第2話

 授業中のこと。


(やっぱり、童貞一颯君はこの手のスキンシップには弱いみたいね)


 神代愛梨は自分が処女であることを棚に上げ、内心でほくそ笑んだ。


 愛梨の独自研究によれば、男(特に童貞)という生き物は、女の子に触れられるだけで「こいつ、俺のこと、好きなんじゃ……」と勘違いしてしまう悲しい生き物らしい。

 

 もちろん、一颯と愛梨は幼馴染同士であり、距離感も近い。

 だから一颯にはスキンシップに対する抗体が並の童貞と比較すればあるが……


 さすがに密室状態でハグされると、動揺を隠せなくなるらしい。


(まあ、私が可愛いというのもあるだろうけどね?)


 愛梨は気分が良かった。

 元々、愛梨はナルシストな方であり、ちやほやされたりするのは嫌いではない――むしろ好き――方だ。


 だから一颯の態度は十分に愛梨の自尊心を満たしたのだ。


(さて……もう少し煽った方が良いかしら。となると次は……)


 愛梨は隣の席の幼馴染を見ながら、次の計画を練るのだった。






(……愛梨のやつめ、何を考えているんだか)


 風見一颯は授業を流し聞きながら、先ほどのことを考えていた。

 先ほどのこととは、もちろん愛梨が一颯に抱き着いてきたことだ。


(ま、まあ、様子がおかしいとまでは言えないが……)


 愛梨が一颯にこの手のスキンシップ行為をすることは、今回が初めてというわけではない。

 例えば小学生くらいの時は、抱き着いたり、肩を組んできたりということは度々あった。


 一颯が照れれば照れるほど、愛梨は調子に乗った。


 とはいえ、中学生くらいになってきてから、さすがにこの手のスキンシップ行為は減った。

 それはお互いに自分の身体が変わってきたことに、自覚を持ち始めたからだ。

 要するに慎みを覚えたわけである。


(もしかして、この前の仕返しか?)


 一颯は愛梨に壁ドンをしたことを思い出す。

 愛梨は一颯にいいように遊ばれたことを、悔しそうにしていた。


 今頃になってその復讐をし始めたのかもしれない。


(だとするなら……あいつの手に乗っちゃダメだな)


 次は絶対に動揺しないようにしよう。

 一颯はそう心に近い……


「あっ……」


 余計なことを考えていたせいで、消しゴムを落としてしまった。

 消しゴムは丁度、一颯の隣の席の、愛梨の席の下へと転がった。


「……?」


 消しゴムに気付いたらしい愛梨は、それを拾い上げた。

 そして一颯の方を見て、返そうと手を伸ばし……


「……っふ」


 何故か笑みを浮かべ、引っ込めた。

 一颯は眉を顰める。


(返してくれ!)


 一颯は心でそう念じながら、手を愛梨に差し出した。

 しかし愛梨は得意気な表情を浮かべながら、一颯の消しゴムを二本の指で挟み、見せびらかすように顔の前で掲げた。


 そして消しゴムを持つ手をゆっくりと下げる。 

 釣られて一颯の視線も下へと下がり……


「……!」


 愛梨の真っ白い太腿が目に飛び込んできた。

 気が付くと、愛梨はスカートを片手で捲っていた。


 ショーツが見えるか、見えないか……ギリギリのところまで、太腿を見せつける。


(お、お前……!)


 一颯は愛梨を睨むが、しかし愛梨は「あら? どうしたのかしら?」と言わんばかりにニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべた。

 そして最終的に太腿と太腿で、消しゴムを挟んでみせた。


 そしてピンク色の唇を動かした。


 ――取ってごらん――


(取れるか!!)


 一颯は内心でそう叫んだ。

 しかし一颯がいくら睨もうと、愛梨はどこ吹く風だ。


 だが隣の席まで手を伸ばし、愛梨のスカートの中を漁るわけにもいかない。


(……はぁ、まあ、仕方がない)


 一颯は消しゴムを諦め、黒板を向いた。

 後で返してもらおう。今は、授業に集中しよう。


 一颯はそう心の中で念じた。


 しかしいくら黒板を見つめようとも、愛梨の白い太腿が脳裏を過り、まともに集中できなかった。






「愛梨!」


 授業後、早々に一颯は愛梨に対して怒りの声を上げた。

 一方で愛梨は飄々とした表情で一颯を見上げた。


「どうしたの?」

「消しゴムを返せ」

「えぇー、どうしようかなぁー」

「……愛梨」


 一颯は声を低め、もう一度愛梨の名前を呼んだ。

 ビクっと愛梨は身体を震わせた。


「何度も言わせないで欲しいんだがな」

「……わ、分かってるって。ついてきて。返すから」

「今、返せ」

「ついてきたら返してあげる」


 愛梨は立ち上がってそう言った。

 一颯はしばらく愛梨を睨むが……


「……はぁ、分かった」


 ため息をつき、愛梨に従うことにした。

 愛梨は嬉しそうに笑みを浮かべると、歩き出し、そして教室を出て行く。


 階段を上り、そして屋上についた。


「……何をするんだ?」


 一颯は思わず眉を顰めた。 

 怒りよりも疑問が強まる。


 そして……


 ――もしかして、人目のある場所では話せないような相談事があるのか……?――


 という心配する気持ちが心の底から湧き上がる。


 そんな一颯に対して愛梨は……


「はい、消しゴム」


 スカートのポケットから消しゴムを取り出した。

 そしてそれを、セーラー服の胸ポケットにしまった。


「……返せよ」

「返すわよ?」


 ニヤっと愛梨は笑みを浮かべ、そして言った。


「ほら、取って良いわよ」


 自分の胸の膨らみを、軽く指で押してみせた。





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