第167話 発明王誕生秘話


 エリザベスの教授室で一同は会した。

 今回はデリウス教授も一緒だ。エリック・ミューランもこの席に同席していた。


 この会合にあたり、エリザベスとエリックにはキールの記憶操作術式のことを話す必要があった。話しておく方が何かと都合がよいと考えたからだが、これによってまた一つ、エリザベスとエリックも秘密を共有することになる。

「ここまで来たらもう一つ二つ増えたところで、何も変わらないわよ?」

と、エリザベスは秘密を共有することに同意した。エリックも頷いている。



 アステリッドはその『コイル』を目にした瞬間、「あ――」と、短く声を上げた。


「――これ、です。間違いありません。私も夢――つまり前世の記憶の中で、中学生の時――この世界で言う中等学校ですね、授業で習っただけなので詳しくは知らないんですが、たしか、『右手の法則』というのがあって――」


 アステリッドが言うには、このコイルの筒の中に「棒磁石」というものを入れたり出したりすることで、「電流」が生まれるのだという。

 

「でも、こんなに大きいものもあるんですね――。私が知っているものは、もっと小さかったので。たしか、1センチとかもっと小さいものもありました」


「古来より大きさと力は比例するという原理は普遍の原理だ。つまりこいつはアステリッドの知っているものより多くの「電流」を発生させるという事だろう。しかし、大きいからいいというわけでもない。技術の革新が進むと、「装置」というのは同じ力でもより小さなもので生み出せるように変わってゆく。この「コイル」がアステリッドの前世の世界の技術レベルと同等のものかはわからないからな」

といったのはデリウスだった。

「あ、差し出がましいことを言うつもりはなかったんだが――、すまない」


 エリザベスはかぶりを振って、その謝罪の必要はないとデリウスに告げた。

「何もわからないことだらけだから、なんでも言ってください、博士。すべて何かのきっかけになると思うんです」


「ところで、アステリッド、その棒磁石って?」

「それは、私が答えるわ――」

キールの質問に対して答えたのはエリザベスだ。

「自然界には、磁力というものがあってね――」


 どうやら、『磁石』はこの世界にも存在していたようだ。

 現在この世界の磁石は大したものに使われていない。『方位磁針コンパス』というものに使われているだけだ。

 磁力を持つ鉱石の粉を棒状に固めたものを木船の上に張り付けて水面に浮かせると、しばらくするとその船は必ず同じ方角を向く。北だ。

 この原理を利用して、薄い磁石の板のちょうど中心に支柱を刺して乗せると、やはり磁石の板は南北に正対する。そしてその向きは常に一定だ。


「そうやって方角を、正確には南北を知ることができるのよ――」


 考古学の研究者はいわゆる「秘境」に赴くことが多い。この方角を知る手段というのはかなり重要な技術だ。

 エリザベスは机の引き出しを開くとそこから手のひらの半分ほどの大きさの円形のものを取り出した。


「これがコンパスよ――、ほら見て? 赤く塗られた針の方が北を向いているでしょう?」


 一同は順に手に取ってその「コンパス」を覗き見る。確かに針は北を指しているようだ。

 この世界の住人たちは方角を太陽の位置で判断するのが通常だ。

 朝方は太陽の方角がおおむね東で、昼はだいたい真上にあるが、真上よりはやや南に位置している。そして日暮れには西へ沈む。


 しかし、太陽が届かない場所や、夜中、天候の悪い時などだと方角がわからなくなることがある。

 考古学者はその為の備えとして、この「コンパス」を携帯しているのだという。


「この間の遺跡探索の時も持って行ってたのだけど、どうしてかわからないけどあの遺跡の中では狂っちゃって役に立たないのよね――」


 エリザベスの話だと、時折そういう場所があるのだという事だった。


「それより、その『』というのは何?」

と聞き返したエリザベスに対して、アステリッドが「電気」について答えてゆく。



「――なるほど、つまり、その「電気」の流れを「電流」というのね?」


「はい。そして、その流れが悪くなると熱が発生して、やがて燃えたりします。つまり、ですね。この性質を利用して、『電球』というものが作られました。『電球』は灯りを生み出します」


「火じゃなくて、電気で明かりを?」


「まあ、最終的には熱ですから、なにかを燃やして発光させるという点については火を使った松明たいまつも電気を使った電球も同じなんでしょうが――」


 その後、アステリッドは知っている限り電球について説明をした。その情報の中には、『フィラメント』に適した素材はかつては『竹』だったという事も含まれていた。

 そうだ、我々の世界において電球を運用レベルにまで革新させたあのエジソンが日本の京都の神社の竹を使ったという話をアステリッドは思い出していたようだ。



 こんな感じで第一回目の会合は終了した。

 エリザベスには充分満足いく内容だったと言える。なにより、この『コイル』の運用法が明確になったのだ。


(まずは、電流と電球からね――)


 

 こののち、エリザベスが発明した「白熱電球」は世界を革新へと導くことになるのだが、それについてはここで詳細を述べるのを控えることにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る