第24話 夢じゃない、朝のもふもふ

「……夢じゃない」


 精霊王国エルメルの、アランの家に嫁いだ翌朝。

 新しい自室のベッドの上で、ソフィアは寝ぼけ眼を擦りながら言葉をこぼした。


 昨日まで、ソフィアの目覚めを出迎えるのは埃臭くて薄暗い部屋だった。


 今ソフィアがいる部屋は広くて綺麗で、そして明るい。


 天国と地獄のような落差に、現実感がない、が。


 大きな窓から差し込むぽかぽかとした朝陽。

 耳心地の良い小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。


 それらは確かにソフィアの五感が捉えていた。


 夢じゃない。


 ただそれだけの事実に、ソフィアは深い安心を覚えた。


 上半身を起こそうとすると、自分が枕にしていた物体がもふもふでふわふわなフェンリルな事に気づく。


 実家の時のような小型犬サイズではなく、全身で堪能できる素敵サイズモードだ。


「ふふ……」


 あどけなくて可愛らしい寝顔に、思わず笑みが溢れる。

 きゅぴーきゅぴーと寝息を立てるハナコをひと撫で……で我慢できるはずもなく。


「ふふふっ」


 起きるのは中断して、まずはもふもふを堪能する事にした。

 もふんっと、ハナコの大きな身体にダイブする。


 柔らかい、ふかふか、温かい。


「幸せ……」


 その言葉に、ソフィアの感情が全て集約されていた。 


「このまま二度寝……しちゃおうかしら」


 二度寝。

 それは、ソフィアが夢にまで見た甘美な所業。

 

 実家にいた頃は朝早くから飛び起きて朝食の準備や掃除など何かしら働かされていた。

 今、自分に与えられた仕事は何もない。


 いっつあふりーだむ。


 つまり、自由。


 夕食まで時間はたっぷりあるのだから、もう一度心ゆくまで寝るのは誰にも責められない選択と言えよう。


 ……。


 むくりと、ソフィアは上半身を起こす。

 そしてきょろきょろと周りを見回し、誰もいないことを確認してから再びハナコにベッドイン。


「それじゃ……お言葉に甘えて」


 誰に言われたわけでもないのにそう言って、いざ夢の世界へ再び……。


 こんこん。


「ソフィア様、起きられてますか?」

「は、はい! どうぞ入ってくだ……じゃなくて、入っていいわよ」

「失礼します」


 がちゃりと、クラリスがカートをついて入室してきた。


 猫耳ぴくぴく、尻尾ふりふり。

 今日もクラリスはもふ可愛い。


 そんなクラリスは、ハナコに寄りかかるソフィアの姿を見て頭を下げた。


「申し訳ございません、起こしてしまいましたか」

「ううん、大丈夫! さっき目覚めたばかりで、そろそろ起きようと思っていたから」


 二度寝を決め込もうとしていた事は咄嗟に伏せた。

 なんだか反射的に、後ろめたい気持ちが胸に湧いたから。


「なるほど、そうでしたか。では、朝食の準備をさせていただきますね」

「ちょう、しょく……?」 


 生まれて初めて聞いた言葉みたいに言うソフィア。

 クラリスが怪訝そうに眉を顰める。


「何故、きょとんとしているのですか?」

「三食もご飯を食べていいのですか……?」

「え……?」


 ソフィアの反応に、流石のクラリスも面食らうのであった。

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