雑貨屋のお手伝い。

「ラグナお兄さん、元気ない?」


 サンディがそう言って、私の顔をひょっこりと覗き込んでくる。


「そんなことないよお」


 私は気の抜けた声で、そう答えた。


 相変わらず、目がクリクリで可愛いな。

 最近サンディは、やっと私の近くに来てくれるようになった。気難しい野良猫の所に、何度も通ってやっと近寄ってきてくれた時のように嬉しい。

 アリスにはすぐに懐いたのになんでだろう。


「ラグナさんは、クラスで実地訓練に行った後からこんな感じなんです」


 振り返るとそこには、小さな箱を両手で抱えたアリスが立っていた。

 そう。私たちは今日、ウェンディの雑貨屋に手伝いにしに来ているのだ。


「それ、面白いの?」

「うーん。面白いとはちょっと違いますね。でも、ラグナさん活躍してましたよ」

「へえー。そうなんだ」


 アリスとサンディは、楽しそうに訓練の時の様子を話している。

 私は荷物持ちぐらいで活躍なんてしてないのに、アリスは適当なことを言ってるなあ。


 そう。私はあの実地訓練が終わった後、なんだか気が抜けていた。

 せっかくヴァンとヒューバーというイケメン二人と同じパーティーになったのに、あの後まったく何のイベントも発生しないのだ。


 もちろん私は主人公ではないから、正規のイベントではないのだが、もっとこう何かあるだろう。

 顔を合わせたら少し話すとか、一緒に訓練したりとか、一緒にご飯を食べるとか。


 せめて……、挨拶ぐらいはしたい。

 いつもスルーだもんな。


「はあ……」


 実地訓練でトップを取った時のヴァン様のあの顔、また見たいなあ。

 ああ。スクリーンショット機能が欲しすぎる。

 私のため息は、一向に止まらなかった。


「でもすごいよね。アリスのパーティー、訓練でトップ取っちゃうんだもん」


 店の奥から、荷物を抱えたウェンディも現れた。


「そうかな。きっと運がよかっただけだよ」

「そんなことないよ! あんなにすごいドロップアイテム、他のパーティーで見なかったし」


 なんだかアリスはあまり嬉しくないようだ。いつもの彼女なら、明るく喜びそうなのに。

 まあ、あのドロップはこのお店で買ったアイテムのおかげなんですけどね。


 それにしても、この二人は仲良くなったなあ。お互いに呼び捨てで呼び合っているし。もう、親友と言っていいほどの間柄なんじゃ……。

 私は、店内に雑貨を並べる二人の背中を眺めた。


 私たちは初めてここに来た時から、もう何度もここに訪れている。

 お店の手伝いもさせてもらったりして、アリスも手慣れた様子で商品を並べていく。


 ゲームではなかった光景。そもそもウェンディなんて出てこなかったし。

 こういう時、ここが今の私の現実だと実感させられる。


「お姉ちゃん。私も手伝う!」

「ダメダメ。サンディには、まだ早いから」


 このやりとりにも見慣れてしまった。

 姉妹がいるっていいなあ。前世でも一人っ子だった私には羨ましい。


 あんな可愛い妹欲しい。でも、頼れるお姉さんがいるのもいいなあ。

 いや、イケメンのお兄さんとか、生意気だけど可愛い弟とかも……。うーん。妄想が膨らむ。


 おや。奥の方から、お茶の良い香りが流れてきた。


「お茶入れたので、みんないかが?」


 待ってましたお茶タイム。ウェンディの母からお呼びがかかった。

 彼女の淹れてくれるお茶は格別で、いつも密かな私の楽しみだ。


「いつもありがとうございます。とってもおいしいです」


 アリスはいつも自然にお礼が言えていいなあ。

 私にできるのは、黙ってお茶を飲むことだけだ。美味しいお茶を味わうことが私なりのお礼。


「こちらこそ、お店手伝ってくれてありがとうね。こんなのでよければたくさん飲んで。ラグナさんみたいに」


 ぐっ。そんなに飲んでいたか?


「ラグナさん。いつも美味しそうに飲んでますよね」

「ふふふ。確かに、アリスの言う通りだね」


 アリスとウェンディが楽しそうに話している。

 いつもの和やかな光景だ。はあ。癒される。


「ねえねえ。お茶はもういいから、お店のお手伝い!」


 サンディには、このお茶のうまさが分からないようだ。

 しょうがないか。彼女はまだまだ幼子。お茶よりアイスのお年頃だ。


「サンディちょっと待ってて。みんな休憩してるから」


 ウェンディ、お姉さんしてるなあ。

 一方のサンディは、ほっぺをぷっくりと膨らませている。可愛いさが破裂しそうだ。


「うーん。もういい!」


 むくれたサンディは、パタパタと台所を出て行ってしまった。


「もう。サンディは、いつもああなんだから」


 そう言いながらも、ウェンディの顔は優しかった。

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