来訪者

 夕焼け色に染まる町の中、僕と実は噴水の近くにあるベンチに座っていた。


「ありがとね、お兄ちゃん。思ったよりも全然楽しかったよ」


「そう? それなら良かったよ。正直、ちょっと不安だったからね」


 僕が言うと、妹はクスッと笑った。


「へぇ、お兄ちゃんでも不安になることなんてあるんだ」


「そりゃあるよ。全く、僕はなんだと思ってるのかな」


 感情が無い冷酷人間だとでも思ってるんだろうか。


「えへへ、だってほら、お兄ちゃんって何があっても平然としてるから……不安になったりとか、怖くなったりとか、しなさそうじゃん」


 じゃん、って言われても。


「んー、あんまり表に出ないだけで僕も人並みに感情はあるよ。当たり前のことだけどね」


 言いながら、僕は立ち上がった。


「じゃあ、そろそろ落ちようか」


「うん……なんか、寂しいね」


 ゆっくりと立ち上がった実に、僕は笑いかけた。


「あはは、寂しがらなくても良いよ。ここにはいつでも来れるし、僕たちは直ぐに向こうでも会えるんだから」


「そうだよね……えへへ、これからはどっちでも会えるね」


 あまり現実と変わらない見た目のアバターで、年相応の可愛らしい笑みを浮かべる実の頭を撫でると、僕はメニューを開いた。


「じゃあ、僕は自分の部屋に帰ってからログアウトするから」


「うん、私もクランの人に宿取ってもらったから、そこで落ちるね」


 僕は実に別れを告げると、早足で自分の宿に帰った。



 ガチャリ、インベントリから出した鍵でドアを開けると、中ではメトが椅子に行儀正しく座り、本を読んでいた。が、僕が帰ってきたのを見ると直ぐに席を立って礼をした。

 そう、メトとエトナもこっちに付いてきていたのだ。


「おかえりなさいませ、マスター」


 ぺこりと頭を下げて言うメト。最初の方はこういう態度にも慣れていなかったが、今では恭しく頭を下げられても普通に挨拶を返せるようになった。


「ふぅ……ただいま。あれ、メトだけ?」


「はい。エトナさんは師匠に会いに行っているそうです」


 あー、そっか。師匠はファスティアの方にいるから、顔出しに行ってるんだね。


「ふぁぁ……じゃあ、ごめんけどもう僕は寝ようかな」


「はい。ごゆっくりお休みください」


 メトはまた頭を下げると、棒立ちで僕を見ている。僕が寝るまで椅子に座りなおす気は無いのだろう。


「あ、そうだ。これ、お土産ね。本買ってきたよ。あと、お菓子も買ってきたからエトナと分けて食べてね」


「! ありがとうございます。後でしっかりと読ませて頂きます。三回ほど」


 やっぱり、メトはこういうプレゼントが一番喜んでくれるみたいだ。本とか図鑑とかね。


「うん、三回は読まなくて良いけど、最近人気の本らしいから読んだら感想聞かせてね。面白そうだったら僕も読みたいし」


「はい、了解しました。ありがとうございます」


 珍しく感情が見えているメトを微笑ましく眺めてから、僕はベッドに潜り込んだ。


「……おやすみ」


 僕の指がログアウトを選択すると、力がスッと抜けていき、まるで魂が肉体から乖離していくような感覚と共に僕は意識を失った。






 ♦︎




 翌日、僕たちはせっせことサーディアに帰る支度を整えていた。


「部屋の荷物は大体片付いたかな?」


「はい、そうですね。ていうか、もう全部片付きましたよ。インベントリっていうスキル、凄いですね」


「うん。まぁ、凄いけど次元の旅人なら全員漏れなく持ってるし、エトナだって影に仕舞えるでしょ?」


「いや、仕舞えますけど……許容量が違いすぎますよ」


 確かにね。僕らのインベントリからはほぼほぼ無制限だ。ネロの空間魔術で拡張した袋や、エトナやネルクスの影収納とは容量が違う。


「確かにね……あ、そうだ」


 僕はインベントリから赤い珠を取り出した。


「緋珠玉。これ、エトナに使っとこうと思ってさ」


「え!? いやいや、私なんかに勿体無いですよっ!」


 誰に使うかは迷ったが、結局エトナに使うことに決めた。


「いや、だってエトナが一番レベル高いから。これからレベルが上がりづらくなるし、ね?」


「うー……分かりました」


 エトナが申し訳無さそうにメトを見る。メトは無表情のまま頷いた。


「じゃあ、使いますけど……うわ」


 エトナが赤い石を胸に当てて取り込むと、エトナの体内が赤く発光した。


「凄い、体が熱いです……あ、治ってきました」


「大丈夫? 大丈夫なら早速やるけど」


 エトナがコクリと頷いたので、僕は解析(スキャン)でステータスを開いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 Race:影を歩く者シャッテン・ゲンガー Lv.71

 Job:影の暗殺者シャドウ・アサシン Lv.25

 Name:エトナ・アーベント

 HP:374

 MP:396

 STR:443

 VIT:298

 INT:292

 MND:354

 AGI:763

 SP:110

 AP:46


 ■スキル

 □パッシブ

【HP自動回復:SLv.7】

【MP自動回復:SLv.7】

【気配遮断:SLv.9】

【気配察知:SLv.8】

【魔力視認:SLv.4】

 ……etc.


 □アクティブ

【暗殺術:SLv.8】

【闇魔術:SLv.7】

【短剣術:SLv.6】

【体術:SLv.5】

【剣術:SLv.4】

 ……etc.


 □特殊スキル

影を歩く者シャッテン・ゲンガー

影の暗殺者シャドウ・アサシン


 ■称号

『二つ名:影刃』


 ■状態

【従魔:ネクロ】

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うわぁ、いつ見てもやばいステータスだね。そして、緋珠玉で追加されたAPは46のようだ。


「じゃあ、どれ上げたい?」


「そうですね……素早さで」


 素早さ、AGIかな。うわ、やっば。AGI:809って。瞬足履いてるってレベルじゃないよ。


「エトナって本気で走ったことある?」


「え? あんまり無いですけど。最近は特に無いですね」


 うん。本気で走ったら多分衝撃波出ると思うよ。ソニックブームってやつ、出るよこれ。


「ていうか、SPちょっと溜まってるね。使っちゃう?」


「あ、はい。使います」


 その返事を聞き、僕がステータスを開き直した瞬間……コンコン、ドアがノックされる音がした。

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