第29話 朱莉のパンツ

「……え!? な、何!?」

 俺のカバンの底からふわりと机の上に舞い降りた純白のパンツ。

「朱莉」とご丁寧に名前が書かれた純白で、でもどこかさっきまで履いていたような形跡もあるそんなパンツ。


「ちょ、優也お前それ女もの、だよな? そのえっと……ドロった?」


「え、優也君それって……優也君ってそう言う人……?」

 そして周りから来るのは驚きと軽蔑の憐れんだような視線で……いや、違う違う! 誤解だ! みんな誤解だ!!!


「誤解だって……何が誤解なんだよ? お前のカバンからパンツが出てきたところ、俺はこの目で見たし、隠しているようにカバンの奥底から出てきたところを俺は見たし……優也はそう言う趣味だったのかな~、って」


「あ、あんまりアタシも信じたくはないし、優也君の事疑うのも嫌だけど、でもこれはちょっと……その、ちょっと軽蔑しちゃうかも……あはは、ごめんね、女の子的にはこう言うのヤダ。誤解とかそう言う言い訳もヤダ」


 でも俺がいくら誤解だ誤解だ! って言っても周りの反応は全然芳しくなく、男友達からも女友達からも軽蔑の視線というか、ドン引きの視線というか、そう言うのがずいずいと俺にぶっ刺さって……だから誤解なんだって、身に覚えないんだって、委員長もそんなゴミ男を見る目で見ないで……朱莉何してんだよ、マジで!!! 今回の今回は意味わかんないぞ、マジで怒るぞ、何やってんだお前!!! ちょっと前まで正確戻ったかな、なんて思ってたけどやっぱり朱莉だ、変態の朱莉だ!


 おおかた勝手に部屋に侵入して、俺のカバンにこっそり入れて反応報告楽しみにしてるんだろうけど、そのせいで今大変なことに……それにこういう時は意外と頼りになる長岡紬がなぜか今日は黙ってるし! お前が一番頼りなのに、いつもはアレだけど……もうしょうがない!


「ちょっと、優也君、誤解じゃなくてちゃんと……」


「あ、あれれぇ? こ、これはい、妹のパンツだー! あ、あいつ俺にイタズラしたなー! ふ、冬華め俺を困らせて遊ぶためにこんなイタズラをー! な、なにやってんだ、ふゆかー!」

 怒った口調で俺の方に近寄ってくる委員長の言葉を強引に遮って、何とか言い訳のために冬華のパンツ! という強引な嘘をつく。

 多分そうとう棒読みでかなり怪しいと思うけどこれで許して、イタズラってところは本当だし、多分! だから許して、後で本人には怒っとくから!


「……何? 優也君って妹いたの? 本当? 嘘ついてんじゃない?」

 ……やっぱり怪しかったみたいでジト目の委員長が女の子全員の軽蔑の視線を背負いながらじりじりと俺の方に詰め寄ってくる。

 あら、眼鏡ジト目も素敵……ってそんな冗談言ってる場合じゃなくて!!!


「いるよ、マジで妹いる! なあ、長岡紬、俺には妹居るよな! いたずら好きな妹がいるよな?」


「……ふぇ? ああ、優ちゃんに妹? うん、いるよ、冬華ちゃん、優ちゃんの事大好きな可愛い妹さん、いる! 冬華ちゃんイタズラも大好き、私もされた!」

 う~ん、と何かを考えていた長岡紬にそう助け船を依頼すると、少し驚いたように、でも期待した通りの助け舟を出してくれる……ちょっとだけ余計なこともあったけど、ありがと、長岡紬!


「……ふーん、まあ紬ちゃんが言うなら本当か。本当に妹ちゃんのパンツなんだね? 妹ちゃんのイタズラなんだね……いまいち信じれないけど」

 男友達からの視線は割とおさまったけど、でも、委員長とその背中に宿る女の子の視線はそこまで変わらずにやっぱりじりじりと迫ってきて。

 まあそうだよね、こんなんじゃ納得できないか……でもでも!


「本当だって、本当! 本当に妹の、冬華のパンツなんだって、妹がイタズラしたんだって……だから俺が盗んだとか、そう言う趣味があるとかじゃなくて、これは妹のせいで……だから俺は悪くない、これは妹のパンツだ!!!」


「はーい、みんなおはよ……って黛君!? なんでパンツを、しかも妹ちゃん……黛君!?」

 みんなの誤解を解くために、高々とパンツを両手で天に構えながらそう宣言したタイミングで先生が教室に到着、俺の方を少し泡食ったようにびっくりして。

 でも、前のパンツの天ぷらで慣れたのかその目はしっかり俺の方をとらえていて。


「……誤解です、先生! 誤解なんです!!!」


「ままま黛君! それ持って指導室きなさーい!!!」

 俺の抵抗空しく、真っ赤な顔の先生の宣告が教室に響き渡った……マジで朱莉! 本当に怒るからな、今日は容赦しないからな!!!



 ☆


「それで、黛君! その妹さんのパンツって……な、なんでそんなもの学校に持ってきてるの! その、もし盗んだとかだったら大問題だからね!!! ダメだよ、逮捕だよ!!! そのパンツどうするつもりだったの!!!」


「いや、先生それが誤解で……かくしかじかで……」

 指導室、羞恥に顔を赤くした先生がパンパンと机を叩きながら、ぷくーと大きな声でそう言ってくるので、先生にさっきの状況を説明する……まあ嘘なんだけど、流石に先生に朱莉の事は言えないし。ていうかそのパンツ後ろに名前書いてあるから普通に見つかりそうで怖いんだけど。


 そんな心配をしていたけど、先生はパンツには目もくれずに俺の説明を熱心に聞いてくれて、その顔色もだんだんと落ち着いてきて。

「……なるほど、つまり妹さんがいたずらで、黛君のカバンにパンツを入れた、というわけだね。そう言う事なんだね、黛君!」


「はい、そう言うわけです! ホント困った妹ですよね! たまに小学校のころからこういうイタズラされてきて、最近はなくなったな、なんて思ってたら急にこの仕打ちで! いやー、ホント困っちゃいます!」


「なるほどなるほど、そう言う事か……まあ、黛君の事は信用してるし! いつも西塚さんのところ行ってくれて、私の手伝いしてくれてるし……よし、今回は君の事を信用します! 黛君の事を信用するよ、君の言ってること本当だと信じるよ!」

 そう言ってででーんと胸を張る先生。

 ホント、ありがとうございます! そんな俺の事信用してくれて!


「いやいや、実は先生も昔友達に同じようないたずらされたことあるし、何となくそうじゃないかとは思っててね! 日ごろの行いから黛君がそう言う事する子じゃないのはわかってたし!」


「良かった、日ごろの行い良くしてて……ていうか女の子同士でもそう言う事するんですね」


「うん、むしろ女の子同士の方が多いんじゃないかな……という事で教室戻っていいよ、黛君。私は少し作業があるから……あ、このパンツ妹さんに返さないとだよね? 紙袋とかいる?」


「ありがとうございます、先生。紙袋入れてください」


「了解……ほら、もう戻っていいよ……2回目は無いからね」


「……覚悟してます、もう大丈夫です」

 俺に茶色の紙袋を手渡しながら、笑顔で恐ろしいことを言う先生に苦笑いしながら教室に戻る。怖いこと言わないでよ、先生……でも最後まで隠し通せて良かった。



「お、帰ってきたパンツマン!」


「先生に何言われたパンツマン?」


「おー、無事だったかパンツマン! その紙袋の中が妹パンツかパンツマン?」

 教室に戻ると、少しのざわめきの後男友達がニヤニヤしながらそうやって俺の方を向いていじってきて……なんだそのあだ名、俺は料理動画配信してないぞ!


「おいおい、きついこと言うなよパンツマン! 俺たちはパンツマンの味方だぜ?」


「その言い方やめろ、和大。誤解うむだろ!」


「誤解もミミズもお前がパンツ持ってきてたからだろ? 事故とは言えお前のカバンにパンツが入ってたからだろ? それともパンツスレイヤーが良いか?」


「……うぐっ……パンツマンでいいです」

 ……何も言い返せません! 事実であるが故何も言えません、黙ってこのあだ名受け入れるしかありません!


 その後も男子からのパンツマンコールを受けながら、自分の席に戻ってカバンに紙袋を入れて一息……

「ちょっといい、優也君? 少し表でよっか?」

 ……つこうとしたタイミングで委員長にコツコツ机を叩きながらそんな怖いことを言われる。その眼鏡の奥はキラリと光り輝ていて……え、ヤダこれ殺される? 女の子の呪怨とともに殺されちゃう?


「……優也君?」


「……はい」

 怖いけど、でもその眼光には逆らえそうになかったので素直にぺこりと頭を下げて廊下の方へ……大丈夫かな、遺書とか書いた方が良いかな?



 ☆


「……結論から言うと私たちは優也君の事を許します、というか信用します。どうしようもない変態で同じ教室にいてほしくない、なんて一瞬思ったこともありましたが一応は許します。優也君を信用します、変態じゃないと信用します」


「ごめんなさい、ごめんな……え? 許してくれるの?」

 びくびくしながら委員長とともに廊下に出て、開口一番聞こえてきた言葉は恐れていたものでは無くて……ところどころ不穏な言葉もあったけど、でも基本的には温和で優しい声で。


「うん、許す。反応も弁明も嘘ついてるように見えなかったし、それに優也君がそんな変態行為する人じゃない、ってみんな知ってたし……それに紬ちゃんが頑張ってくれたし」


「……長岡紬が?」


「うん、後でありがとうって言っときなよ。紬ちゃん、優也君の無罪のために必死に色々言ってくれたんだから……だから感謝しときなよ、絶対。それじゃあ、そう言う事だから! これからは気をつけてよね、優也君。2回目があったら……今度はちゃんと、変態認定するからね」


「……わかってるよ。ありがと、委員長」

 先生と同じようなことを言いながら、笑顔と優しい声で戻っていく委員長にペコっと頭を下げる。

 良かった、大事にはならなくて。ホントにありがとうだね、長岡紬には……それはそれとして朱莉にはちゃんと怒るけど!


「よお、優ちゃんお帰り~! 大丈夫だったみたいだね~」

 そんな事を考えていると背中の方から聞き覚えのある声。

 振り向くと長岡紬がにへへ、と笑って身体を左右に揺らしていた。


「……ありがと、長岡紬。俺のために色々言ってくれたって聞いたよ」


「お、優ちゃんが素直に感謝とは珍しいね~! まあ私的には優ちゃんとはずっと友達だし、だから助けるのは当然ですよ~! それよりひよりんがいなくて良かったね、『優也様、このパンツは誰のですか……!』って多分めらめら燃えてたし~!」


「その意見には賛成だけどものまねはへたくそ」


「く~、手厳しいな優ちゃんは!」

 日和のものまねをした長岡紬は少し悔しそうに頭に手をやる……日和はもっときれいな声してるんだ、お前はちょっと汚いから似てない……まあでも感謝は感謝だけど。


「もー、もっと優しくしてくれてもいいのに! 私は優ちゃんには常に優しくを心掛けてるんだよ? ずっと優しくしてるんだよ?」

 そう言ってコテンと楽しそうに首を傾げる。

 そっか、常に優しくか……常に、ずっと、か……


「……それならあの時なんであんなこと言ったんだ? あれで俺、結構傷ついたんだけど」


「……あれは、その……あ、チャイム鳴ったよ、教室戻ろ! ほら、授業遅れると怒られちゃう!」


「ちょ、紬……」


「良いからいいから! 昔の事はあんまり気にしな~い!」

 そう話をぶった切った長岡紬は俺の背中をぐいぐい押して教室にねじ込む。

 ……まあ確かに昔の話だし、言うように忘れるか……まだ引っ張ってる方がおかしいんだよ!



「……あれは私なりの優しさだよ……だってそうしないとお互い忘れられないじゃん……私だってああしないと……優也君の事、忘れられなかったもん」



 ☆


「お邪魔します! 朱莉居ますか!」


「あ、久しぶり優也く……おっと、今日ははやいのね」

 みんなに「パンツマン!」って感じでいじりにいじられたけど、何とか耐えて放課後、朱莉の家。

 おばさんの話を聞く間もなく、俺は階段を駆け上がる……今日という今日は怒ってやる、しっかり怒ってやるからな! あんなことして勝手に部屋にも入って許さないからな!


「朱莉! 部屋入るぞ! 朱莉!」


「……優也! 優也! 入っていいよ、優也!」

 部屋の扉を強めにゴンゴンと叩くと、少しの物音の後、珍しく朱莉の返事が聞こえる。

 その声はどこか楽しく嬉しそうで……こいつイタズラが成功して喜んでるな! やっぱりちゃんと怒らないと!


「朱莉!」


「えへへ、優也、やっぱり来てくれた! 優也来てくれた本物の優也! 優也……え、優也? ど、どうしたの優也?」

 部屋をあけると、少しおどけた笑みで朱莉が俺の方に向かって突っ込んできたのでポーンと突き返す。

 どうしたの、じゃないだろ……わかってるくせに!!!


「朱莉! なんでお前あんなことしたんだ!」


「あ、あんなこと?」


「とぼけるな、わかってるだろ、反応楽しんでたんだろ!? 俺の反応を……お前がパンツ入れたせいで俺大変だったんだぞ! 周りからはパンツマンって呼ばれるし、先生には怒られかけるし、女の子にはドン引きされかけるし……ほとんど未遂になったから良かったけど、本当なら俺の学校生活終わってたかもなんだぞ!」


「え、あ、え?」


「引きこもりのお前にはわかんないかもしれないけど! でも俺にとって学校は大切なんだ、友達もいっぱいいるし、それに……お前の勝手な好奇心のせいでそれが壊れたかもなんだぞ! 本当に分かってるのか、反省してるのか!? 猛省服着せるぞ朱莉!!!」

 少し舐めた様な態度をとる朱莉に思わず大きな声で怒鳴ってしまう。


 ……まあこんな感じで怒りをぶつけたところで何も解決しないんだけど。

 それにこんなことしても馬の耳に念仏、って感じで朱莉には……


「え、あ、優也、ごめん、ごめんなさい……ごめんなさい、優也そんなことになるなんて……ごめんなさい、ごめんなさい、私何も考えてなかった、自分の事ばっかり……ごめんなさい、ごめんなさい優也」


「……あ、朱莉?」

 何も朱莉には響かずいつものようにけろっと「履いてるパンツの方が好きか?」なんて感じで俺にパンツを見せてくると思ってたのに。

 実際の朱莉はぺたんとその場に膝をついて涙目で土下座するように俺に頭を下げ続けて……え? え? え、どうしたの、朱莉? なんかそんな感じだと調子が……なんか俺が悪いみたいだし……


「ごめんなさい、優也……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんあさい……優也、ごめんなさい……」


「え、あ……そ、そのそんな怒ってないよ、大丈夫だよ、大きな声出してこっちこそごめん。あの、俺は、その……な、なんでパンツをかばんに入れたか聞きたいだけだから! それだけだから……!」


「ごめんなさい、ごめんなさい……その入れた理由は、えっと……んっ」


「……!? 朱莉!?」

 涙目でひたすら謝っていた朱莉は、俺の言葉を聞いて俺にギュッと抱き着いてきて。

 飛びつくように、必死にしがみつくように、膝をついた俺に飛びついてきて。


「その、入れた理由は……優也に会いたかったから……パンツ入れたら優也が気づいて、私に返しに来てくれて、それで優也に会えると思って……そんなことなるとは思わなかった。優也にそんな……ごめんなさい、優也、嫌いにならないで、私の事、嫌いになっちゃヤダ……昔みたいに私の事嫌いにならないで、優也に会いたかっただけだから……ごめんなさい、本当に私の事、優也、私の事嫌いに……ごめんなさい、ごめんなさい……」


「……あ、朱莉?」



 ★★★

 次の話、朱莉ちゃんの過去の話かこのまま続きかどっちがいいですか?

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