第22話 叱責

「何を考えているんだ!」


 ダン! と机を拳で叩く音と怒鳴り声が部屋に響く。


「俺に断りもなくハーディス・ファンコットとの婚約を解消しただと⁉ この婚約は両家の利益のために大切なことだと何度も説明したはずだ!」


 椅子に腰を掛けたまま正面に立つ弟、ノバンに怒りを顕わにする。


 ヘンビスタ家の家長となったへラードは昨夜帰宅してからこの話を家令から聞かされた。


 すぐにでもノバンを問い質したいへラードだったが、生憎ノバンは朝方まで帰って来なかったため、帰宅後すぐにノバンを呼びつけたのだ。


「申し訳ありません、兄上」


「聞けばお前はハーディス嬢ではなく妹のアマーリア嬢に夢中でどの夜会でも婚約者を蔑ろにして妹にべったりだったそうじゃないか。婚約者がいる身でありながら他の女性に懸想し、それが周囲にも露見しているんだぞ。ヘンビスタ家の家格を落とすことになるとは考えなかったのか⁉」


 へラードはノバンに厳しい視線を向ける。


「我が家の家格を落とすなど、そんなつもりはありません! 確かに、ハーディスに冷たく接していたことは事実ですが、これには理由があるのです!」


「理由だと?」


「ハーディスは妹のアマーリアを虐めていました。アマーリアのドレスや宝石、母の形見は全てハーディスが独り占めしてアマーリアに与えられた物はほとんどありません。ドレスや宝石が流行遅れの品しかなく、姉に少しだけ借りただけでもハーディスは烈火の如く怒り狂い、妹に酷く当たるのです。それでも健気に姉を慕う彼女を見ていたら情が動いたのです。姉が与えてくれないのなら自分が与えてあげたいと思うようになり……俺は真実の愛を見つけたのです」


 いつになく真面目な表情を見せる弟にへラードは眉根を寄せる。


 この婚約は先代がハーディスとノバンが幼い頃にヘンビスタ家から申し入れて成立したものだ。


 本人達の意志は全く関係がなく、想う相手が他にいても仕方がないとは思う。


 しかも話を聞く限りではハーディス・ファンコットは相当、意地の悪い女らしい。


 天使と名高い妹と比べれば妹に惚れてしまうのも分からなくはない。

 かと言って、婚約者を蔑ろにして恥をかかせるなどあってはならない。


 婚約解消は成立していてファンコット家も納得していることは聞いていたが、詫びは入れなければならないだろう。


「それで、お前の真実の愛とやらはアマーリア嬢に届いているのか?」


 溜息交じりにへラードはノバンに訊ねた。


「え……えぇ、勿論。いずれは彼女と婚約を……しかし今はハーディスがいなくなって家がごたついています。少し、時間をおいてから改めて話をする予定です」


 歯切れの悪いノバンに違和感を覚えるも、へラードは大して気にせず、もう一度大きな溜息をついた。


 妹を虐め過ぎて妹を溺愛する伯爵に家を追い出されたことも既にへラードは知っていた。


 家を追われるほど酷い女と自分の弟が結婚するのは兄としては祝福し難いものがある。


 結果としてはこれで良かったのかもしれない。


「理由は分かった。だが、お前は元婚約者の女性に恥をかかせ、家門にも恥をかかせた。そこはきちんと反省しろ。一か月謹慎するように」


「一か月もですか⁉」

「喜べ。たった一か月だぞ。俺は弟に甘いからな」


 驚いて目を丸くするノバンにへラードはにっこりと笑みを浮かべる。


 ノバンは納得いかないという顔をしていたが、渋々了承した。


 弟を部屋から退出させ、へラードは椅子の背もたれにだらしなく寄りかかる。


 前回催した夜会でノバンが連れていたのはハーディス・ファンコットではなく妹のアマーリアだということが判明した。


「であれば……ゼノが出会ったという女性は誰だ?」


 あの日、客の中に生まれ変わりはアマーリア・ファンコットしかいなかったはずだ。彼女の聖力がどれほどのものか直接目にしていないので何とも言えないが、ゼノの話では曲がった腕を治せるほど強力な力だったという。


 考えてみれば天使には無理な芸当だ。


 おそらく、強力な力を持つ神の生まれ変わりなのだろう。


 アマーリアでないとなれば、一体誰なのかへラードの中で疑問が膨らむ。


「まさかゼノの幻覚……なんてことはないだろうが……」


 とにかく、このことはゼノに伝えておかなければならないだろう。

 今日は神殿に用事があるので、ついでにゼノにも会えるか確認することにした。

 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る