第60話 身体の異変
屋敷に戻って、お風呂に入ったあたりから身体が熱い感じがした。
長湯をしたつもりはないのに、顔が火照っている。
冷たいお水を飲んだあと、部屋でぼーっとしているうちに夕食の時間になった。
食堂までの足取りは心なしかおぼつかず、気を抜いたら壁にぶち当たってしまいそうだった。
もはや、普段の体調ではない事は明白だった。
しかし、ソフィアがそれを周りに訴える気にはなれなかった。
(思った以上に、疲れているだけ……うん、そうに違いないわ)
自分にそう言い聞かせた。
実家にいた頃、体調が良くないと家族に伝えても心配されるどころか、面倒臭そうに対応されていた。
『貧弱なお前が悪い』『忙しい時に面倒事を持ち込むな』と一蹴された。
いつしかソフィアは、体調に異常をきたしても周囲に打ち明けず、自然治癒に任せるようになった。
流石にしんどい中で仕事をしてぶっ倒れた時は、使用人に自室に押し込まれ寝かされたが。
その時も、家族が心配して見に来てはくれなかった
そんな経緯があったため、いつしかソフィアは『周りに迷惑をかけないために自分の体調の不良を黙る癖』がついてしまった。
(大丈夫……ちょっと身体は熱いけど、歩けているし、意識もある)
以前、ぶっ倒れた時と比べたら全然ましだ。
気合を入れ直し、ソフィアは歩を進める。
夕食を食べたら、今日はすぐに寝よう。
それだけ決めて食堂へ向かった。
「来たか」
食堂にはすでにアランがいて、待っていたと言わんばかりの表情を浮かべる。
それを見るだけで、少しだけ気分が楽になったような気がした。
テーブルに目を向けると、今日も今日とて美味しそうな料理の数々。
いつもならここでお腹を鳴らすところだが、不思議と食欲が湧いてこない。
食べて栄養を摂取したいという欲よりも、早くベッドに寝転がって体を休ませたいという欲が勝っていた。
おそらく、今日は全く量を食べれないだろう。
そんな確信があった。
(せっかく、用意してくれたのに……)
ソフィアの胸の中に、申し訳ない気持ちが溢れる。
「どうした、ボーッとして」
「あっ、ごめんなさい」
慌ててソフィアはアランの隣の席に着く。
いつもの定位置。
「なんだか、今日はいつもより豪勢ですね」
大きなテーブルに並べられたラインナップを見て、ソフィアが呟く。
「今日は課題クリアの記念日だからな。シェフにはいっそう、腕を振るってもらった」
「わあ……ありがとうございます」
アランの気遣いに、ソフィアの口角が自然と持ち上がった。
しかし内心は、複雑な心境であった。
食への祈りを捧げた後、夕食が始まる。
しかし予想通り、いつもよりも食指が動かない。
ネズミの如く、ちびちびとしか食べられなかった。
(どれも、美味しいのに……)
罪悪感。
焦りが、申し訳なさが、ソフィアの鼓動を少しずつ早くする。
連動して、身体の調子がどんどん悪い方向へ向かっていっている実感があった。
自然と、水を飲む頻度が高くなる。
クラリスに何度も水を注いでもらって申し訳なくなる。
そのせいで余計に、熱が上がっていって……。
「ソフィア、何か考え事か?」
「えっ」
「あまり、食が進んでいないように見えるが」
ソフィアの異変に、アランが気づいた。
「あっ……えっと、その……」
ここで素直に、体調が悪いですと口にする事がソフィアには出来なかった。
大丈夫です。
少しぼーっとしていただけです。
ちょっと疲れで食欲が……。
といった、取り繕う言葉ばかり浮かんで。
だけどアランに誤魔化しの言葉をかけるのはなんだか嫌で。
あうあうと、思考をショートさせたソフィアは口をぱくぱくさせるばかりであった。
そんなソフィアの挙動を見ていたアランが目を細める。
それから“もしや”といった表情を浮かべて──。
「失礼する」
それは、突然の事だった。
「へぁっ……?」
ぴとりと、アランがソフィアのおでこに、自分のおでこをくっつけてきた。
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