EP.12 インタビューのはじまりはじまり〜

あれはいつだったかな。


たぶん、中学校に入ってしばらくした、夏休みに入る前のことだったと思う。

そのころ……ちょっと、が悪化しちゃって。入院してたんだ。


でも、そんな大したことではなかったから、症状も軽くて、病室で暇してた。やることがなくて、暇すぎて。


やったらいけないってわかってたけど、ある日、こっそり病室から抜け出して外に出たんだ。


そしたらさ、外に出たとき、不思議なものを見たんだよ。

光り輝く蝶。エメラルドの、みたこともないくらい綺麗で、繊細な蝶々でね。

珍しい蝶だったからか、久々の外に興奮してたからなのか、吸い込まれるようにその蝶を思わず追いかけちゃったんだ。


走って走って。気がついたら、その蝶は、生垣に咲いている真っ赤な花にとまっちゃって。顔を上げてみたら、全く知らない、おかしな村がそこにあったんだ。

ぼろぼろな家ばっかりな村で、その中でも一際大きくそびえたっていたのが、あの図書館でさ。


中に入ろうと、ドアノブを引いたりおしたりしたけど、あかなかった。しょうがないと思って、その村であそんでたんだ。


延々と遊び続けて、飽きてきたから帰ろうかと思って、もと来た入り口の前まで歩いていったんだけど。


入り口の手前で、いきなり足に力が入らなくなって、その場に倒れこんだんだ。


遊んでいたときは、そんなこと全く起こらなかったのに、頭ががんがん痛くなって、寒気がして、呼吸をするのが苦しくて。


なにもできずに、ただただ、目の前にある入り口を眺めて、苦しむだけだった。まあ、病院抜け出した僕の自業自得なんだけどね。


それでも、苦しくて悲しくて。誰か助けて欲しいって叫び続けたけど誰一人いなくって。

最終的に何を叫んでいたのかも忘れちゃったけど、体力が底尽きてどこかで気を失ったんだと思う。


そこからはもう覚えていないけど、ただ夢か何かで不思議な人と話していたような気がする。


「で、確か目を覚ましたら、病室で、父さんと母さんは、退院だよっていってて、なんだかよくわからない夢だったな。」


語り終えた中野くんは、いつもみたいにやわらかく微笑んだ。


これって⋯⋯。


わたしとりょうは目を合わせて、また、美香の席に座る中野くんに向き直った。


「信太、その夢の中で話した、不思議な人っていうのはどんな人だ?」

「え?確か、女の人で髪が長くって……。ごめん、あんまり思い出せないや。」


軽く笑う中野くんの手をいきなりがしっとつかんでしまった。


「それ!たぶん女王様!!」

「……え?」


視線をきょろきょろさせて戸惑うもんだから、あわてて弁解しようと口を開きかけると、りょうが唐突に口を挟みだす。


「俺たちさ、信太と同じような境遇に出くわしたんだ。」


それからはいたって単純、昨日やそのおとといに起こった出来事をりょうがわかりやすく説明してくれた。


「ってわけなんだけど⋯…」


一通り説明し終わったあと、りょうが息をついて、椅子に座りなおした。


ほお〜!やっぱこういうときに頭いい幼馴染って使えるよねぇ。


「なっ!?使えるとはなんだよ、使えるとは!」


そのまんまの意味ですぅ。


「まあまあ。それにしても、そんなことがあったなんて。」


言い争いが絶えないわたしたちに、中野くんは両手を前にもってきてそういった。


「そんなわけで、こうして昼休みから聞き取り調査してるんだけど、なかなか良い情報がなかったんだ。」


でね、二人で絶望してる真っ最中に、神・中野くんが現れて!!


「こうして話してるってわけ。」

「なるほど。だから、最近こんなに二人仲いいわけだ」

「「そこじゃない!!」」


楽しそうに微笑む中野くんは、ふぅっとしずかに息をついた。

そろそろ日は暮れそうで、教室は色合いが橙色に侵食されていく。

ちょうど、下校の放送が流れてきたあたりで、中野くんはしずかに切り出した。


「それで、何を話せばいいかな?覚えてる限りは答えるよ」


ありがたいお言葉をいただいたのに、わたしたちはただ黙りこくるばかりだ。


どうしよう。聞きたいことはきいちゃったし、このあとどうするかなんて、打ち合わせてないんだけども……。


ぱっと視線を隣の席のりょうにうつしたときには、もう、その唇が開きかけていた。


「もう、十分に質問には答えたもらった。」

「ならよかった。」


いつもどおり微笑みを返す。


「だから」


すると、りょうはすくっと立ち上がる。


「……りょう?」


なにをするものかと中野くんの前まで歩くりょうに視線を預けていると、りょうは、八重歯を見せてにこっと笑った。


「調査チームの勧誘をしようと思って。」


⋯⋯⋯え?


「えええええええええぇえええええええええええええええっ!?!?」

「調査、チーム?」

「ああ。そうだ。……つーか、なんで当の本人よりか驚いてるんだよ美野里!?」


あ、す、すみません。つい大声がでちゃって。

でも、わたしにもいってなかったよね!?そんな大事なことを!!


「あとでいうつもりだったんだよ!信太が知ってるなんて分からなかったし、誘うなら今だっておもってさ」


それにしちゃあ、唐突すぎでしょ!?

真っ先に、チームメイトに情報プリーズだから!!ほうれんそう大事!!


「美野里ちゃん、落ち着いて。」

「ほら、美野里いわれてるぞ。誘われてる当の本人に。」

「う、うるさいなっ!」


ごほんっと咳払いをひとつして、わたしも中野くんに向き直った。


「ちょこっとだけ取り乱しましたが、わたしからも、おねがいします!調査チームに入ってください!!」


お願いします!と立ち上がって、勢いよく礼をし、右手を差し伸べる姿に中野くんはこくりとうなずいた。


「うん。いいよ。ぼく、調査チームに入る。」

「本当か!」「本当に!?」


本日二度目の言葉のはもりで、中野くんはまたおもしろおかしそうに笑った。


「危険が伴うかもしれないんだぜ?」


どこかの悪い大人みたいに、目を細めてにやつくりょうに、中野くんはその頭を軽くたたいた。


「大丈夫だよ。りょうが責任取ってくれるみたいだし。」

「はぁ!?」


すっとんきょうな声のりょうに、中野くんはデコピンをくらわす。


「冗談だって。僕も、興味があるんだ。三年前のことも気になるしね。」

「なんだよ。最初からそういえっつーの、ばーか!」


けらけらとりょうも笑顔になるもんだから、わたしもつられて笑ってしまう。


「中野くん、ありがとう。」


心が暖かくなる。奇跡のような巡り合わせをしたものだな、と思ってしまう。


こうやって不思議な体験をして、チームを結成して、調査をして。

ただでさえ現実離れしてるから、もしかしたらこのまま永久ふたりぼっちなんじゃないかって思ってた。

でも、中野くんがきてくれた。


「わたし、すごくうれしいっ!!」


目がなくなるくらいの笑顔でいうと、中野くんも、まぶしいくらいの笑顔で口を開いた。


「僕も、二人のおかげで思い出せてすごく嬉しかったよ。これからもよろしくね、美野里ちゃん。」


手を差し出すその姿に、わたしも微笑んで、その手のひらを握った。


「うん。よろしくね!」

「おいっ、俺を一人にするなよ!」


あっ、でた。りょうの唐突かまちょ発言!


「りょうってツンデレなのかな?」

「はぁ?俺がツンデレ?クールの間違いだろ。」


なんか、情緒の起伏が激しすぎるよ、今日のりょう。


「そういったら美野里だって」

「まあまあ、とりあえずかえろっか。」


仏様のような顔でなだめる中野くんの背中に隠れて、「そうだそうだー!」と小声でいいながら、帰る支度をはじめた。

近いような遠いような、そんな距離から、下校の放送が耳に流れてくる。


「♪鳥と一緒に帰りましょ〜」


鼻歌歌いながら外出ると変人になっちゃうよ?


「ははっ。りょう、すごく上機嫌みたいだ。」


くすくすと笑う中野くんも、教室を出て行ってしまった。


「……ありがとう。りょう。中野くん。」


ぽつりと、二人の背中に向けて届けてみる。まあ、聞こえてないんだけどね。


明かりをぱちんと消して、赤みがかった光を閉じ込めるように、教室の扉をそっと閉めた。

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