第69話 僕は皆さんにお礼がしたいんです
いよいよ今日から、2週間の座学特別授業が開始。
レミア先生の授業って不安がいっぱいだったけど、そんな不安はもう始まってすぐに消し飛んだよ!
「ここはー・・・こうなるでしょ? だからほら、こっちがこうだからー、それがここにこう来てみたらー・・・そうしたらほらね、こっちもこうなっちゃった。・・・どう、簡単でしょう?」
ビックリするくらい分かりやすい!
特に、噛んで含めるって感じの説明がワルツとネッガーに丁度良かったみたいで、ふたりともすっごく勉強が捗ってるみたい。
しかもどの教科も全部そんな感じで分かりやすい! ますますビックリだよ。
それなのに何で普段は授業をやらないんだろう? って言うか、いつもホームルーム以外の時間は何をやってるんだろう? うーん、不思議。
そんな感じで、一日が終了。
この期間は放課後の訓練はお休みで、代わりに個別の強化週間だって事になった。
アーシュとノルトとワルツの3人は、ベルベルさんの店で魔法の訓練。
ベルベルさん、ミレアさん、オートカさんが先生だって。まさか
そして僕とネッガーは・・・
「お待たせしました。じゃあ行きましょうか」
ピノさんに連れられてヒトツメギルドに。
「あの、ピノさん? 転移だったら僕がネッガーを連れてここに来た方が・・・」
「ダメですよカルア君。それはダメです」
珍しくピノさんがはっきりと拒絶。
「ええっと・・・それってどうして?」
「だって、カルア君の転移で来る事にしたとして、他の子たちが『一緒に行きたい』って言ったらどうする? カルア君、断れないでしょう?」
「ええと・・・はい、絶対に断れない自信があります!」
特にアーシュとワルツ。
「でしょ? だからほら、私が連れくるっていう事にすれば、みんなもカルア君にお願いする訳にはいかなくなるから。限られた期間なんだから有効に使わなきゃね。ネッガー君も私も」
え? 僕も、じゃなくて?
「さあ、じゃあギルマスの部屋に行きましょう」
そんなピノさんについて僕たちはギルマスの部屋に。
「よし、では早速始めよう。ネッガー君、私から君に教えるのは『気配察知』だ。これは目や耳だけに頼らず、『五感』に魔力感知を加えた『六感』全てを使って、周囲の状況を把握する技術だ。これにより、相手の動きを見て対応するのではなく、『先読み』によって相手より先に動作を開始する事が出来るようになる。つまり、『気配察知』は強化した自分の速度に上乗せできる技術、という事だ」
「はいっ! 是非よろしくお願いします!」
おおっ! ネッガー、すごいやる気だ!
「うむ、では早速始めよう。実際の訓練は森で行う。カルア君、我々を連れてフィラスト付近の森に転移を頼む」
「はい」
じゃあいつものあそこかな。よし、転移っと。
「うむ、ありがとう。相変わらず見事な転移だな。さて最初に説明だが、『気配察知』には大きく2つの手法がある。それは、『アクティブ型』と『パッシブ型』の2つだ。まずは『アクティブ型』だが、これは周囲に放出した自分の魔力により状況を把握する手法だ。一部の魔物が使用したり、あとは魔法トラップのトリガーに使われる事もあるな」
ああ! フィラストダンジョンの調査でオートカさんが言ってたっけ。
魔法罠のスイッチ!
「だが、先日聞いた君の話から推測するに、『アクティブ型』は恐らく君にはあまり適していないと思う。なので、君に教えるのは『パッシブ型』だ。『パッシブ型』は、自身の六感、『視覚』『聴覚』『嗅覚』『味覚』『触覚』『魔力感知』の全てを強化し、それらから得た情報を脳内で映像として構築する事で周囲の状況を把握する技術だ。つまり、『身体強化』の応用技術という事だな」
「おお! 身体強化! それだったら!!」
「うむ。実に君向きな技術と言えよう。それでカルア君だが、君には空間把握があるからおそらくこの技術は不要となるだろう。と言う事で、ここからはネッガー君と一対一の指導になる。終わったら通信するから、すまないがそうしたら迎えに来てもらえるか?」
「はい。分かりました」
説明を聞いてて、僕もそうだろうと思ったしね。
多分時間をかけて習得しても使わないと思う。
でも、感覚強化だけはやってみようかな。
もしかしたらクーラ先生の動きが見えるようになるかもしれないし。
あと、『味覚』強化でピノさんのご飯の感想を強化っ!!
という事で、ギルドに戻ってきたけど、夕方の混雑が始まってピノさんも忙しそう。
どうしようかな・・・
あ、今までずっとやりたかった『アレ』をやろう。
という訳で、家へ!
ご近所の奥様方に挨拶してから家に入って、そのまま台所へ。
僕がやりたかったアレ、それはその奥様方へのお礼。魔石鍋をプレゼント!
魔石を使った魔道具もだんだん世の中に浸透してきたし、今ならプレゼントしても大丈夫なはずだよね。
ピノさんに火魔法を付与してもらった初期型、加熱と冷却を付与した第二世代、それにご飯を炊く専用鍋と、これまで鍋も少しずつ進化してきた。
今回作るのは・・・専用鍋はピノさんに付与をお願いしないといけないし、使うかどうかも分からないよね。
って事で、第二世代に決定。
ああそうだ、せっかくだから包丁も作ろう。
金属を・・・あれ?
そう言えば・・・金属って必要?
魔石だけで・・・いいんじゃない?
んー・・・よし、魔石包丁に決定!
今まで作った剣とか包丁に付与した魔法って何だったっけ。
ええっと、空間ずらしとか、空間の断面とか、時間停止とかだったかな。
今日のは料理道具なんだから、もう少しシンプルな作りに出来ないかなあ・・・
よし、まずは必要な機能から考えてみよう。
包丁に付けたい機能って、何だろう。
ピノさんは切った物が貼りつかないようにって言ってたっけ。
あとは・・・切れ味が悪くなったり
それをシンプルに作ろうとすると・・・
あれ? もしかしてこれって『錬成』だけで出来なくない?
切れ味とかは『錬成』で刃先を整えればいいし、貼り付きとか汚れは表面の『分離』で解消できそうだし。
ああそうだ。『錬成』って言えばノルトの『分解』、あれってちょっと変化させてあげれば、きっと細かく切る事だって出来るはず。だって見た目『粉砕』だったし。ひと息で野菜をみじん切りとか、すっごく便利じゃない?
だから、包丁を錬成で整える機能と、錬成による食材のカット!!
包丁に切り方のイメージを流して、包丁がそれを食材に伝える!
みじん切りだけじゃなくって輪切りとか千切りとか。
自分で切ってもいいし包丁に任せてもいい。
これって画期的じゃない?
試作したらピノさんに見てもらおう。
あ、でも包丁なんだからやっぱり安全が第一だよね。
食材以外は切れないようにしとこう。
これで切れるのは、食材の肉とか野菜だけ。うん、いいんじゃないかな。
よし、まずは鍋から。
大きさと形を決めたら、加熱と冷却で温度調整出来るように、っと。
蓋も忘れずに付けなきゃね。
あ、鍋の中に井戸から水を直接『お取り寄せ』出来たら便利じゃない?
でも、奥様方が集まる機会が減っちゃう! って文句言われるかも。
でも付けちゃお。ふふふ。
さあ、次は包丁。
形はうちの包丁と同じにして、『錬成』を付与して・・・
よし、出来た。
んー・・・透明な包丁ってちょっと見えづらい。
これって危ないかも。どうしよう・・・
そうだ、属性が付与できるんだから、もしかして色だって付与出来るんじゃない?
魔石君、いや包丁君。君の気品はとってもシルバー!
おおっ、ホントに出来たぁー。
『カルア君、聞こえるかね。そろそろ迎えを頼む』
おっと、ネッガーの方は終わったみたい。
「はい、ちょっとだけ待っててくださいね」
テーブルの上をちょっと整理して、転移!
「うむ、なかなか良かったと思う。これなら明日か明後日には基礎が習得出来そうだな」
「はい! ありがとうございます」
お、ギルマスたち今日の総括的な話をしてるみたい。
「基礎が習得出来たら次は実践だ。まずは森の中で、次はダンジョンの中でだ。ダンジョンである程度練度が上がったら、次はカルア君が発見した魔物部屋で訓練する」
「はい」
え? あそこで訓練するの?
「魔物部屋で訓練するんですか?」
「おおカルア君来てくれたか。うむ、全方向からの飽和攻撃は気配察知による回避や攻撃の訓練に丁度よさそうだからな。その時はまた君にギリーを頼むとしよう。」
「ふふ、ギリー承りました」
ネッガーを送り届けてからギルドに戻ると、ピノさんの仕事も終わったみたい。
「じゃあ帰りましょうか」
「はいっ!」
転移でパッと移動するのは便利だけど、こうして話しながら歩くのはすごく楽しい。
そう、転移しちゃうのがもったいないって感じるくらいに。
「ビックリして振り返ったら、ワルツがいて・・・」
「まあ、ふふふ」
「そしたら何と、ノルトが・・・」
「えー、大丈夫だったの?」
「ただいまーーっ」
家に到着。
「じゃあピノさん、さっき話した鍋と包丁を見てもらっていいですか?」
「ええ。このテーブルの上に並んでるのがそう?」
「はい!」
ピノさんが鍋をもって色々と見回して、
「うん、とっても使いやすそう。カルア君のお鍋よりちょっと大きくしたのね」
「ええ。家族全員分でちょっと大きめな鍋を使ってるみたいだから」
「そっか。機能はこの間作った鍋と同じ?」
「はい。あの温度調節の鍋にしました。あ、でも井戸の水から直接水を取り込む機能も付けたんですよ」
「まあ! それは便利ね。使う人の事を考えたいい機能だと思うわよ」
「でも『井戸に集まれなくなるじゃないか』って言われそうな気もして」
「ふふっ、あるかも。それも使う人の事を考えたって言うのかな?」
「あははははっ」
次は包丁。
「あら? これは普通の包丁?」
「ふふふ、実はこれ、魔石だけで作ったんですよ。金属っぽい色を付与して」
「へえ。色の付与なんて出来たのね。これってロベリーから?」
「いえ。ちょっと試してみたら出来て。属性が付与できるんなら色だって出来るんじゃない?って思って」
「それって面白いわね。今度ロベリーにも教えてあげたら?」
「そうですね。言ってみます」
「やっぱり、これにも何か付与してあるのよね?」
「便利機能をいくつか。研ぐ必要が無いように刃先だけ『融解』『凝固』で整えるとか、汚れや切った物が貼り付かないように『分離』とか」
「へえ。今まで時空間魔法でやってた事を錬成で実現したって事ね」
「はい。出来るだけシンプルにしてみたくって」
「うん、いいと思う」
「あとオリジナル『錬成』で、刃を立てたらイメージ通りのカットができる機能を付けてみたんです」
「え!? それって凄い事なんじゃないの?」
「んー、でもノルトのをちょっと変化させただけだし。試してみてもらっていいですか?」
「そうね。やってみましょう」
ジャガイモに刃を当てて「皮むき」
ニンジンに刃を当てて「皮むき」
玉ねぎに刃を当てて「皮むき」
ジャガイモに刃を当てて「角切り」
ニンジンに刃を当てて「角切り」
玉ねぎに刃を当てて「ざく切り」
肉に刃を当てて「角切り」
「あのカルア君、この包丁、刃を当てただけで・・・」
「やった! 成功です! ちゃんとイメージ通りでしたよね?」
「ええ、イメージ通りよ。・・・でもカルア君これダメ。これは付けちゃいけない機能よ!」
「え?」
すごく真剣な表情で僕を見るピノさん。何故?
「聞いてカルア君。何でも便利にする事が正しい事じゃないの。確かに刃を当てただけで何でもイメージ通りに切れちゃうなんて、すっごく便利で素晴らしい機能だと思う。でもね、もし私がこれを使ってご飯を作ったとして、カルア君に『私が作りました』って胸を張って言えない気がする。何だか、『最初から出来上がっていた料理をそのまま出しました』みたいな気持ちになっちゃうと思うの」
ええっと・・・
「そうね・・・例えばカルア君が森に狩りに行った時に、突然目の前でフォレストブルが岩に頭をぶつけて死んじゃったとするでしょ。そのフォレストブルを持って帰ってきて、『僕が狩ってきました』って私に言える?」
「そ、そんな事絶対に言えません!」
「でしょ? それと同じ気持ちになっちゃうのよ」
そんな・・・
「多分、これを貰った人も同じ気持ちになると思う。それに、もしこれが当たり前の機能になっちゃった時、世界中の人から『包丁で食材を切る』っていう技術が失われる事になる。みんな、カルア君の包丁が無いと料理が作れなくなっちゃうのよ」
それじゃあ、僕のした事って・・・
「そっか・・・それが『便利にする事が正しい事じゃない』っていう事、なんですね」
「どう? 分かってくれた?」
「はいピノさん。よく分かりました。・・・僕はみんなから『料理する事』を奪おうとしてたんですね」
僕の声にピノさんはニッコリと笑って、
「ええ、そうなっちゃうと思う。多分ね、これの行き着く先って、『鍋の中に全部の材料をそのまま入れて魔力を注ぐだけでカレヱライスが完成する』魔道具になると思うの。ね、カルア君だったらそんな魔道具も作れるんじゃない?」
「えっと・・・はい、作れそうな気がします」
「でしょ? もしその魔道具に材料を入れたのが私だとしても、それってもう私が作った料理じゃないよね? それは味が良いだけの味気ない料理。やっぱり『便利』には超えちゃいけない一線がある気がするんだ」
そして・・・
ピノさんに言われた通り、錬成カットを外してから鍋と包丁は奥様方に配って。
使い方を見せたら狂喜乱舞されて。
とっても考えさせられた、でもとっても楽しい夜でした。
あと、カットした食材はあとで僕が使えるように、そのままボックスに収納した。
そして、あらためてピノさんが作ってくれたカレヱライスは、やっぱりとっても美味しかった。
翌日。
今日もネッガーとギルマスを森に送り届けて。
今日作るのはお世話になった冒険者のみんなへのプレゼント。
といっても奥様方へのプレゼントとほぼ同じなんだけどね。
鍋と包丁のセット。
違いは携帯性かな。
鍋って持ち歩くのが大変なんだよね。
だから、持ち歩く時は四角いブロックの形で、魔力を流すと鍋の形になるように。
この機能だったらみんなの迷惑にはならないはず。だって魔法の鞄を使うのと同じようなものだから。
水のお取り寄せは、ヒトツメの街の一番大きな井戸からにしておいた。
機能を外す事も考えたけど、水は命に関わる事だから付ける事に決めたんだ。
包丁はほとんど同じ。
ひとつだけ追加したのは、刃先の鋭さを変更する機能。
解体する時って、切れ味が鋭いほうがいい場合と逆に悪いほうがいい場合があるから。
例えば皮を剥ぐ時。鋭すぎると皮に穴を開けちゃったり切り落としちゃったりとかね。
だから、持ち歩くナイフが一本ですむようにって。
日帰りだったら貸し出し用の魔法鞄に全部入れちゃって帰ってくるだけだけど、野営が必要な時には魔物は食材になるからね。きっと重宝するはず。
みんな喜んでくれるといいなあ。
その翌日、ヒトツメギルドにて。
「ギルマス、事件です!」
ノックもそこそこに、ギルドマスターの執務室にパルムが飛び込んできた。
「む? どうした? パルム君がそれほど慌てるのも珍しいな」
一旦息を落ち着かせ、パルムは報告を続けた。
「昨日、カルア君がお世話になった冒険者たちに『お礼』を配ってたのをご存じですか?」
「ああ、確か野営用の鍋と包丁のセットだったと聞いているが」
「ああやっぱりギルマスもそれくらいの認識でしたか・・・」
「待て! 何やら猛烈に嫌な予感がしてきたのだが・・・まさかそのセットに問題が?」
そしてパルムはその問題の「野営セット」を取り出した。
「実はカルア君、『ギルドの皆さんもどうぞ』とか言って私たちにも配っていったんです。昨日は忙しかったからそのままにしてて、今朝のラッシュが落ち着いてから中を確認したんですけど、そしたら取説が付けてくれてあって・・・」
思わず生唾を飲み込むブラック。
「とりあえず、取説を見てください」
そう言ってパルムは、取説とセット一式をブラックに差し出した。
そこに書かれていたのは・・・
◇◇◇◇◇◇
野営用キッチンセット
【鍋】
魔力を流す度に、ブロックと鍋に変形します。
鍋に水が入るように念じると、ヒトツメの街の井戸水を取り寄せ出来ます。
鍋の温度は自由に上げたり下げたりできます。
こびり付きや焦げ付きがないので、ブロックに戻すだけで片付け完了です。
【包丁】
念じる事で刃の切れ味を変える事が出来ます。
刃先は自動で整うので、刃毀れなどはありません。
脂や汚れは刃に付きません。
料理用なので、食材しか切れません。
◇◇◇◇◇◇
読み終わったブラックは頭を抱えた。
「こ、これは何という・・・」
「ええ。明らかに性能が高すぎます」
「ああ。・・・だが安心したよ。これなら単なる国宝級だ」
「いやあのギルマス? 『単なる国宝級』って、言葉として何かおかしいのでは?」
「む、いかんな。私も感性がマヒしているようだ。だが今はいい。それよりも最後の一文のほうが気にかかる。よし、検証してみるとしよう。パルム君、解体室に行くぞ」
「はい」
解体室に来たふたり。
「どうした、ここに来るとは何かあったのか?」
「おお班長。なに、昨日カルア君が配ったというこれの検証に来たのだ」
「ああ、これか。わしも貰ったが、そう言えばまだ見とらんかったな」
「うむ。解体する魔物はあるか? 食材にならないものがいいのだが」
「それだったら、ちょうどゴブリンがあるぞ。遠征に行った奴が他のと一緒に魔法の鞄に突っ込んで来おってな。困ったもんだ」
そう言って作業台の上にゴブリンを置く班長。
「ではこれで試させてもらうぞ」
ブラックはゴブリンに包丁の刃を当て、引いてみる。
「ふむ、やはり切れんか」
そして次に、
「ゴブリンは食材、ゴブリンは食材、ゴブリンは食材・・・私は今日これからこのゴブリンを・・・食べる!」
そう呟きながらカッと目を見開き、気持ちを入れて包丁の刃を引く。すると、
「切れた・・・」
ゴブリンに当てた刃は、大した抵抗も感じずにゴブリンの肉を切り進んでいった。
顎に手を当てて思案するブラック。
「班長、この包丁でゴブリンを解体してみてくれ」
「む? 構わんが・・・」
包丁を受け取った班長は、ゴブリンに包丁の刃を引いた。
「何だこれは? まるで切れんぞ」
「・・・やはりな。つまり『書いてある通り』という事か」
「それはどういう事だ?」
意味が分からないという表情の班長に、ブラックが取説を見せた。
取説を読み進み、最後の一文に目を止めた班長。
「さっきぶつぶつ言ってたのはこれか。食材だと思えば切れる、そういう事か・・・」
パルムに目を向けたブラックは、彼女にひとつの指示を出した。
「パルム君、これを受け取った冒険者全員に注意事項の通達を行う。本日夕方ギルドに集合するよう伝えてくれ!」
そしてその日の夕方、集まった冒険者とギルド職員に対し、ブラックから『野営セット使用上の注意』が通達されたのである。
「全員よく聞け。この野営セットは非常に性能が高い。高すぎると言っていい。よって、使用そのものを禁ずる事はないが、いくつかの禁止事項を設ける。まずは売却の禁止。もしどうしても売却が必要となった場合は申し出るように。その際はヒトツメギルドが買い取る。次は情報漏洩の禁止だ。今ここにいる者以外にこの野営セットの情報を伝える事を禁ずる。これらは製作者であるカルアの身の安全を守る為だ」
ブラックが冒険者たちを見回すと、当然と言った表情で全員頷く。
「そして最後に、本来食材となり得ないものに対する使用、そして料理と解体以外での使用を禁ずる。いいか、取説に書いてある『食材以外は切れない』ロックだが、実は食材かどうかの判断は包丁ではなく使用者によるものだ。使用者が『これは食材である』と強く認識すれば、例えそれが食材でなくともロックは解除され、何でも切れる万能ナイフとなってしまう。したがって、これは君たちが冒険者として培ってきた技量が落ちる事を防ぐ為の禁止事項だ。いいか、道具に溺れるな! 以上だ」
その後ピノから、最初に作られた包丁のスペックがブラックに伝えられた。
錬成カット機能の搭載が阻止されていた事を知った時の彼の表情は、まるで母に抱かれた赤子のようだったという。
傷だらけの彼の胃壁は、ピノによって守られたのである。
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