第48話 訓練の報告
「……以上が、本日の一連の流れです」
夜、王城。
アランの執務室で、モーリスは淡々と今日の訓練中に起こった出来事を報告し終えた。
「予想以上の成果、ってところかしらね」
報告内容を聞いたシエルが弾んだ声で言う。
アランの机に腰掛け足をぷらぷら。
興奮隠せぬ様子だった。
一方で、じっとモーリスの報告を聞いていたアランが口を開く。
「教えた感触としては、どうだった?」
「天才、としか言いようがございませんね」
まるで、壮大な物語を読み終えた後の余韻に浸るような表情で、モーリスは言う。
「今まで多くの精霊魔法士を見てきましたがソフィア様ほどの才能を持つ者はとても……」
モーリスの報告曰く、ソフィアは課された一メートル四方の土の塊を作るという課題に取り組んだところ、最初は巨大で歪な土の塊を作ってしまったらしい。
加護の指輪で精霊力を制御していたにも関わらず、ちょっとした一軒家ほどの巨大な土塊を創造したことに初手から度肝を抜かれたのは言うまでもない。
土を創造するのは精霊力を多く使うし何度もやっていたら草原に山ができてしまうと言う事で、二回目からはその土塊を使って訓練を行った。
最終的に、与えられた数時間では一メートルきっかりの土塊を作る事は出来なかったが……。
「イメージした通りの形……立方体型の土塊を数時間で作るなんて……本来、精霊魔法の制御は何年もかけて少しずつ習得していくものです。自分のイメージした形通りの物体を生成するだけでも一ヶ月、下手したら何ヶ月もかかるところ一日でやり遂げるなど、規格外もいいところです」
モーリスの言葉には熱が篭っていた。
それだけとてつもない物を、ソフィアは彼に見せたのだった。
ソフィア本人は「ごめんなさい……調整が難しくて課題通りのものは作れませんでした……」と見るからにしょんぼりしていたが……。
ソフィアが数時間で行った事がどれだけ凄いのかモーリスが懇々と説いて、心底ホッとしたようだった。
「ソフィア様にあと必要なのは、“強すぎる精霊力を抑える力”だと思います。彼女の精霊力が莫大すぎるゆえに、そこに一番苦労しているのかと」
「なるほど、精霊力が多い故の弊害だな」
「逆に言うと、そこだけ調整できればもう、言うこと無しだと思います」
確信的な目で、モーリスは頷いた。
「あと、何よりも舌を巻いたのは……ソフィア様の努力気質というか、負けん気というか……何度も何度も失敗しても、投げ出すことなく精霊魔法に向き合い、休憩する間も無く訓練に励んでいました」
「ソフィアちゃん、偉い! とっても努力家なのね」
「はい、とても教え甲斐があります」
二人とは対照的に、アランの表情は険しい。
「……努力家、か」
ソフィアが努力をするモチベーションの根源は、“命令されたらやり遂げなきゃ”という、実家にいた際に植え付けられた強迫観念だろう。
そう思うと、彼女の頑張り屋気質を手放しに褒めるのはあまりよろしくない。
「報告感謝する。想像以上の成果だ」
「何よりでございます。といっても、私の手はそれほどかかっておりませんが……」
「モーリスの手腕もあるだろう。引き続き、ソフィアの訓練に従事してくれ」
「お任せを」
「あと……休憩は無理矢理でも取らせてくれ。頑張り過ぎて倒れる、という事態は全力で避けてほしい」
釘を刺すように言われて、モーリスは深々と頭を下げた。
「肝に銘じます」
その言葉を最後にモーリスは退室し、部屋にはアランとシエルが残される。
「ひとまず安心、ってところかしら」
「まだわかりません」
「あら、用心深いのね」
「まだ一日目です。これから何が起こることやら……」
未だ険しい表情で言うアランに、シエルはにんまりと笑う。
「ソフィアちゃんの心のケアはお願いね、旦那様」
「何やら含みのある言い方ですね」
「真面目な意味よ」
スッと瞳の明度を落として、シエルは言う。
「明るく気丈に振る舞っているように見えて、ソフィアちゃんはきっと無理しているわ。急に環境が変わった上に、何より彼女は、過去の自分と決別できていない」
目を伏せ、どこか痛ましげにシエルは続ける。
「そう遠くないうちにきっと、あの子が抱えている絶望が破裂してしまうわ。その時はしっかりと、ソフィアちゃんのそばに居てあげなさい、そして……」
アランをまっすぐ見据えて、にっこりと笑ってシエルは言った。
「貴方の、正直な気持ちを伝えてあげてね」
「…………善処します」
「善処なのね……」
これだから堅物竜はと言わんばかりにシエルは頭を押さえた。
「まあ、いいわ。ソフィアちゃんの心配は当然のこととして、自分の身体にも気を使ってあげなさい」
「自分の?」
アランが尋ねると、シエルはまるで子供に言い聞かせるように人差し指を立てて言う。
「貴方は真面目すぎるのよ。そんなに気を張っていたら、貴方の方が倒れちゃうわよ」
「竜人の体力を甘く見ないで頂きたい」
「同じ生き物である事は変わらないでしょうにー」
そう言われるとそうなので、反論は出来ない。
とはいえ……。
(気を張り過ぎ、か……)
それは否定出来ない。
事実、ここ数日の自分は少々、精神を尖らせていた。
自分らしくない。
だがソフィアの事となると何故か気を強く張ってしまうというか。
心配で、気が気で無くなってしまうのだ。
「…………」
自身の中に芽生えつつある確かな感情をどう取り扱えばいいか、アランの中で明確な答えはまだ出ていない。
ここで考えても仕方がない事だろう。
……何はともあれ、ソフィアがこの国において与えられるであろう役割については、そう遠くないうちに力を発揮出来そうだと思った。
その点については、安心しても良いかもしれない。
アランは立ち上がる。
「あら、どこへ?」
「ソフィアと夕食の時間です」
「まあ!」
両手を合わせて感激したようなポーズをするシエル。
「夫婦なんですから、当たり前でしょう」
「うんうん、そうねそうね」
なんでこんな、やけに嬉しそうなのだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、シエルは言う。
「一匹狼ならぬ一匹ドラゴンだった貴方が、こうして人と関わるようになった事が、嬉しいのよ」
「……褒め言葉として受け取っておきましょう」
最後に一礼して、アランも部屋を退室する。
後に残ったシエルはひとり、少女のような笑顔を浮かべて言葉を落とした。
「さてさて、いつになったら素直になることやら」
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