第59話 ほんの少しの自信
オレンジ色の空が頭上に広がっている。
今日も今日とて竜モードのアランの背に乗って屋敷へと飛行中。
「ほう、課題をクリアしたか」
アランの感心したような声が響き渡る。
「通常なら一年はかかるところをたったの一週間でこなすとは……やはり見立て通り、ソフィアは凄まじい才能を持っているのだな」
アランの言葉に、ソフィアは「凄まじい才能だなんてそんな……」と控えめだが、口元は緩み表情からは隠しきれない喜色が溢れ出ていた。
「ありがとうございます、アラン様。でも、ここまで上手くいったのはひとえにモーリスの教え方が上手だったのと、クラリスの献身的なサポートのおかげですよ」
「お褒めいただき恐縮です、ソフィア様」
「いえいえ……仕事ですので」
ソフィアの両脇に控えるユニコーンモードのモーリスと猫モードのクラリスは淡々と言う。
しかしモーリスは尻尾がぶんぶん舞っていて、クラリスは立てた尻尾の先をふりふりさせていた。
両方とも嬉しいを意味する尻尾の動き。
その動きの可愛さに耐えきれず、ソフィアはふたりの尻尾をもふなでしてうっとりするのであった。
「確かに二人のお陰でもあるだろう。だが、やはり一番はソフィア、君自身の才と弛まぬ努力の賜物だ」
「私は、私のやれる事をやったまでですよ。……最も、力不足でモーリスとクラリスにはたくさん迷惑をかけましたが……」
「「迷惑だなんてとんでもないです」」
ぶんぶんと、モーリスとクラリスが同時に首を振る。
なんとも可愛らしい。
一方で、ぽつりとアランが息を吐く気配。
「モーリスから日々の訓練の内容は聞いている。日々、ソフィアは課題に真摯に向き合い、自分の時間と能力を最大限注いでいたと。それはひとえに、君の直向きさと、実直さそのものだ。自信を持っていい」
「自信……」
「ああ、君はよくやった。誇りに思うべきだ」
ソフィアの胸に、じんわりと温かい感情が去来する。
この一週間の自分を振り返る。
訓練中はもちろんのこと、それ以外の時間、ご飯の時もお風呂の時も寝る直前も、常に課題について考えていた。
もっと精度を上げるにはどうすればいいのか、もっと上手くいくにはどうすればいいのかと、考えて考えて考え続けていた。
訓練終わりには、反省点を羊皮紙に纏めて次に活かせるよう改善を心がけた。
これ以上頑張れたかと聞かれると怪しいくらいには、ソフィアはこの課題に対して真摯に向き合っていた。
その結果が、通常よりもずっと早い成果につながった。
この成功体験を事実として認識したソフィアの中に、今まで感じたことのない感覚が湧き起こった。
実家で過ごしていた時、毎日のように抱いていた──あの、自分の存在が、心がゴリゴリと削られていくものとは真逆の、満たされていくような感覚。
それは、ソフィアが魔力ゼロを叩き出し周囲から否定され初めて以降はじめて実感した、“自信”であった。
（こんな私でも……）
やればできるんだ、とソフィアは思った。
自分の意思と関係なく、拳が力が入る。
小さな小さなガッツポーズ。
ほんの少しだけ、ソフィアは自分に自信を持つ事が出来たのであった。
──ずきん。
不意に、脳の芯あたりで痛みが走る。
反射的に、ソフィアは頭を押さえた。
「如何なさいました？」
ソフィアの挙動に気づいたクラリスが尋ねる。
「う、ううん、大丈夫。ちょっとボーッとしたというか」
反射的に答えると、クラリスは一瞬眉を顰めたが「そうなのですね」と言い置き続けた。
「今日もたくさん精霊魔法を使いましたからね、身体がお疲れなのでしょう。しっかりと夕食をおとりになって、湯船に浸かって、ゆっくりお休みしましょう」
「ええ、そうね……そうするわ」
頭痛は治まっていたが、心なしか身体が重い。
大きな石塊が肩にのしかかっているような感覚。
（ちょっと……疲れたかも……）
そう思いながら、視線を前に戻す。
屋敷はもうすぐそこだった。
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