聞き届け給え』」


 彼女の閉じられた瞼が開き、その瞳は僕を捉えた。


「『ここに誓う。我が弟子エトナの主、ネクロを傷付けること、害なすことは永劫になく、師として二人の旅路を見届けることを』」


 誓いは成った。高まっていた魔力は収まり、静寂が場を支配する。


「そして……すまなかった。もう、我が愛弟子の心を掻き乱すような真似はしない」


「……分かりました。許します、師匠」


 その言葉に僕とエトナが頷く。一息ついたような雰囲気。しかし、そこに竜が水を差した。



「────あぁ、そうだ。謝罪と撤回と、あともう一つ、お前は求めていたな」



 人の形をした竜の言葉に、僕は首を傾げた。


「忘れたのか? 迷惑料も欲しいと言っていただろう。まぁ、迷惑料でなくとも、試練を乗り越えた勇者には褒美が無ければいかんからな」


「……うん」


 あれ、冗談っていうか、嫌味で言ったんだけどなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る