第2話


 一颯が遅めの夕食を食べている頃……

 愛梨もまた、両親と共にテーブルを囲んでいた。


「愛梨、最近、一颯君とはどう……?」

「またその話?」


 食事が始まるのと同時に始まった、恒例の母親の問いに愛梨は嫌そうに眉を顰めた。


「だって、ほら。二人とも……最近、二人で出かけるとか、そういう話も聞いてないし」

「たまたまよ。留学とか、試験とか……重なったから」


 例年であれば、一颯も愛梨も夏季休暇は二人でプールや夏祭りなどに出かけていた。

 しかし今年はそれがなかった。

 一颯がカナダに語学留学に行っていたからだ。


(……でも、確かに来年の夏休みは遊びたいかな?)


 受験期と重なってしまうが、高校生最後の夏季休暇だ。

 一颯も愛梨もおそらく違う大学に進学するだろうから、それを考慮に入れれば二人で過ごす唯一の夏季休暇ということになる。


 ……否。


(夏休みだけでもないか)


 大学に進学してしまえば、今の関係もきっと変わってしまう。

 今のうちに思い出作りにいそしんでも良いのかもしれない。


「……まあ、直近では特に試験もないし。近いうちに一緒に遊ぶかもね」


 愛梨がそう答えると、愛梨の母は納得した様子で頷いた。

 やはり、愛梨と一颯が付き合っていると、彼女は思っているようだ。


 私が大学で彼氏でも作ったらどうするつもりなんだろうか?

 などと、愛梨は思っていると……


「試験と言えば……」


 愛梨の父が口を開いた。

 一瞬だけ、ドキっと心臓が跳ねた。


「前の定期考査の結果は、どうだった?」

「え? あぁ……前のね……悪くはなかったよ。順位も少し上がってたかな?」


 愛梨がそう答えると、愛梨の父はなるほどと頷いた。


「一颯君は?」

「……総合一位だったよ。……科目別までは覚えてないけど」


 娘よりも、隣の家の子供の成績が気になるのか?

 愛梨は少しだけ不満を覚えながらも、そう答えた。

 

「そうか、そうか。……一颯君には、是非とも合格して、病院を継いで欲しいな」

「……一颯君なら、お父さんの病院よりも、もっといい就職先がありそうだけどね」


 モヤモヤした気持ちを抑えながら愛梨が皮肉を言うと、彼女の父は苦笑した。


「そこは……ほら、愛梨に頑張って、一颯君を引き留めて……」

「……」


 愛梨は無言で立ち上がった。

 そして大きなため息をつく。


「愛梨、どうしたの? もしかして、体調が……」

「そんなに一颯君に継いで欲しいならさ」


 愛梨は母親の言葉を遮る。


「一颯君を養子にでもすれば?」


 愛梨はそう言うと、無言でダイニングを出て行く。

 これには愛梨の両親も驚き、愛梨を呼び止める。


「……愛梨?」

「どうしたんだ、急に……」

「うるさい!」


 愛梨は大声で怒鳴ると……

 その場から駆け出し、家のドアを開けて、出て行ってしまった。


「ど、どうする……? 追いかけるか? 追いかけた方が……」


 オロオロする愛梨の父に対し、母は落ち着いた表情で答える。 


「すぐに戻ってくるわよ。……あの子、暗いの苦手だし」

「……それもそうか」





 それから十分後。

 顔を蒼白にした二人は、戻ってこない愛梨を探しに家を飛び出した。 





 愛梨の家から……徒歩で五分くらいにある、とある公園にて。


「……お金くらい、持ってくれば良かった」


 愛梨はトンネル型の遊具の中で、うずくまっていた。

 財布か携帯でもあれば、近くのコンビニで何かしら買えたのかもしれない。


 そんなタラればを考え、小さくため息をついた。

 夕食も殆ど食べていなかったため、お腹が空いていた。


 そして何より……


「さむっ……」


 傘も持たずに家を飛び出したため、制服はびっしょりと濡れてしまっている。

 愛梨は小さく身体を丸める。


 それでも愛梨は帰るつもりはなかった。


「……パパが悪い」


 確かに愛梨の幼馴染は優秀だ。

 愛梨よりもずっと頭がいい。

 そして愛梨よりも努力家だ。


 幼馴染に期待するのは、当然のことかもしれない。


 だがしかし……


「……道理が通らないでしょ」


 隣の家の子供より、まずは自分の娘に期待するのが道理ではないか。

 愛梨はずっと、そう思っていた。


 ずっと、ずっと……前から。


「私だって、一応……一颯君と同じ学部、第一志望にしてるんだけどね」


 大学は違うけど……

 愛梨が小さくため息をついていると……


「やっぱり、ここにいたか」


 声が聞こえた。

 外を見ると、そこには見知った幼馴染……風見一颯が立っていた。


 息を切らしている。

 傘を差しているにも関わらず、肩が濡れている。


 雨の中、走ってきたのだろう。


「家出するなら、もっと遠くにしろよ」


 呆れたような、安心したような声音で一颯はそう言った。

 それから右手を差し出した。


「ほら、帰るぞ」

「……やめて」


 愛梨はそれを強く手で払った。

 そして愛梨は一颯を睨む。


「今晩は帰らないから」

「バカ言うなよ。つまらない意地を張ってないで……」

「バカ? つまらない?」


 愛梨は表情を歪ませた。


「ああ、そうよね。あなたにとっては……そうなのかもね」


 バカで、つまらない話だろう。

 彼にとっては。


 自分よりも頭の良い、幼馴染様にとっては。

 きっと、そうなのだろう。


「……愛梨?」

「嫌い」


 愛梨は低い声でそう言った。

 愛梨の言葉に一颯は怪訝そうな表情を浮かべた。


 何を言っているんだ、こいつは。

 そんな顔だ。


 愛梨は増々、腹が立った。


「嫌い。大っ嫌い」


 愛梨はあらためて、そう言った。

 はっきりと。

 冗談ではないと。

 本気で言っているのだと。

 そう示すように。


「いつも私を見下して。いつもいつも、私の上にいて。前にいて。あなたがいると、息が詰まるの」


 愛梨の言葉に一颯の目が動揺で揺れ動いた。

 そんな一颯の反応に、愛梨は少しだけいい気分になった。


 その気分に、快楽に身を任せ……

 愛梨は言った。







「私の人生から消えて」




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このエピソードを書くためだけに今まで積み上げてきました。

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