第56話 闇(光)のジール王国

 

「ね、ねえ。 今日は何をするの?」


「朝から王都の街中に繰り出すって……」


「ふっ、これはな……」


 王宮から伸びる王都のメイン通りを歩く俺たち魔王軍団。

 定期的に領地を見回り、魔王の姿を領民共に見せるもの大事な仕事だ。

 俺様の姿を目にするたび、魔王に屈したという事実が連中の心を重く締め付けるのである!


「お、おう。

 とりあえずガイが散歩したいってのは理解したわ」


 俺の説明に、何故か困惑した表情を浮かべるノナ。


「ふっ……見ろよ領民共の様子を!」


 先日発表した渾身の暗黒虐待のせいなのか、通りの両側を埋め尽くす領民たちの表情は一様に昏い。


「大魔王ガイ様、ばんざ~いっ!」


「四天王レナ様、ノナ様、可愛いっ!!」


 賛美の言葉とは裏腹に、顔を紅潮させ涙を流している若者たち。


「うっうっ、ガイ様のお陰でわしの店は潰れずに済んだ……なんとありがたい」


 メイン通りでパン屋を経営しているオヤジなどは、石畳ににうずくまって泣き崩れている。

 マオーメタル主導の統制経済で、小麦の値段が3か月前の10分の1になったからなぁ!!


 せっかく値上げしたパン売り物を値下げせざるを得なくなり、悲嘆にくれているんだろうぜ!

 まさに非道!!


「……3か月前の小麦そーばは、昨年比1075%を記録していたから、もう払えないってオジサン嘆いてたよ?

 あれは嬉し泣きじゃないかな?」


「なるほど……さすがこの世界の住人だぜ!

 あの反骨心は見習わないとな!!」


「だがら、どこを見てんのよっ!」


 ぺしん!


 俺の後頭部にノナのハリセンが炸裂する。

 このやり取りもすっかりおなじみのルーチンとなった。


 冷静に考えれば、忠実なはずの部下からしょっちゅう危害を加えられているのだが、なぜか俺の全身を心地よい感激が包む。

 なんだろうな……悪くねェ!


「オヤジ!! クリームコロネを10個くれ!!

 コイツらには特にクリームたっぷりな!!」


 ばさっ!


 まだ泣いているオヤジの前に札束を放り投げてやる。


「!! ガイ様!?

 た、ただいまっ!」


 慌てて店に商品を取りに戻るパン屋のオヤジ。

 この店のクリームコロネは絶品だからな!!

 ひと時も気の休まる暇など与えてやらねーぜ!!


「こちら、焼きたてになります!!」


「うむ!!」


 紙袋に詰められたホカホカのクリームコロネを受け取る。


 ゴッドシープの天然生乳100%というクリームの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「レナ、ノナ……せいぜい貪り食うがいいぜ!!」


「やたー! オジサンのクリームコロネ!!」


「くっ! さすがに今のあたしではこの味は出せないわね……ぱくっ、美味しすぎる!!」


 クリームコロネにかぶりつくなり、ふにゃふにゃと相好を崩すレナノナ。


「いや~ん、レナちゃんノナちゃん四天王のごはん顔、可愛すぎるって♡」


 くくっ、威厳を保つべき四天王の可愛い一面を民衆に暴露してやる!

 レナノナは今夜のベッドの中で羞恥に悶えることになるのだ!


 ……うむ、やはり虐待の原点は心地よい!



 ***  ***


「くくっ……領民共は屈辱の毎日を過ごしているようで何よりだ。

 街中はこれくらいでいいだろう! 次は魔王軍強制洗脳学院に行くぜ!!」


 数時間にわたる視察と言う名のウインドウショッピングを終えたあたしたちは、買い物袋を手に王都の郊外に向かう。


「わあっ、やっぱりいい景色だね!」


 ジール王国王都はテルー湖という大きな湖のほとりにあり、王宮の建つ小高い丘を下っていくとすぐに真っ青な湖面が見えてくる。

 湖は王都周辺の農村を潤すと同時に、王都の人たちの憩いの場なのだ。


 湖のほとりにはいくつかの船着き場があり、漁師さんや観光を楽しむ人たちでにぎわっている。


『バリアート学院行き貸しボート』


 と書かれた建物に近づいたガイは、またもや札束を受け付けのおばちゃんに渡している。


「おう、ボートを1艘(そう)借りるぜ?」


「そ、そんなお手数をおかけするわけには……すぐに迎えの船を用意しますので!」


「いや、いい。

 ちょっと漕ぎたい気分だからな!」


「ど、ども~」


「お気遣いなくっ!」


 転移魔法で行くのかと思っていたら、何の気まぐれなのか、ボートで行くみたいだ。


 あたしとレナ姉は焦るおばちゃんに笑いかけると、ガイの後を追った。



 ***  ***


 ギーコ


 ギーコ


 5人ほどが乗れそうな小さな手漕ぎボートは、穏やかなテルー湖の水面を割りながらゆっくりと進む。

 魔王軍強制洗脳学院こと、バリアート学院はテルー湖に浮かぶ島を丸ごと改造して建てられている。


「くくっ、俺様の教育方針により島に橋は架けてやらねぇ!!

 毎日往復10㎞に及ぶボート漕ぎで、強制的に体を鍛えてやるぜ!」


「男も女も異種族も年少者も一切の区別なしだ!!

 何たるスパルタ!!」


 というガイの指示で、島には橋が架かっていない。

 あたしたちのボートの他にも、たくさんのボートが学院に向かっている。

 1週間ほど前から授業が始まったらしい。


「転移魔術を覚えた奴は、転移通学を認めるがな!」


「厳しいのか厳しくないのかよく分かんないわね」


 この世界の魔法使いには転移魔法と言う超高等魔法を使える人はいないので、まだ転移通学をしてる学生はいないみたいだけど。


 ちなみにあたしは近距離なら使えるようになった!

 もしかして世界最強の魔法使いになったかも?


「む~、やっぱり学院の制服可愛いなぁ……わたしも着てみたかった」


 ボートに乗った制服姿の学生さんたちを見て、レナ姉がため息をついている。


 そうなのだ。

 学院の制服はあたしたちがデザインしたとはいえ、あたしたちの現在の立場は四天王。

 ガイに直接教えてもらえるのは嬉しいけど、学院生活という響きにも憧れちゃう。


「ん? お前達も来年になったら高等部に通ってもらうぞ?」


「ふお!?」


「え、学院に通えるの!?」


 思わぬガイの言葉に驚くあたしたち。

 てっきり四天王は通えないと思っていたけど……。


「2年後にはお前らの孤児院のガキ共も学院に行く年齢だ。

 魔王軍精鋭部隊の為にも、講師がいるだろう?」


「ほんとうに、学院に通えるの?」


 どうやら孤児院のちびちゃんたちの面倒も見ることになりそうだけど、あたしたちも学院に通わせてくれるみたいだ。

 それに……。


「ノナちゃん!」


 嬉しそうなレナ姉の言葉にうなずく。

 ガイの口から自然に出てきた、将来に向けての言葉。

 希望の未来へ繋がる言葉に、身体の奥から喜びが湧き出てくる。


「??」

「くくっ、見ろよ、闇に包まれる王都を!」


 ガイの言葉に振り返る。


 透き通った湖面の上に、光輝くジール王国王都が見える。

 ここからでも人々の陽気な声が聞こえてくるようだ。


「お前らの功績だぜ?」


「ふんっ! 四天王ノナちゃんならざっとこんなもんよ!!」


「もっと闇を濃くしましょうぜ、ガイおにーさん!!」


「おお、分かってんじゃねーか!!」


 ガイの笑い声が湖面に響く。


 魔王と四天王の湖上デート(?)の時間はゆっくりと流れていくのだった。

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