第七章 いちゃらぶ外泊編

第1話

 深夜。

 とある公園の……トンネル型の遊具の中。


 そこで二人の男女が身を寄せ合っていた。


 寒さを凌ぐためか、それとも温もりを求めてか……

 少女は少年に対して身体をぴったりとくっ付けている。


 それを少年は拒むことなく、静かに受け入れていた。


「ねぇ……一颯君」

「今度はどうした?」


 少年が尋ねると、少女は赤らんだ顔で少年の顔をじっと見つめた。

 そして……





「……キスしていい?」






 ある日、予備校の休憩室にて。


「はぁー……」


 金髪碧眼の美少女が、深いため息をついていた。

 テーブルに突っ伏し、やる気のなさそうな表情を浮かべている。


「……これ、どうしたんだ?」


 茶髪の少年、葛原蒼汰はそんな愛梨を指さしながら……

 共通の友人である、風見一颯に問いかけた。


「全国模試の結果が悪かったらしい」

「へぇ、通りで……」


 なるほどなと納得の色を見せる葛原。

 もっとも、愛梨が不機嫌な理由はもう一つある。


(生理だしな)


 早朝、一颯は愛梨から事前に告げられていた。

 低血圧も相まって、非常に調子が悪そうだった。


「そんなに悪かったんですか?」


 茶髪の少女、葉月陽菜は一颯と愛梨にそう尋ねた。

 具体的な愛梨の点数と偏差値については知らない一颯は小さく肩を竦める。


「まあ……微妙に下がったなぁーって、感じ? みんなもできてないと思ったんだけどなぁー」


 できてなかったのは私だけだったみたいだね。

 と、愛梨は気落ちした声でそう言った。


「でも悪問が多かったからな。それに足元を掬われたと考えれば、別にそう気落ちするほどでもないだろう」

「満点だった人に言われても……」


 不機嫌そうな、不服そうな表情で愛梨はそう言った。

 下手に慰めると余計な怒りを買いそうだと考えた一颯は、口を噤むことにする。


「と言っても、愛梨さんもそう悪いわけじゃないですよね?」

「まあね」


 葉月の言葉に愛梨は少しだけ機嫌を良くした。

 愛梨の成績は特別に悪いわけではない。

 むしろ良い方だ。


「でもね、今のところ第一志望の判定がEだから。せめてD判定は欲しいなって思ってたんだけど、残念ながらね」


 そう言って愛梨はため息をつく。

 

「まあまあ、E判定はいい判定とも言うじゃないですか」

「むしろ今の時期にD判定なら、志望校上げて良いだろ」


 葉月と葛原は二人で愛梨を慰めに掛かる。

 ……というよりも、本人たちの判定もおそらくE判定なのだろう。


 口ぶり的には、あえてE判定のところを第一志望にしているようだが。


「それもそうだけど……私の知り合いに、第一志望がA判定の人がいてね」

「……今の時期に、ですか?」

「上げればいいのに。チキンなやつだな」

「曰く、これ以上は志望を上げられないみたいでね?」


 そう言いながら愛梨は一颯へと視線を向けた。

 葉月と葛原も揃って一颯の方を見て、「あぁ……」という表情を浮かべる。


 疎外感を覚えた一颯は一人、頬を掻いた。






 そして予備校の帰り。


「うわっ……雨、降ってるじゃん」


 愛梨は空を見上げ、そう呟き……そして一颯の方を見た。

 一颯は持ってきていた折り畳み傘を広げる。


「天気予報くらい、確認しろ。……何してる? 早く入れ」

「……ありがとう」


 愛梨は一颯の傘の中に入った。

 雨の中、二人は傘を共有しながら帰路に着く。


「一颯君ってさ……親に見せてる? 模試の結果」

「……聞かれたら見せる、かな? 隠したりはしないけど」


 愛梨の問いに一颯はそう答えた。

 少なくとも一颯にとっては、自分の成績は恥ずかしいものではない。


 もちろん、積極的に見せてはいないし、あえて自慢することもないが。


「ふーん」

「……愛梨は?」

「まあ、別に私も隠したりはしないかな?」


 そう言って愛梨は肩を竦めた。

 愛梨も別に恥ずかしい成績というわけではないのだ。

 

 ただ、彼女の目標には届いていないというだけで。


 と、そんな話をしていると……


「じゃあ、また明日ね」


 気が付いたら家の前に着いていた。

 自分の家の前で手を振る愛梨に対し、一颯は頷いた。


「じゃあ、また明日」


 扉を明けて、家に入っていく愛梨。

 彼女を見送り、自分も家に入ろうとして……


(……そう言えば、愛梨の第一志望ってどこだ?)


 今度、聞いてみようと一颯は思った。





「……ただいま」

「お帰りなさい、一颯」


 一颯が帰宅すると、そこでは母親が待ち構えていた。

 思わず一颯は苦笑する。


 一颯の母親は昔はともかく、今はどちらかと言えば放任主義だ。

 息子の帰りを待ち構えるようなことはしない――寄り道をしたりして、帰りの時刻がズレることが多々あるからだ。


 では、なぜ待ち構えていたのか。


「全国模試、今日だったよね?」

「……後で返してね」


 一颯はそう言うと模試結果が書かれた紙を、母親に手渡した。

 熱心に結果に目を通す母親を尻目に、一颯は洗面台で手洗いうがいをする。


 リビングに戻ってきた時、すでに一颯の母はコピーを取った後だった。


「前よりも一・五も上がってたじゃない」

「……そうだっけ?」


 一颯は母親から原本を受け取りながら、首を傾げた。

 何か月も前の模試結果、それも偏差値の細かい数値など覚えていない。

 五以上も上がっていたらさすがに気付くが……それ以下の変化となると、以前との差は分からない。


「そうよ。数学が伸びてたわ。頑張ったの?」

「悪問が多かったから、他が落ちたんじゃないかな?」


 他の人が解けなかった分、一颯が解けただけ。

 少なくとも、一颯は数学に対して特別に熱を入れたつもりはないし、よくできたとも思っていない。


 試験は水物だから、多少の上下の振れ幅はあるだろうと一颯は認識していた。

 そして多少、下にブレたとしても支障はないとも考えていた。

 

 風見一颯にはその程度の自信があった。


「そうだったの? でも……」

「話は夕飯の後じゃ、ダメかな?」


 すでに時刻は八時を過ぎている。

 予備校での授業前に軽くチョコを摘まんだ程度ということもあり、それなりに空腹だった。


「そうね。……ちなみに今日、何だと思う?」

「……唐揚げ?」

「正解!」


 一颯の母は嬉しそうに言った。


 ……それからしばらくして、一颯が自室で夕食を食べている最中。

 

「一颯!」

「……何だよ、母さん」


 ノックもせずに部屋に上がり込んできた母親に対し、一颯は眉を顰めた。

 一方で一颯の母親は叫ぶように言った。


「愛梨ちゃん、家出したって……場所に心当たり、ある!?」


 一颯は驚きで目を見開いた。







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