EP.18 ハッピーエンドとバッドエンド
「中野くんっ」
「ごめん、日直なんだ。」
あれから二日が経つけど。
「中野くん、ちょっと話が……」
「生徒会の話し合いで行かなきゃ。」
今日が金曜日なんだけど。
「な、中野くん、今日こそはちゃんと……」
「ごめん、昼ごはん買いに行かなくちゃ。」
全くもって進展なしなんですけど!?
絶対中野くんわたしのこと避けてるよね!?
「はぁぁ。つい最近まではチームメイト増えていい感じだったのに……。」
ため息が空へ浮かぶ昼休みの屋上。梅雨の合間の快晴に心も体も焦がされる。焦らされるたびに、叫びそうな気持ちを抑えているのだけど、そろそろ限界が来そう。
「ごめん。任せっきりで。俺、やっぱりちゃんと信太と話しつけてくるよ。」
頭の手をやって、少し俯き気味になる幼馴染に対して、「いや!」と手を突き出す。
「ここまできたら聞くまで満足できないから!それに、自分から仲直り手伝うって言い出したんだし。」
「ありがとう、美野里。でもやっぱり限界なんじゃないか?俺をこうして屋上に呼び出したのって、相談したいことがあるんだろ?」
不安そうに覗き込んだ彼の短髪が、風にサラサラと靡く。
勢いよく首を横に振り回すけど、少し「相談」という言葉に思い当たる節もあって、ゆっくりと動作を止めた。
「限界じゃないんだよ?本当に。ただ、少し中野くんの言葉の引っかかって。」
「信太の言葉?」
「うん。中野くんと一緒に朝登校した時、言ってたの。『違う方法で、女王様に恩返しをする方法を見つけた方が、きっとハッピーエンドで済むだろうから。』って。」
あの言葉を発してから、何も話してくれなくなってしまったから、この言葉からしか考えることができない。
だからずっと考えてたの。なんであの時、こんな言葉を使ったんだろうって。
「でも、どう考えてもわからないの。ハッピーエンドの意味。」
静かに私の話を聞いていたりょうは、顎に手を当てて、膝に購買で買った焼きそばパンを置いたままじっと考え込んでいた。
「……ハッピーエンド、か。」
じんわりと額に汗が浮き出る。白シャツの袖から少し焼けた肌が露出していた。
中野くんを追っかけているうちに、あたりは夏色に変色していたんだなぁ、なんて考えていると、突然りょうは手を打った。
「どうしたの?」
「いや、信太と喧嘩する前、少し信太の様子がおかしかったことがあったのを思い出してさ。」
いつもは目つきの悪い三角眼が、今や大きく見開いて膨張した縁のない柔らかな目と変わったりょうは、焼きそばパンの袋を開けながら口を開いた。
「喧嘩した日の朝、だったかな。朝礼まで時間あるし、水飲みに行こうぜってなって、旧校舎の水道まで行ったんだ。水飲み終わった後に、信太がいきなり真面目な顔して、『バッドエンドの本とハッピーエンドの本、どっちが好き?』って言い出してさ。俺はハッピーエンドって言ったら信太は笑って『やっぱりそうだよね』って言って。」
袋から出された焼きそばパンを胸元まで持ち上げて、りょうの手はそこで止まった。
「それでまた意味わからないこと言ってたな。たしか」
『バッドエンドの本って、最初から知らなければよかったって、思わない?』
って。そう言っていたらしい。
そのあとりょうが「確かに思うかも」と返事をすると、なんとなく肯定して、いつも通りの雑談に戻ったとか。
「さっきの美野里の話聞いて、思い出したんだ。なんだかあの時のアイツ、やけに真面目そうに言ってたから。」
言い切って焼きそばパンにかぶりついた幼馴染を横目に見て、膝に乗せた弁当箱と睨めっこする。脳内では、りょうの言葉と中野くんに言われた言葉が交互に顔を出していた。
ハッピーエンドの本とバッドエンドの本。最初から知らなければよかったという後悔。
それに中野くんは言っていた。恩返しする方法を変えれば、ハッピーエンドになるからって。何かが喉元に引っかかるのに、それの正体がわからない。飲み込みも、吐き出しもできないもどかしさがわたしを襲う。
「……アイツ、俺らに気を遣って言えてないんだよな。」
「うん。中野くん優しいし、もしかしたら、わたしたちがそれを知ったら傷つくって思ってるのかなって。」
仕方なく弁当箱を広げて、冷凍食品の唐揚げを箸で口に運ぶ。
「確かに。アイツ昔から隠し事するときはそんな感じの理由だったし。」
「隠し事?」
「ああ。こないだ信太が初めて村へ行った話のときにさ、言ってたじゃん。『入院してた』って。あれさ、あの時俺初めて知ったんだよ。」
それは、りょうがまだ中野くんと出会ってなかったからじゃない?
「いや、もう中学一年生の春で知り合ってた。だからこないだ何となく聞いてみたんだ。そしたら『心配かけたくなかったから』って。アイツらしいよな。」
空になった焼きそばパンの袋を折り畳んで、りょうは、ははっと軽く笑った。
たしかに、中野くんらしい。今回の件も、周りの人を巻き込んでしまうから、きっと口を閉ざしているんだろうし。
「あれ?」
ふと、弁当箱の中で掴んでいたお米を取り損ねる。
今、何か大切なことがわかったような……。
「ん?どうした?」
からっとした声をしたりょうも思考の蚊帳の外で、ただただわずかに残った細い糸を暗闇の中で手繰り寄せる。
中野くんは、周りの人を巻き込んでしまうから、村へ行くのを拒んだんだよね。村へ行くのは「危険だから」って。それに加えてもう一つ中野くんが放った言葉。「ハッピーエンドにならないから」って言葉。
そして数日前にりょうに奇妙なことを聞いていた。バッドエンドの話を読んだ後に知らなければよかったって思わない?と。
村へ行くのはハッピーエンドにならない。バッドエンドの話を、知らなければよかった……。
「あああああああああああああああああああああ!!!!」
「うるさっ!?何なんだよいきなり!?」
文句を言うりょうをよそに、チカチカと頭の中で火花が散る。弁当箱を持ち上げたまま立ち上がり、勢いよくりょうに向き直る。
「わかった!わかったよ、りょう!中野くんがなんであの村に行きたがらないのか!」
「え、本当か!?」
とりあえず、中野くんに伝えに行かなきゃ。
弁当箱に急いで蓋をして、ひよこ柄の巾着の紐をきゅっと結んだ。
「中野くんのところに行ってくる!」
「ちょっ、美野里!?」
声を揺らした涼の顔は見ずに、屋上の出口へと駆け出そうとしたその時。
「もうそろそろ五限の予鈴が鳴るぞ、秋川。」
しっとりとした声に思わず体全身に鳥肌が立つ。
も、もしかしてこの声って……。
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