第19話 やっと見つけた
ゼルディノは馬車に乗り込むとドカッと腰を降ろした。
「信じられない。ろくに話も聞かずに追い出したなんて」
「私も信じられません。ご令嬢の名前を聞きもしなかった貴方が」
走り出した馬車の中で不満を呟くと目の前の男が更に不満を上乗せしてくる。
男の言葉にゼルディノはグッと押し黙る。
「それと、あのような小さな店の中で力を使うことは控えて下さい。雷が落ち店内が黒焦げにしなかっただけマシですけど」
目の前の男、クライシス・アルバートはゼルディノのわざと聞こえるように大袈裟に溜息をついた。
「分かってるよ。これでもかなり抑えたんだから」
そもそもこんなにややこしい状況になっているのはゼルディノがヘンビスタ家の夜会で相手の名前を聞かなかったことが原因である。
実際、訊ねはしたが教えてくれなかったのだから仕方がない。
だが自分も名乗れば相手は間違いなく名乗ったはずだ。
それをしなかった自分が悪いとゼルディノは自覚している。
「折角の手掛かりが潰えましたね。従業員からも大した話は聞けませんでした」
ゼルディノが店のオーナーと話している間、外にいた従業員から話を聞いていたらしい。
「それにしても酷い話ですね。妹を貶めようとして追い出された悪女でしたっけ? 家ではどうかは知りませんが、社交界で惨めな思いをしていたのは姉の方でしたけどねぇ」
クライシスは天井を見上げて不思議そうに首を傾げる。
「君は社交界でハーディス・ファンコットを知っているの?」
「えぇ、勿論。私の家も爵位がありますので社交界で挨拶ぐらいは。しかし、噂の婚約者と一緒にいる姿はほとんど見ませんでしたね。なんせ、婚約者のノバン・ヘンビスタは天使の妹にべったりでしたから。あれではどちらが婚約者なのか分かりませんよ」
その言葉がゼルディノの胸に重くのしかかる。
あの夜会の日も、おそらくそうだったのだろう。
婚約者は妹にべったりで自分は一人、惨めさに耐えきれずに庭でひっそりと時間を過ごしていたのだと思うと心が苦しくなった。
婚約者を妹に取られたとなれば貴族達の酒の肴になっただろうね……。
「その婚約者は馬鹿なの? 婚約者そっちのけで他の女に懸想して。周りからどう思われているか考えないのかな」
「周りには真実の愛がどうのこうの言っていたらしいですよ。それに兄の侯爵は最近まで領地と王都を行き来して多忙だったでしょう。いい年した弟に構ってる余裕はなかったのでしょうね」
貴族の結婚は必ずしも想い合う相手と一緒になれるとは限らない。
ノバン・ヘンビスタがアマーリア・ファンコットに想いを寄せていてもゼルディノにとってはどうでもいい。
しかし婚約者の女性に敬意を払わず、恥をかかせるようなことは貴族であるならばあってはならない。
本来であればハーディスの父がノバンに抗議するべきだが、質の悪いことに父親がそれを黙認しているということだ。
これではハーディスの立場がない。
彼女はどれだけ心に傷を負ったか計り知れない。
「それにしても不思議ですね。話によると強力な聖力を持っているらしいのに、屋敷から追い出すなんて」
「もしかしたら、家族には隠していたのかもしれない」
「何故です?」
首を傾げるクライシスにゼルディノは言う。
「さぁ。でも父親は知らなかったから簡単に彼女を追い出したんじゃない?」
普通であれば聖力を持つ天使や神の生まれ変わりを追放するような真似はしない。
気紛れで根無し草のようにフラフラしたがる者も多いので自分から出て行こうとする者ならいるが、そんな時は家門総出で引き止めるのが当たり前。
天界からの転生者は家門を繁栄させるといわれ、大切にされるのが常識だ。
しかし、彼女の場合はそうではなかった。
彼女自身が秘密にしていたに違いない。
「ねぇ、君は同じ家に生まれ変わりが二人以上生まれた家を知っている?」
「そういえば、ありそうですが聞いたことないですね」
ゼルディノは腕を組み、顎に指をかける。
「だよね。僕もない。だけど僕が探している女性がハーディス・ファンコットであればファンコット家には生まれ変わりが二人いる異例の状況なんだ」
「え、探してる女性ってハーディス・ファンコット嬢じゃない可能性があるんですか? こんなに必死に探してるのに⁉」
間抜け過ぎません⁉ っと大声を出すクライシスの足を思いっきり踏みつけてゼルディノは溜息をつく。
「ハーディス・ファンコットの特徴と一致しているから間違いないとは思うけど。何せ一度勘違いしてるからね」
足を踏まれて悶絶するクライシスの前で双眸を閉じ、ゼルディノは自分の至らなさに深く反省する。
プラチナブロンドの髪とエメラルド色の瞳はそう多くない。
間違いないと思いながらも、不安もある。
早く見つかると良いんだけど……。
そう思いながら馬車の小窓から外の景色に視線を移す。
すると視界の端に何かが飛び込んだ。
人が行きかう橋の真ん中で何かが光って見えた。
あれは……!
窓に額がくっつくほど顔を寄せ、目を凝らせば、橋の中央に女性が見える。
プラチナブロンドの長い髪が風に靡き、ふわりと揺れている。
顔は見えないが背格好が記憶の中にある女性と重なった。
「馬車止めて!」
「えぇっ⁉」
ゼルディノの大きな声に驚きながらもクライシスは馬車を停車させるように御者に命じる。
やっと見つけた!
「お待ちください、殿下!」
外側から馬車の扉が開くとクライシスの言葉を無視してゼルディノは一目散に駆けだした。
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