EP.11 手がかりは思いもよらず……?

五時三十分。十分なほどの夕暮れ時。


それなのに、元気よく太陽は高く上っていて、教室全体は、まぶしいくらいの光が差し込んで広がっている。


そういえば、もう夏至はすぎたんだっけ。

この暑さといい、この明るさといい、時はもう夏なんだねぇ…⋯。


感慨深い景色とともに、ずるずると、自分の席に座り込む。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ⋯⋯」


額に手を当てて、息を全部はいてしまうほどの勢いの大きなため息をついた。


「まあ、これが現状だな。」


苦笑いをするりょうも、どこかやつれた顔をしている。

わたしの机に広げられたのは、紙ばかりで、どれも落書きのように、簡単な建物が描かれている。


まあ、これが図書館とか、抽象的すぎるんだけども。


「昼休みから放課俊までで収穫ゼロ⋯·⋯。やっぱり存在しないのか?」


どかっと自席に座るりょうは、怪訝な顔でわたし宛の女王様の手紙をみつめている。


昼休み、調査チームを結成してすぐ、調査に取り掛かった。

調査っていうのは、よくある聞き取り調査。女王様がわたしを誘った、あの不思議な村についての聞き取りをしていたのだ。


「絶対、あの場所に呼び出す根拠があるはずだ。女王は本来願っている人の前に、おかしな空間で現れる。けど、願ってもいない人間をあんな場所に呼び出すなんて、絶対なにかあるはず。」


そういうりょうの根拠に合わせて、まずはあの地図に書かれていた不思議な村を調べようと、動いたんだけど⋯…。


まず、地図を見せてとりょうにいわれて、白い封筒に入れた地図をもう一回開いてみた。

だけど、そこには地図の地の字もなく、あとかたもなく消えていて、ただの真っ白い紙へと変わってしまっていたのだ。


よっぽど火事を起こした張本人に知られたくないのか、あの丁寧に書かれていた地図はなくなり、結局、あの流水の文字が並べられた便箋だけがのこってしまったわけ。だから、こうして行く方法が残されていない以上、誰か知ってる人がいないか、ききまわってたんだけどね。


「やっぱりさ、りょう。西地区以外の人にも聞いてみようよ。」

「……そうだよなぁ」


頭をぼりぼりとかくりょうに、力いっぱいうなずく。


りょうは、聞き込み調査のとき、全員にきくのは効率が悪いって言って、あの村の方角、つまり西地区に住んでいる人限定で聞き取り調査をすることにしたんだ。結局、絞られた中の誰一人、あの村を知っている人はいなかったんだけども。


「まあ、無理もない。この村、いくらネットで検索してもなにひとつヒットしないんだから仕方ないだろ。」


スマホの画面につけられたりょうの指が、流れるように画面上をすべっていく。


「はぁぁぁぁぁぁ。そうですよねぇ。」


昼休みに図書館によってみて、この町の地図をちゃんと調べたんだよ!?

それだけでも偉いのに、あの村、どこにも乗ってないしさぁ。


「美野里。美野里がいった図書館、『森林図書館』で間違いないんだよな?」


うん。図書館の壁にそう彫られてるの、ちゃんとみたから。


「だよな⋯⋯」


はあ、とため息をつき、スマホを自分の机に置く。

だれもいない教室の二人、完全にやる気を失っております。


でも、だれもみたことがないっていうことは、やっぱり幻って可能性が高いよね。そしたら架空空間ってこと?女王様の力で架空空間を作り上げたとか?


「あああああああぁぁぁ!!!進まないぃぃぃぃぃぃ!!!」


いろんな疑問がごっちゃになって、思わず大声をだしてしまう。


「うおっ、いきなりうるさいな!」


耳をふさぐりょうに、倍の声のボリュームで「うるさいっ」と怒鳴った。


はぁ。この難題、どうにかできないのでしょうか⋯⋯?


「どうしたの?大声だして。」


低すぎるともいかない、さわやかな声に、机に突っ伏していた状態からむくっと起き上がる。声のした方へ振り返ってみると、がらがら、と引かれた扉から、顔をのぞかせた男の子がへらっと笑っていた。


焦茶色の髪をすきま風になびかせて、くりっとしたまん丸い瞳は、土星の色みたいだ。男子のわりに華奢で、白い肌。笑顔になれば、お釈迦様みたいに見えてしまうほどの、さわやか青年。


「な、中野くん!」


勢いよく立ち上がって、久しぶり、と手を振った。


「馬鹿美野里。前あったの昨日だろうが。」


なっ!?今日は会えてなかったから、わたしの中では久々なんです!


「いつもどおりだね、二人とも。」

「それはいい意味でいってるのか信太?」


不服そうにじと目でみつめるりょうに、中野くんは苦笑いになった。


中野くんは、中学校から仲がよくて、りょうの親友でもある人。

高校に入って、クラス替えで隣のクラスになっちゃったけど、それでもしょっちゅう一緒に帰ったり、話したりしてる。そんな爽やか美青年なわけです!


「で、美野里ちゃんはなにを嘆いてたの?」

「嘆いてたっつーか⋯…あ、美野里。信太にもあれを」


教室の中へ歩み寄ってくる中野くんに、りょうがわたしに目配せをする。

その合図にこたえて、机に散らばっていた自作の絵を目の前で見せびらかせた。


「中野くん、こんな図書館、なにか知らない?」


じっくりと観察をして、気難しく眉毛をひそめながら、二言だけ、つぶやいた。


「⋯⋯ごめん。。」

「ああ、そうか。それはすま……いや、まてよ。」


軽く受け流そうとしたりょうは、びたりとわたしの横で立ち止まる。


「ん?どうしたのりょう。」

、って、どういうことだ?」


なにか知らない?ときかれて、普通は「知らない」というはず、と断言するりょうに、片手でぽんっと手を打った。


たしかに!思い出せない、っていうのじゃ、少し意味がちがってくる。


「どういうことだ?信太。」


問いかけるりょうに、中野くんは、ただただ静かに首を横に振っていた。


「わからないんだ。なんとなくみたことがあるような気がするんだけど、本当にこれなのかがよくわからない。思い出せないんだ。」


…⋯みたことが、あるような気がする?

な、中野くんが、あの図書館を!?!?


「ちょちょちょ、ちょっとまって!!中野くん、それって、もしかして、妖精のこととかも!?!?」

「ま、待てって馬鹿!あせるな。信太だって、まだ本当にみたことがあるのかもよくわからないんだ。妖精のことだって知らない可能性も高い。」


最後の最後だけぼそっと、わたしに耳打ちしたあと、りょうは中野くんの正面に向き直った。


「森林図書館っていう名前の図書館で、廃村みたいな村に立ってたらしい。」

「廃村みたいな、村?」


どんどんと眉間にしわを刻んでいく中野くんだけど、そんなのお構いなしに、言葉を付け足した。


「そう!木造住宅がいっぱい建ってたんだけど、どこにも住民の姿がなかったの!だから廃村かもって」


気持ちが高ぶって、思わずせかすように伝えると、中野くんは、うつむいたまま、ぽつりと言葉をこぼした。


「……入り口のゲートの生垣に、赤い花があった⋯⋯?」


ぱああっと、さっきまでの疲れや精神的にやられていた部分が一気に吹き飛ぶ。


「うん!あったあったよ!椿みたいな、真っ赤な花がたくさん咲いてた!!」

「寂れた公園があって、夏なのに木は枯れていた!」


さっきまでの眉間のしわはどこへいったのか、今はただただ、その大きくて丸い瞳を見開けるばかりだ。

わたしも、ぴょんぴょんとその場ではねてしまう。


「そうそう!その村に、この図書館が建ってたのっ!」

「そうだ。この図書館が建ってて、僕は扉を開けようとして⋯⋯!!」


ばっと顔を上げた中野くんは、その土星のような瞳を、光で満たした。


「りょう、美野里ちゃん。僕、思い出したよ。やっぱりここに行ったことがある。」

「本当か!」「本当に!?」


ただただ興奮しきった気分のまま、わたしとりょうの声が重なった。すこし傾いた太陽の光がさす全開の窓から、びゅうっと生ぬるくて、強い風が、教室の中へ吹きぬける。


音を立てて、机の上にあった紙が一気に舞い上がると同時に、中野くんは語り始めた。

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