第65話 僕はみんなの事がすごく心配です
「トラウター、あんたはどうすべきだと思う?」
そうマリアベルが問うたその相手は、ベルマリア家現当主のトラウター・ベルマリア。ララベルの夫でアーシュの父親である。
「カルア君・・・私の甥にあたる彼を我が家に迎え入れるべきか否か。正直私としては、彼とは直接の面識がない以上、彼の人格等による判断はつきかねます。ですが、お聞かせいただいた彼の生い立ちや境遇を考えると、我が家に迎え入れるべきではない、と思います」
「なっ!? 何故なのお父様!? カルアはすっごくいいやつなのよ!? それに・・・」
激昂しかけた娘に応える父トラウター。
「落ち着きなさいアーシュ。先ほど言った通り、問題は彼の人格等ではないんだよ」
そのトラウターの言葉に、マリアベルが問いかける。
「ほほう、ならあんたが考えるその『問題』っていうのは?」
「それは彼、カルア君の抱える『危機』というものに対する懸念です。リアベルさんが姿を隠す必要があった根本の原因が、もしベルマリア家と彼の繋がりによるものだったら? その場合、我が家が彼を迎え入れる事が彼の死に繋がる、その可能性が否定できないのではないでしょうか」
聞いたばかりの話から無視できない可能性を見つけ出し、理路整然とそれを語るトラウター。愛する娘から「ついでに」呼ばわりされた彼は、しかしベルマリア家当主として相応しい能力の持ち主である。
その彼が提示した可能性に、マリアベルは唸る。
「確かにその可能性はあるね。それがもし「当たり」だとしたら、カルアとうちの関係を大っぴらにする事で、カルアの命に危険が迫るという事か・・・」
マリアベルはしばし考え、そして結論を出す。
「よし、じゃあカルアを我が家に迎えるのは保留、カルアがベルマリア家の血縁であることは対外的には秘密とする。カルアを迎え入れるのは、『危機』を全て乗り越えてリアベルも帰ってきてからとしよう。みんな分かったね? トラウター、秘密保全を手配しな。ララベル、アーシュ、あんたたちはこの事を口外禁止。特にアーシュ、学校では絶対に気をつけるんだよ? あんたの口にカルアの命が掛かってると考えな」
全員神妙な面持ちで頷く。
アーシュもカルアの命が掛かっていると言われれば、もう無理を言うつもりはない。
何より、数年間待てばいいだけなのだから。
「あたしもあの連中にきっちり口止めしとかなくちゃあね。しっかし一番心配なのが当の本人のカルアってのは、まったく何とかならないもんかねえ」
ギルド本部インフラ技術室、室長室。
「それで室長、昨日のパーティはいかがでした?」
室長であるモリスにそう尋ねたのは、彼の秘書に加え、特殊付与担当という肩書きがついたロベリー。
「うん、とってもスリリングで想定外だらけなパーティだったよ。すまないね、ロベリー君もチームカルアのメンバーなのに参加させてあげられなくって」
「かまいませんよ室長。私と室長の両方がいなかったら、こっちが大変な事になっちゃいますからね。それに、スリリングで想定外だらけなパーティなんて、むしろ積極的に避けていきたいところですし」
それからモリスは昨日の一部始終、想定外に次ぐ想定外をロベリーに話した。
「はあぁ・・・、それは何とも大変でしたねえ。まあカルアくんがパーティのメンバーに受け入れられたっていうのはよかったですけど、そのあと死んだはずの母親と突然再会して、自分の命の危険を伝えられて、さらにあの『ベルマリア家』の血縁だったとか・・・。これってお芝居とかだったら『盛り過ぎ』って批判されちゃうレベルですよ? カルアくん、相変わらずドラマチックに生きてますねえ」
思わず出たロベリーの溜息に、モリスは笑顔を深める。
「本当だよねえ。いやあ、カルア君と出会ってからっていうもの、本当に毎日が充実してて楽しくって仕方がないよ。『家』にいた頃は、こんな事絶対に考えられなかったからねえ」
「そうそう、そのご実家にはまだ戻らなくていいんですか? エピング家っていったら、かなりの名家じゃないですか。また催促のお手紙が来てましたよ?」
毎月のようにモリスの実家から届く、モリス宛の手紙。
それをまったく気にしないモリスに、むしろロベリーのほうが気になってしまう。
「気にしない気にしない。もともとお互い縁を切るつもりで家を出たんだよ? それから自力で学校に入って、自力で今の地位を手に入れたんだ。今さら何を言ってきても聞くつもりはないし、僕も『エピング』を名乗るつもりはさらさら無いしね」
そしてモリスはこの話を打ち切る。
「さあ、もうこんなつまらない話はおしまい。ああ、それとロベリー君、カルア君に関しては今回もやっぱりチーム以外秘密って事でよろしくね」
「ええ分かってます室長。『いつもどおり』って事でしょ?」
「そうそう、いつも通りいつも通り。世は全てこともなしってね」
「いえ、いつも通り『ことがありまくり』なんですって、室長・・・」
王都、マイケル工房にて
「おうマイケル兄貴、来たぞ」
「何じゃミッチェル、また来おったんか。まあええ入れ入れ。ミヒャエルの奴も来とるでな」
「ほうかほうか、そいつあ丁度ええ。今日は面白い話を持ってきたんじゃ」
ふたりは店の奥の作業場へ。
そこには、作業台で剣の鞘に向かい一心に細工を施すミヒャエルの姿があった。
「兄貴、ミヒャエルの奴、ありゃあ一体何やっとんじゃ?」
自身の工房ではなく兄の工房で作業をしている弟の姿に、疑問を感じたミッチェル。
「おお、実はな、王宮からちょっとばっかし面倒な依頼が来ちまってよ、ミヒャエルの奴に手伝って貰っとったんじゃ」
「はっはあ、なるほどなあ」
マイケルの説明に納得げな表情を浮かべるミッチェル。
「兄貴が剣を打ってミヒャエルが飾りの細工ってえ事じゃな。王宮からの豪華絢爛仕様じゃあ、面倒この上ないのう」
そんな弟の感想にマイケルは苦笑い。自分も同感だったから。
「まったくその通りじゃよ。わしの方で荒いところまで完成させて、あとはミヒャエルの作業じゃったじゃが、もうそろそろ終わる頃じゃ。話はそれからでいいか?」
「おお、構わんよ。何ならわしも手を貸すぞ。ガラス細工も追加するか?」
「いや、ありがたいが今回はええわい。隙間なくびっちり細工を施しちょるから、もう入れる場所が残っちょらん」
「そりゃあ・・・本当に面倒な依頼じゃったんじゃなあ」
そんな話をしているうちに、作業を終えたミヒャエルが顔を上げた。
「なんじゃミッチェル兄貴、来とったんか」
「おお、ついさっきな。そっちは作業完了か?」
「おお、全部完了じゃ。ほれマイケル兄貴、一応確認しちょいてくれ」
ミヒャエルから鞘を受け取ったマイケル。
ひと通り眺め、
「大丈夫、すべて注文通りじゃ。もし王宮の奴らがこれで納得せんかったら、わしはもう二度と奴らの依頼は受けんわい!」
居間に場所を移した3人。
「それでミッチェル、さっき言っとった『面白い話』ってのは何なんじゃ?」
そのマイケルの声にミッチェルは、
「まあ待て待て。まずはこれからじゃ」
そう言って、魔法の鞄から透明なジョッキを3人分取り出し、酒を注いだ。
「「おお、すまんな」」
ふたりはそのジョッキを手に取り、同じくジョッキを持ったミッチェルとともに、ひと息でそれを空ける。
「「「ふううぅぅぅ・・・」」」
すかさずミッチェルが次の酒瓶を取り出してふたりのジョッキにそれを注ぎ、
「次は飲む前にジョッキに魔力を流してみてくれ」
それを聞いたふたりは目を輝かせる。
「ほほう、そうするとこのジョッキに何かあるんじゃな?」
「おう。まあ、やってみてくれりゃあ分かるわい」
ニヤリと笑うミッチェル。
ふたりは言われた通りジョッキに魔力を流し、そしてまたひと息に。
「おおおおっ、こいつはよく冷えちょる! っちゅう事はつまり、このグラスは魔道具って事じゃな?」
「聞いたぞマイケル兄貴。カルアに剣を打ってやったそうじゃな」
マイケルの問に直接答えを返さず、そう話を進めるミッチェル。
「おお。あれは面白かったぞ。詳しいことは言えんがな」
「なに構わん。もともとカルアに相談を受けちょったのはわしじゃ。全部知っちょるよ。それにミヒャエルにも話して構わん。じゃがミヒャエルよ、こいつは他言無用じゃぞ?」
「ふん、わしじゃって職人じゃ。聞いた事を他で喋るような真似はせんわい」
そんなミヒャエルの応えに、分かってるとばかりに頷くミッチェル。
「がはは、なんも疑っちょりゃあせんよ。単なる確認じゃて。それでこのグラスなんじゃが・・・実はの、その剣に使われた、例の魔石で作っちょるんじゃ」
「じゃと思ったわい。じゃから『氷魔法』を付与できたっちゅうんじゃろ?」
ネタが割れたとばかりにそう答え、一気に興味を失ったマイケル。
「がははは。まあ待て、話はこっからなんじゃ。実はの、最近発表されたんじゃが、この世に『氷魔法』なんちゅう魔法は存在せんのじゃ」
それを聞いた同じ顔した兄弟は、一瞬その言葉を頭の中で咀嚼し、そして・・・
「「なっ、何じゃってぇーーー-−っ!!!!」」
仰け反り叫んだ体勢から一転、ぐっと身を乗り出したふたり。
そのふたりにミッチェルは、発表された最新の魔法解釈を説明した。
「何と・・・『氷魔法』が『冷却』で、しかもその反対の『加熱』魔法・・・」
「おまけにそいつはどっちも『錬成魔法』の一部じゃったっていうんか!?」
「おう、その通りじゃ。それでの、その発見をしたのが何と、カルアなんじゃよ」
「「なっ、何じゃってぇーーー-−っ!!!!」」
再び驚きの声を上げるふたりに、ミッチェルの追撃は続く。
「でな、そのカルアの友達にノルトっちゅう奴がおってな、こいつがまたとんでもない奴なんじゃよ。なんと生木に錬成を掛けて中の水分を飛ばしたり、『分解』やら『癒着』っちゅうオリジナルの錬成を開発したりとな、カルアにも全く引けを取っちょらん。いやあ、わしらもまだまだじゃ。錬成っちゅうのは本当に、奥が深いのお」
そこから始まった錬成の談義は日が暮れてなおも続き、そして錬成種族ドワーフ達の夜は
「ねえオートカ先輩、あのワルツって子の事、どう思いました?」
応用魔法研究所所長のミレア。
魔法の軍事利用の研究に携わる彼女だが、今日は仕事ではなく、長年の恋が実り先日恋人となったばかりのオートカと、ふたりきりの時間を過ごしている。
「そうですね、『氷魔法』特化型だと思っていたところが、実は解釈の変化によって『物質干渉』系の魔法を扱える可能性が見え、実際に『加熱』を習得したという事でしたね」
一方のオートカは、基礎魔法研究所の所長である。
こちらは魔法や魔力に関する基礎研究を行う研究所で、その成果は民間などでも広く利用されている。
「パーティの時に見せてもらった、あの『加熱』と『冷却』、あれって地味に見えて結構とんでもない事してましたよね」
会場でのワルツの様子を思い出しながら、ミレアはオートカに問いかけた。
「流石ですね、ミレアさんも気付いていましたか。あの魔法、ワルツさんはどちらもかなり高度に使いこなしていました。あのレベルでの温度操作、あれは実は途轍もない技術です。温度の変化というのは応用範囲が非常に広く、しかも物質の反応の変化の鍵ともなり得る。実に基礎研究向けの能力と言えるでしょう」
そんなオートカの言葉にミレアは、
「あら先輩、だったらむしろ軍用技術の方が彼女の能力が引き立つと思いますよ。温度は分かりやすい力。だって熱くても冷たくてもダメージを与えることが出来るんですもの。触媒さえ用意してあげれば火魔法を越える事もできそうだし、それに爆裂系への発展だって。すっごくうちの研究所向けじゃないかなあ」
「おやおや、これはライバル出現というところですね」
「はいっ! それはそれ、これはこれですからね。オートカ先輩、負けませんよー」
若干の緊張感を発しながらも楽しげなふたり。
今のふたりにとっては、これもちょうど良いスパイスなのだろう。
「しかし、それだけに心配です。果たして彼女はこの先、カルア殿からどのような影響を受けるのか・・・」
「そうですよねー。だって『物質干渉』ってつまりは『物質操作』だし。あれだけ干渉が上手なあの子が、あの弟弟子君レベルの『あっそうだ』をやり始めたら・・・。あれ? 何だか、ものすごく大変な事になっちゃいそうな気がする」
ふたりはあらためて『物質干渉』の脅威を噛みしめる。
「だって、この世界を構成する全てに『干渉』できるって事ですもんねー」
「ははははは、我々でフォローできる範囲で成長してくれる事を期待し・・・いや祈りましょう」
オートカとそんな話を交わし、そしてミレアはふと思いついた。
「あ、あの本また改訂しなきゃいけないじゃない・・・」
ヒトツメギルドのギルドマスター執務室。
本ギルドのギルドマスターであるブラックは、ちょっとした案件の報告で訪れた受付嬢のピノと雑談を交わしていた。
「ピノ君、昨日のパーティでネッガー君から相談を受けたのだが、彼は今クーラ君から段階型身体強化の指導を受けているそうなのだよ」
「ああ、あれって魔力を節約しながら最大出力を向上させる素晴らしい技術ですよね。私も一度やってみたんですけど、綿密な魔力操作が必要だし、私の身体強化とはちょっと合わないかな-って。それで小さい頃からやってきた方法に戻したんですけど・・・うん、ネッガー君にだったらピッタリの技術じゃないかな」
自身の経験と臨時講師をした時のネッガーの様子から、そんな感想を返すピノ。
「ふむ、やはりピノ君もそう思うか。ただそれだけに、あまり彼に役立ちそうなアドバイスが出来なかった事が悔やまれてな」
「ああ、せっかくのクーラさんの指導に変な影響が出ちゃったら困りますもんね」
「そうなのだよ・・・」
せっかく相談に来てくれた若き冒険者に、当たり障りのないアドバイスしか出来なかった、その事に責任感の強いブラックは思い悩んでいた。
「ギルマスの身体強化って、力よりもむしろ『気配察知』に結構な魔力を振ってますからね。それによる先読みから体術で捌く、それが戦い方の軸なんですよね」
「なっ!?」
知らせていないはずの自身の戦闘方法が、何気ない会話の何気ない口調で出てきた事に、ブラックは酷く動揺した。
「ぴ、ピノ君。君は・・・何故、私の魔力運用を?」
「え? だって見たら分かるじゃないですか。普段のちょっとした仕草とか?」
その言葉に動揺は更に深まるが、ふとある事に気付き、まるで諦めのような悟りを開いたような、そんな何とも言えない落ち着きを取り戻す。
「そうだ。この娘はあの『バーサクフェアリー』。そして昔からマリアベル氏と普通に接し、何よりあのカルア君と同様の・・・」
その独り言が誰の耳にも届かなかった事は、双方にとって幸運だったと言えるだろう。
「だったら、それを教えてあげたらいいんじゃないですか?」
そのピノの言葉にふと我を取り戻すブラック。
「『それ』というのは『気配察知』を利用した戦闘技術の事か?」
「ええそうです。それだったらクーラさんの指導と相乗効果が得られると思いますよ?」
「ふむ・・・」
顎に手を当てて考えるブラック。確かにそれならばメリットだけでデメリットは無さそうな気がする。
「よし、その方向で彼に指導してみるとしよう。ありがとうピノ君」
こうして、ネッガーの強化も着々と進行していくのである。
「はあ、昨日はホントびっくりしたよ。でも母さんが生きてて本当によかった・・・父さんにも、早く会いたいなあ」
それにしても母さん、相変わらずだったなあ・・・
「さてと、じゃあ今日は何しようかな。・・・うん、やっぱり最初は『パーティの強化』だよね。何たって、初めてのダンジョン攻略なんだから」
フタツメのセカンケイブダンジョン。ゴブリンのダンジョン。そして「スティール」を進化させてくれるダンジョン。
「うーん、剣はあれで足りてると思うし、そうするとあとは防御力かなあ。防御力、防御力・・・。防御って言えば・・・結界? でも戦いながらってなると、その場を守る結界は・・・ちょっと違うよねえ」
これまで作った結界、これまで見た結界。それってみんな、守られた場所を作ってその中に引き篭もるから・・・
「だったら自分と一緒に動く結界? でも剣で斬りたい魔物が近くに来れなくなるんじゃあ意味がないし・・・うーん・・・」
なら結界をできるだけ小さくして・・・それだけじゃあダメっぽい気がする。ならイメージとしては・・・鎧?・・・・・・ああ! それだ!!
「よし、試してみよう。僕の体に沿って空間を把握・・・うん、出来た。そして体を動かして・・・うわっ、これ難しい! 都度都度把握する空間の再取得、ううん、追い付かないよ・・・あれ? これって、この感覚って何だか以前にも・・・」
えっと、何だっけ。自分が動くと追い付かなくなる感じ・・・ああ、あれだ!
「ならあの感覚で自分と同調・・・ああ、これだ。これなら無理なく動かせる。なら後はこれに沿って結界を・・・あ、袖がはみ出した。なら自分の体じゃなくって、自分の身に纏っている物も指定範囲に・・・」
うん、これなら大丈夫そう。じゃあこれを魔石に・・・
「あれ? これ結構な大きさの魔石じゃないとダメそうな・・・でもあまり大きくなっちゃうと邪魔だし・・・」
ううん、どうしよう・・・
「あっそうだ! モリスさんから貰った20倍魔石! あれだったら入りそう! いやそれ以外にも色々入りそう」
余った容量はどう使おうかな・・・冒険者に役立つって言ったらやっぱり・・・
「『ボックス』だよね。でもそれじゃあ・・・あ! 『スペアキー』!!」
以前モリスさんが言ってた、僕のボックスだったら可能になるスペアキー。ひとつのボックスを何人かで使うことが出来るっていうアレ!
「そうだよ! あれだったらパーティ共同のボックスとしてちょうど良いじゃん! よし、それに決定!! あと他には・・・ふふっ、何を追加しようかなあ・・・」
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