第45話 魔王対勇者その弐(後編2)

 

「ずいぶんと時間はかかったが……これでチェックメイトだ」


 目の前に浮かぶ魔術映像の中では、深手を負ったガイに聖剣を抜いた勇者フェリシアが迫っている。

 いくらガイと言えど、あれだけの傷を負った状態で勇者に攻撃されてはおしまいだろう。


「まったく、手を掛けさせてくれる」


 家宝のマジックアイテムを大盤振る舞いした甲斐があった。


 ガイが派遣された世界に干渉し、勇者の出現を前倒しする。

 神託を受けた直後の勇者に干渉したことで、勇者の力と狂気が大幅に向上したことは嬉しい誤算だった。


「だが、それだけではまだ甘い……ヤツを斃すにはな」


 長老連中の前で味わった屈辱は、昨日のことのようにはっきりと思いだせる。

 ザンガは並外れた執念深さを持つが馬鹿ではない。

 ガイの力が自分を上回り、魔界史上最強のレベルにまで達していることを見抜いていた。


 女神の調整力の影響を受けてなお、ガイの力は強大だ。


「”仕込んだ”甲斐があったものだ」


 ガイが世界GHに派遣されるように裏工作し、実際に送り込まれるまでの数日間……ザンガは己が最も得意な呪術でガイに呪いをかけたのだ。


「貴様の力をじわじわと削いでいく呪いだ」


 ガイは『虐待』と称して劣等種族をいたぶるのが好みのようだ。

 世界GHに派遣されてすぐ、手近な劣等種族を手に掛けるだろう。


 思惑通り、ヤツはごく低レベルの餓鬼どもを捕まえた。

 その場でいびり殺さないのは意外だったが、その後の経過を見るに奴は餓鬼どもを奴隷として飼っているらしい。


「むしろ都合がよかったかもしれん」


 ザンガが掛けた呪いとは、レベルドレインの呪い。

 呪いの対象が最初に”干渉”した者とのレベル差の分だけ、対象のレベルを下げてしまうのだ。


 ガイが餓鬼どもを殺さなかったので急激なレベルダウンは起きなかったが、少しずつレベルダウンが進行したため、ガイは呪いの効果に気付かなかったのだろう。


「さて……偉大なる魔王ガイの最期を鑑賞するとしよう」


 これでオレに比肩するものは魔界に居なくなる……このオレが三千世界のすべてを掌握するのだ。


 くいっ


 極上の赤ワインを煽る。

 ザンガは至上の愉悦に身体を震わせていた。



 ***  ***


「お、お嬢様……」


「ゆ、勇者さん?」


 バキッ!


 レナの飛び膝蹴りが最後のスキンヘッドを吹き飛ばす。

 周りを見渡せばデニスの部下と思わしきスキンヘッドどもがそこら中に転がっている。


 どうやらほとんどレナが片付けてくれたようだ。


(マジかよ……)


 それに、俺を目覚めさせてくれたノナの回復魔術だ。


(想定以上にレナノナのレベルが上がっているのか?)


 いくら俺様直々に稽古を付けているとはいえ、まだ本格的な訓練を始めて1か月も経っていない。

 Gランク世界の最下級魔獣に手も足も出なかった村娘のレナが、推定C~Bランクの冒険者数十人を倒すなど……。

 ノナの回復魔法も既に上位クラスの威力だ。


(一体何が起きてやがんだ?)


 俺の力が急激に落ち込んだことも含め、分からないことだらけだが。


「まずはコイツをどうにかしなきゃな」



「…………」


 聖剣ゲイボルグを無造作に構え、こちらに近づいてくる勇者レティシア。



「ちっ……」


 ノナの回復魔術のお陰で意識は取り戻したが、身体に大きなダメージが残っている。

 女神の調整力か何だか知らねぇが、いまの俺に残された力では厳しい相手かもしれない。


「だが……」


 相棒共の前でかっこ悪い姿は見せられねぇからな!


 ザッ!


「ガイ、まだ動いちゃだめ!?」


 慌てるノナを右手で制し、俺はカオスブリンガーを杖代わりにして立ち上がる。

 俺の身体に残された最後の力と、勇者サマの力、どちらが上か勝負だぜ!!


 ギンッ!!


 俺はありったけの力を込めて勇者フェリシアを睨みつける。



「…………」



 フェリシアはなぜか頬を紅潮させたまま、俺の前で立ち止まる。

 一歩踏み込めば俺を切りつけられる距離……そのまま聖剣を地面に差したフェリシアは……。


「なんて……なんて素晴らしいのでしょう!!」


 蒼い双眸を潤ませながら、称賛の言葉を投げて来た。



「はあ?」

「あららっ?」


 予想外のフェリシアの言葉に、レナとノナがずっこけている。


 フェリシアは両手を目線の高さに組むと、感激の面持ちで言葉を続ける。


「魔王ガイとの死闘に備え、実戦的な訓練をされていたのですね!!

 デニスさんは……少々真っ二つになられていますが、激しい訓練には犠牲がつきものです!

 はい!!」


「「えぇ……」」


 思わず身体から力が抜ける。

 俺が魔王であることに気付いていないのなら都合がいい。

 ゆっくり体力を回復させる時間を稼げそうだ。



「……ですので」



 ぶわっ!



 そう思った瞬間、フェリシアの雰囲気が豹変する。

 全身から放出されるのは魔の力。


(!? 勇者から魔の力だと!?)



「ボクにも稽古をつけて頂けませんかね……魔王ガイ?」



 フェリシア双眸が黄金に染まっていく。



(これは……まさか?)


 脳内をよぎる直感。

 だが、その内容を吟味している時間はなさそうだ。


 ブオッ!!


 さらに膨れ上がる勇者の力。

 これをしのぐのは少々難しいかもしれない……転移魔術でレナノナだけでも逃すか?



 ザッ

 ぴとっ



 その時、俺を庇うように立ち塞がった小さな影。

 悪の幹部衣装を脱ぎ捨て、いつもの蒼い制服に着替えたレナだ。

 俺の肩を支えてくれるのは、白い神官衣装に着替えたノナ。


「「ガイは……やらせないっ!!」」



 ***  ***


「ば、馬鹿な……こんなことって」


 倒すべき魔王が小賢しくもボクの軍勢に潜入を試みてきた。

 それに、デニスさんのお陰で奴は深手を負った。

 千載一遇のチャンスが訪れたことを”理解したわかった”フェリシア。


 だが、その瞬間にとてつもない衝撃が彼女を襲う。


 真っ先に助け出したかった可憐な獣人族の姉妹。

 彼女達が自分に敵意をぶつけてきたのだ。


「ガイ殿を守れ!」

「フォーメーション・アルファ!!」


 それだけではなく、冒険者ギルドの面々も自分に刃を向けてくる。


「お嬢様!! もうおやめくださいっ!!」


 彼らの背後で涙を流して絶叫しているのは侍女のニーナか。



「あなっ……貴方たちはああああああああっ!!」



 信じていた者たちに裏切られた。

 フェリシアは、絶望のままに聖剣ゲイボルグを振りかぶる。


 ブワアアアアアアアアンッ!


 巨大な破壊衝動がレグニス家の屋敷だけではなく周辺の街区を飲み込もうとしていた。



 ***  ***


「勇者さん、あたしは……大好きなっ、とても大事な居場所を奪おうとするあなたを許すことはできない!」


「「ガイは……やらせないっ!!」」



「!!!!」


 魔王のピンチに身体を張って助けてくれた部下。

 勇者から主君を守るため、その身を極大魔術の贄に捧げた四天王……。

 オヤジからよく聞かされた昔ばなし。


 俺様はひとりで何とかして見せるぜ!!


 子供時代の俺はそう強がっていたのだが、いざ自分がその立場になってみると。



「レナ!

 ノナ!!」



 細胞の全てが震えるような感動を、俺は味わっていた。


 俺の大事な相棒……いや四天王は、これほどまでに俺の事を想ってくれているのだ!!


(立てガイ!! ここで男を見せなきゃ魔王じゃねえだろ!!)


 体に残る力を奮い立たせ、立ち上がりカオスブリンガーを構える。


(お……?)


 その瞬間、目の前のレナの背中がわずかに明滅する。

 俺のそばに控えるノナも同様だ。


 キラキラキラ……


 二人は気付いていないようだが、

 小さな粒子が俺のもとに集まって来て。


 ぐんっ!!


(!!)


 急激に力が戻るのを感じた。


「……ふっ!」


 俺は余裕たっぷりに立ち上がると、かねてから考えていた言葉を唇に乗せる。


「よくぞここまで俺様を追い詰めた。

 少々驚いたぞ?」

「だが残念だったな、俺には頼れる四天王がいるのだ!」


「「えっ……?」」


「……ていうか二人しかいないけど?」


 ノナのツッコミが心地よい。



「そんな……魔王だけではないというの……この力はッ!?」



「うわああああああああああっ!?」



 絶望の表情のまま斬りかかってくるフェリシア。



「なんどでも挑んでこい勇者よ!! そして俺様を楽しませろ!!」



 ズドオオオオオオオオオオオンッ!!



 巨大な爆発が王都を揺るがし……勇者フェリシアとその一味を地平線の彼方まで吹っ飛ばしたのだった。


「た、た~まや~」


 こうして俺様は勇者一味の大攻勢を退けた。

 ふはははは! 完璧な魔王ムーブだぜ!!


「は……恥ずかしい告白をしたあたしの立場は?」


 腰に手を当てて高笑いする俺の足元で、何故か頭を抱えているノナなのだった。

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