ステージなんて④
「では問題です。今度はちょっと難しいかもしれない。
『タロウ君は、カレーレイスを家族と食べるために、ジャガイモの皮をむいていました。
しかし、途中で指を切ってしまい、傷口から血が止まりません!
タロウ君は血を流すために、水の中に手を突っ込みます。
すると、何と30秒後には、なんと傷口が無くなっているではありませんか!
さて、何故タロウ君の傷口は、綺麗さっぱり無くなったのでしょう?』
はい、ではYES/NOクエスチョンをお願いします」
「はい!」
「はい、相川さん」
「聖なる水に手を突っ込んだから!」
「違います」
まさに最初に全人類が連想するであろう答えを口にする。
「やっぱりね~そんなにこのクイズは単純じゃないって、私知ってるわ」
「まぁ別に回答する数に制限がある訳じゃないから、どんな可能性でもつぶした方が良いからね」
「僕わかった、えっとその水は…」
早口陰キャがぬるっと回答しそうになる。もうちょっと、人と人とのやり取りと言うものを考えて欲しい…。1人でご飯食べてるんじゃないんだから。
「え、高畑君もうわかったの…?いや、ちょっと今回は委員長にトライしてもらいたいから、一旦待ってもらえる?」
「わかった、でも結構単純だよこの問題も」
一言多いんだよ。ほら、委員長少しイラっとしてる。委員長だって成績良さそうなんだから、プライドだって、人並みにあるだろう。
「じゃあ私、質問するわね」
「どうぞどうぞ、お時間はいくらでもあるので、建設的にいきましょう」
「その傷は、軽い切り傷でしたか?」
「いや、そうとも限りません。軽い傷でも、深い傷であっても、いずれにせよ最終的に傷は無くなっていたと思います」
「なるほど…う~ん、じゃあタロウ君はサイボーグですか?」
「違います。普通の人間です」
人類が2個目に思い浮かびそうな答えを委員長は口にする。
「相川さん、まだそんなに答えを絞らなくていいんだよ」
「そうそう、丁寧に1つ1つの前提を洗って行けば」
「クッ…」
だから!一言多いの!不要な争いはやめて!
「えー、でもさっきの話を聞く限り、傷関連のことは結局どうでもいいってことよね。『どういう傷か』とか『何故傷が出来たのか』とかは」
「そうそう、その辺は結構どうでもいいかな」
「で、聖水でもないってことは…普通の水ってことよね、どんな水なのかしら…?」
さすが、段積みで思考が進んでいく。
「場所は、台所でしたか?」
「いや、台所ではありません」
良い質問です。否定することは、答えへとつながる。
「台所じゃない…?ていうかさっきから気になってたのよね、『水につっこむ』ってどういうことなんだろう…?って」
するどい。
「普通は水道で流すと思うのよね。それこそ、台所にいたら水道で流すと思うんだけど。別にシンクに桶があって、水が溜まっていたとも思えないし」
「なぁるほど」
「チっ…」
高畑のつぶやきに、委員長が苛立つ。うるさい!陰キャはうるさい!「ぁ」はさすがにいらないよ!
「えぇっと…相川さん、良いと思います。良い筋を行っていると思います」
「台所じゃないってことは、う~ん、そこはお風呂でしたか…?」
「違います」
「だったら、カレーライスを作っていたのは、家ではなく野外でしたか?」
「はい、そうです」
「キャンプかな…でも最初全然イメージしていたのとは違うわ…じゃあ、そのキャンプ場には水道がありましたか?」
「ありません」
「そこはキャンプ場でしたか?」
「いや、違うと思います。キャンプ場だったら、普通は水道があると思う。さっき私が言った通り、水道が無い環境と思ってくれたら、それでいいと思う」
「水道が無い?タロウ君は雨水をバケツにためていましたか?」
「違います」
「そうなると…タロウ君は、川の水でカレーを作っていましたか?」
「いや、そうとも限りません。委員長、さっき話した通り、カレー作り、というか傷が出来た原因はあんまり今回については関係ないよ」
「あっ、そうだった。私としたことが…いまはあれだね、『水に手を突っ込む』から、その突っ込む際に『何に対して手を突っ込んだのか』っていうのが大事なのよね」
「そうそう、かなり答えは近いと思います」
筋道立てて考えている様に見えても、知らない間に、戻っている時がある。とっくのとうに私たちが通りすぎたと思っている問いに、知らないうちに、また悩まされるということが、私たちにはよくある。客観的に委員長を見ていてそう思うのだから、私なんかは、もっとそうだ。
「じゃあ、タロウ君は川に手を突っ込みましたか…?」
「はい、そうです」
「う~ん、じゃあ、その川は清流でしたか?」
「多分違うと思います。清流、というか『何もなくて透き通っている川』ではないです」
もう、ほぼほぼ答えを言っているようなものだ。
「うーん、だったら、答えます」
いや、違うな。委員長の顔から、私はそう思った。
「その川は汚染されていて、タロウ君は川に手を突っ込んだとたん、皮膚が解けてしまったから!硫酸か何かで汚染されていて、傷ごと手の皮が全全部はがれてしまったから!これよ!」
もっと、圧倒的な「答え」というものを、我々は持つべきだ。確固たるものを持ってから、答えを初めて口にすべきだ。
「違います。いや、、惜しいんだけどな委員長」
否定することは、答えへと、真実へとつながる道だ。だから、安易な仮の答えに飛びついてはいけない。安易なものが本物だと信じてはいけない。否定して、否定して、否定して、初めて手にするものが、本当の答えだ。強さが必要だ。
「まず答えは、えー私から言うと、
『川に潜んでいたピラニアに、手を丸ごと食われてしまったから』
でした」
なんともホラーな結末をタロウ君は迎えてしまったのである。
「えっ、嘘、こっわ」
ここまでの質問のやり取りを考えればたどり着きそうな答えではあるけれど、いざ差し出されてしまうと、少しビックリしてしまう。
「委員長の『硫酸に手を突っ込んだ』っていうのも良いと思うんだけど、それって実際に手を突っ込んだら、それこそ痛くてすぐ手を引っ込めてしまうんじゃないかな」
「あぁ…確かにそうね…」
『もしくは、見た目から川が汚染されていることがわかってしまうから、初めから手を突っ込まないかな』とも言おうと思ったけど、やめておいた。別に委員長を論破する必要がある訳でもないし。それに、隣の高畑を見ていると、自分が普段ぞっとするほど陰キャっぽい言動をしているんじゃないかと、不安になったから。何でもかんでも自分の言葉で説明すればいいというものではない。
「それで、この『30秒後には』って言うのがポイントなんだろうね、結構良く出来てる」
「確かに…そうなると、確かにピラニアみたいな生き物が途中から出てきました~っていう結論は納得ね」
『結構良く出来てる』と言うことで、委員長に対して『お前の思考力が足りないんだ』ということを言いたい訳ではないことを暗に伝えようとする。もちろん、私はそういうつもりは無いし、委員長も別にそうは思っていないだろう。だけど、こんな私でも工夫をしたくなる時があるのだ。
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