第二章 爽やか好青年の顔も三度まで
EP.16 波乱の幕開け!?
「中野くん喧嘩ぁぁ!?!?」
雨のしたたる昇降口で、すっとんきょうな叫び声が響きわたった。
昇降口の扉のふちにもたれかかる幼馴染の顔は、しおれた花みたいにくしゃっとなっちゃって、今にもどこかへ飛んでいきそうだ。
「なんで?昨日まで二人で仲良く帰ってたよね?」
中野くんが調査チームに入ってから、今日で一週間がたつ。
先週の日曜日には調査チーム会議も開いて、あの村へ行く方法のプレゼンもして、順調にことが進んでいて。
そして昨日の昨日まで仲のよさ炸裂してたのに、今日の朝から、二人の姿みかけないし、りょうはやけに機嫌悪いしどうしたのかと思ったら⋯…。
「なんでって、調査チームのことで、口論になって。」
調査チームの口論って?
「いや、その。」
急に口をつぐみだすりょうは、まぶたを重くしながら、次々にふってくる雨に視線をずらしていた。
え、ええっ!?あの、あの、思ったことずばっといっちゃう系感情丸出し男子のりょうさんが、話を切り出さない!?
「た、大変だ……。誰か、誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんかぁあああ!!!!!」
「ちょっ、馬鹿!なに叫んでんだよ!?」
いやだって、りょうがりょうらしくないから。
「それは……ごめん、俺から呼び出したのに。」
分が悪くなったのか、冷たくなった上靴に目を向けるりょうに、首を横に振る。
「それで、本当にどうしたの?なにを話して喧嘩したの?」
雨の音で声ごと全部かき消されそうで、いつもよりの倍声を張って、問いかけた。すると、顔を見せないままのりょうが、小さくため息をつく。
「ちょっとした、対立があったんだ」
その対立っていうのが、あの村の行き方についてのことだそうで。
「え?それ、ちゃんとこの前の会議の時に決めなかったっけ?」
確か、みんなの案を混ぜこぜにした新しい案に決まって、今週の日曜日に早速ためそうってことになったんじゃなかった?
でも、りょうは首を横に振って目を逸らす。
「信太が反対しだしたんだ。というか、村へ行くことすら反対し出したんだよ。」
ことの発端は、昨日の帰り道。それまではいつもと変わらず、あのほんわかした中野くんに変わりなかったそう。
でも、別れ際に突然表情を暗くした中野くんが、「村へ行くこと」を反対したんだって。理由を聞いてもただ「危ないから」としか言わず、他は曖昧な返事しかしない。そんな様子に腹がたって、喧嘩に発展しちゃったらしい。
まあ、確かにいきなり言われたらりょうみたいに怒って当然だけど。
「そんな、危ない案だったっけ?」
確か、中野くんが蝶を見た場所に行って、そこでなるべく同じ状況同じ感情になって待ってみる、とかだったよね。
危ないと言ったら、りょうが提案した「人為的に幻覚を見せる方法」は、少し怖かったのもあって却下した気がするけど。
「案とか以前に、そもそも行くこと自体を拒んでんだよ。あいつは。」
雨足が強くなって、りょうの声色も強張っていく。
「中野くんがそこまでいうのって、意外かも。」
ポツリと溢れた言葉に、首を傾げるものだから、「だって」と語調を強めた。
「中野くん、あんまり自分の意見押し出す人ではないじゃん?そんな人が喧嘩に発展するまで意見を押し通すのって、やっぱり何か理由があるんじゃないかな。」
「そうだと思って、問いかけてみたよ。でも、何も言ってくれなかったんだ。」
ふいっと唇をとんがらせてそっぽをむくその態度に、つい口元が緩んでしまった。
「な、なんだよ。人が喧嘩してるのみて面白いかよ。」
「いや、ごめんごめん。りょうがなんで話を切り出さなかったのか、わかっちゃって。」
「は?」
顔を上げたりょうの、ブラックホールみたいな瞳が、まん丸く小さくなった。
「オーイオイオイ、いきなり反対するなんておかしいだろうがよ〜、でも親友なのに理由聞かせてくれなくって寂しいし悲しいよ〜!オーイオイオイ、っていう本音。」
「なっ!?その泣いてるみたいな声真似やめろ!なんか鬱陶しい!」
一歩二歩くらい後ろに足を進めていくりょうに、つい笑ってしまった。
「ごめん、つい。でも、わたし知ってるよ?」
りょう、顔に出やすいから、怒ってるか泣いてるのかよくわからない顔なってたし、手を頭にもってきて髪をいじるのは、なにかにすねてるときの癖だし。
「顔に出やすいのは美野里だっていえないだろうがっ!」
勢いよく顔を昇降口の外のほうへ向けるもんだから、わざわざその視線の先まで移動した。
昇降口の先は渡り廊下になってて、渡り廊下に踏み出したとたん、一気にむわっとした空気が体中に流れ込んでくる。
「それで、中野くんと今日は一度も話せてないんだね。」
「⋯⋯まあ、そういうこと。」
目の前にわたしが来た途端、りょうはまたわたしの目から逃げようとする。
そっ、そんなわたしが嫌なわけ!?
「ちょっ」
ずっと逃げられるのも嫌だから、りょうの腕を無理やりつかんで、渡り廊下に引っ張り出す。
雨がさらさらとしたたってれ落ちる中、聞こえるようにはっきり声を出した。
「大丈夫だよ。きっと中野くんも危険だっていう理由はあるはずだし、りょうに言えなかったのは、何か事情があるはずだよ。きっとりょうに対して申し訳ない気持ちもあると思う。中野くんは優しい人だから、きっと話せばわかる。」
もちろんこの状態のまんまってわけにはいかない。わたしだって、りょうと同じくらい村へ行きたいと思ってる。でも中野くんの意見を無視してそのまんま行くことなんて絶対できない。
三人で、あの村に行き着けるようにしたい。
それに、何よりも、この二人が喧嘩したままなのが嫌だから。
「ねえ、りょう。」
放課後の昇降口。雨でにじんだコンクリートの渡り廊下をリズムよく進んでいく。
左右から聞こえてくる雨音は、そこまで激しくなくって、ゆるやかに、葉っぱや地面に当たっては小さな音を鳴らす。
ふっと右側に視線をやれば、コバルトブル一の傘と、深い紺色の傘が、仲良く並んで咲いていた。
濡れた土を軽く踏みながら、楽しそうに話す男子生徒たちは、校門のほうへと消え去っていく。
りょうと中野くんも、あんな感じなんだろうなぁ。
「……美野里?」
後ろから呼びかけられ、くるりと半回転回って振り返る。
じめっとした空気を振り払うように、満面の笑顔を振りまいた。
「仲直り、手伝うよ。」
一瞬動きが止まったりょうは、すぐにわたしのほうへと駆け寄ってきた。
「え⋯⋯?い、いいのか?」
もちろん。幼馴染が困ってたら、助けるのは当たり前だもん。
っていうか、そのために呼び出したんでしょ。顔にかいてるよ、顔に。
「……ありがとう。美野里。」
やさしく、ふわりと八重歯を見せて笑顔になる姿に、ほっと胸をなでおろした。
いつも以上にへこんでたから、なんだかこっちまで、苦しいのがうつってたみたい。
「よし!それじゃあ、明日から、仲直り大作戦決行だよー!!」
「おまえもネーミングセンスゼロじゃん。」
「うるさいっ」
くすくすと笑うもんだから、つい足を蹴ってしまう。
「いった!そこまで蹴らなくてもよくね!?」
せっかく手伝ってあげるっていったのに、揚げ足とるなんてもってのほかですー!
「美野里だってたまに揚げ足取るのに?」
「うるさいっ!!それ以上言うなーーーー!!」
なんてふざけ合っていると、すぐそこにあった雨は、もうすでにやんでいた。
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